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希望を抱ける明日

 また新しい日がやってきた。瘴気の実験体にされた人々にとって、希望をもって明日を迎えるのは本当に久しぶりの経験だった。レベンドラにしてもこれほど誇らしい気持ちで、一日を始められるのはいつ以来なのか、本人にも分からない。

 アルファガの血と魂の欠片──カオスエーテルによって生まれ変わった身体は、この上なく調子がいい。実際、まだ実感を抱いていないのだが、彼らの肉体は常人とはかけ離れたものに変わっている。


 未来への希望を抱いて迎えられた日、レベンドラ達は顔を出したアルファガとアネモネによって城の正面ホールに集められていた。

 アルファガの見た限り肉体的にも精神的にも不調を来しているものはいない。これなら話を進めても構わないだろう。腰を落ち着けたアルファガの左右にアネモネとレベンドラが侍り、緊張した面持ちの人々と向かい合う。


「おはよう。全員、よく眠れたようでなによりだ。昨日、俺からも少し話をしたが俺の目的は世界が瘴気に満ちる前に、世界を征服して新たな秩序と千年くらいは続くような国を築くことだ」


 改めてアルファガから彼の目的を聞かされて、人々の間に小さなざわめきが広がる。昨日、収容所から助け出されたのも、聞かされた混沌竜の目的も嘘ではなかったのだ。


「お前達が故郷に戻るつもりが無かったら、このままお前達を最初の国民として迎え入れる。またどちらであれ、お前達の身体は文字通り生まれ変わっているから、勝手が変わっている。最低限、今の身体の扱いを教える。そうでなければ後々、思わぬ事故が起きるからな」


 レベンドラはすぐに生まれ変わった肉体とエーテルのコントロールをものにしたが、目の前の人々のほとんどはそう簡単にはいかないだろう。

 帰郷を望む者が居たとして、彼らの故郷がどうなっているのか、調べる時間も必要であるし、今すぐに帰せるものではなかった。

 今すぐに不満や不平を申し立てる者は居なかったが、一人、色の薄い金髪を撫でつけた大柄な男性がアルファガに問いを発した。落ち着き払った態度と静かな声音には、確かな知性を感じさせる。


「おはようございます。アルファガ様、不躾ではありますが竜による国家を、私は知りません。人間の人間による支配が不完全であるのは心から同意しますが、ではアルファガ様はどのような国を造られるのですか?」


 それは世界征服を持ちかけたアネモネも、盲目的な忠誠を誓うレベンドラにしても知らない事だった。昨日の今日始まったばかりの話である上に、千年先も続くとはいうもののその中身については具体性を伴っていない。

 この男性はそこを初めて面と向かって問いただしてきたのだ。アルファガがなんと答えるのか、男性ばかりかレベンドラもまた期待を込めた視線をアルファガに送り、アネモネも緊張を帯びた様子で答えを待つ。


「俺が国造りを考えることになったのも、要は争いが無くならず瘴気を利用した兵器なぞ、思いついたせいだ。まずは争いの無い世界。それを確実なものにする。

 その為に争いの理由を一つずつ潰して行く。飢えるから食料を求めて争うのなら、飢えに備え飢えぬよう知恵を凝らす。国境、領地の境、あるいは畑の水源を巡って戦いが起こるのなら、土地の所有という概念を捨てさせる。

 国は俺の興す国一つだけとなり、それから全ての領主から土地を召し上げて、俸給制度に切り替えるとかな」


「領地の召し上げですか。ほとんどの領主は反発するでしょう。先祖伝来の土地に対する執着や愛着は計り知れないものがあります」


「土地絡みの因縁から解放されれば肩の荷が随分と軽くなると思うが、人間達の間では簡単な話でないのは知っている。そこはお前達の知恵を借りるのと俺という権威と力による強権の使いどころだ」


 それが意味するところを察して、男性は表情を険しいものに変える。


「独裁ですか。独裁国家そのものは珍しくもありませんが、アルファガ様のように竜による独裁国家は私の知る限り、前例がありません。どうなるか」


「千年程度なら俺も心変わりはせん。それになにからなにまで俺が指図をするつもりはない。国の運営の大部分は人間達に委ねるつもりだし、俺は監視役として目を光らせる立場に落ち着くだろう。

 中身が無くて悪いが目指すところとしては、食うに困らず、着る物に困らず、住むところに困らない。この三つが骨子だな。俺の経験上、これらが揃って入れば大きな戦は避けられる」


「飢えが満たされるだけでは、戦は避けられないと?」


「なにか一つ満たされれば、新たな欲が出てくるものだ。だからこそお前達は巨人族の隷属から脱し、自分達の文明を築き上げたし、一概に悪く言うものではない。今回ばかりは悪い方向に作用してしまったがな。

 人間は複数の集団に分かれず種族全体が協力していれば、今頃は飢饉対策は万全に出来ていたろうし、文化面ももっと華やかに花開いていたさ。俺が世界を制して争いをなくせば、その分の余裕を回せる。どうだ? 試してみる価値くらいはありそうだろう?」


「千年経っても建国の志の変わらぬ君主が治める国。……お答えいただき、ありがとうございました」


「なに、俺も何を目指しているかも言わずに協力を求める気はなかった。お前達に説明するちょうどよい機会になったよ。それでだ。俺が今語ったことを念頭に入れて、この後、お前達と面談する機会を設けたい。

 一人でもいいし、身内や知り合いとまとめてでも構わん。俺とレベンドラとアネモネを相手に、自己紹介とこれからの希望を語る程度でいい。難しいかもしれんが気軽な気持ちで臨んでくれ」


 アルファガからの想定外の面接の連絡に、予め相談されていたアネモネを除く全員が驚いた顔になったのは、語るまでもないだろう。

 その後、少し困惑した様子の人々をアネモネが宥めて、昨日よりもさらに増えた面子で朝食の用意を進めることとなった。アルファガは気軽にと言ったが、救い主を面談するのに気軽に臨むのはかなり難しいと、アルファガが理解していたかどうか。


 朝食を終えて一休みした後、収容所から持ち出した物資の整理を木偶と分身竜達に任せる間に、アルファガは二百名余の人々に身体能力の確認と最低限のエーテル操作を教える作業に入った。

 知らぬ間に超人的な身体能力を手にした状態だから、うっかりと壁に穴を開けたり、人間を吹き飛ばしたりなどの事故が起きるのを防ぐには必要なことであった。


 場所を城の正門前の大広場に移す。市街へと続く長い坂道のある大広場は巨人族仕様のスケールだから、二百人の人間が距離を開けて広がってもまだまだ余裕がある。

 ソルポートが墜落したのはかなり標高の高い場所で、空気は麓よりもずっと薄いのだが、誰も呼吸に苦しんでいる様子はない。アネモネは水中でも呼吸できる魔法の指輪を持っていたが、修行の過程で体得した特殊な呼吸法で対応している。

 青く透き通った空の下、身を切るような冷たい風が吹いているのだが、誰も寒がる様子が無いのも、救出された人々の肉体がカオスエーテルの恩恵を受けている証拠だ。


「今からお前達に宿った俺のエーテルを通じて、軽く干渉する。少し体の内側がむず痒いような感覚がするだろうが、悪さをしているわけではない。ちょっとの間だけ堪えてくれ」


 ボディスーツに長袖のワンピースを重ねたレベンドラも、水瓶の中のギョレイド達も、他の人間達と同じようにしっかりと頷く。

 ヒューマンに比べてエーテルに敏感とされる四種族は、既に自分達の心身にアルファガのエーテルが混在しているのを感じ取っていた。


「では始めるぞ。この世の万物は血肉から魂に至るまで、全てがエーテルで成り立っている。自分自身を構成するエーテルを把握し、操作する技術を極めればより頑健に、より健康にもなれる。覚えておいて損はないと保証しよう」


 アルファガの巨体から墨を垂らした水を思わせるエーテルの波動が広がり、それを浴びた人々は途端に体の隅々から生じるかすかな熱を感じた。

 確かにアルファガが事前に伝えた通り、身体の内側から羽の先でかすかにくすぐられているような、奇妙なくすぐったさがある。小さな子供や赤ん坊などは堪えきれずに笑い声をあげている。


「今、ちょうどお前達自身のエーテルを分かりやすく感じられるようにした。徐々に熱を帯びてきているだろう? もっと分かりやすいように目に見えるようにする。そら」


 まるで発火したかのように人々の身体を、うっすらと灰色のモヤモヤとした光が包んだ。実際には元々、彼らの心身から発せられていたエーテルをアルファガが視覚化したものである。

 圧縮されたエーテルが発光し、形を得るのはレベンドラのエーテルウェポンや、アルファガのエーテルキャノンといった例があるが、他人のエーテルに干渉して半ば具現化させるのはただならぬ離れ業であった。

 もっともアルファガは、そもそも人間とはかけ離れた存在であるけれども。


「ただ生きているだけでもエーテルを発し、また世界に満ちるエーテルを吸収して、活力に変えている。空も大地も、そしてお前達自身も突き詰めればエーテルの塊だからだ。

 今、お前達の中には俺のエーテルが混じっている。その影響を受けてお前達自身を構成するエーテルが活性化している。お前達の身体は文字通り生まれ変わったからな。エーテルを極めれば人型の竜と呼べるほどになるだろう」


 身体の外に溢れるエーテルを視覚化した後は、血管や呼吸に合わせて体内で変化するエーテルを見せて、彼らにこれまで意識してこなかった万物の根源を意識させる。

 いわば彼らに宿ったカオスエーテルとアルファガの導きによって、彼らは急速にエーテルの存在を感じ取り、その存在をコントロールする術を学び始める。

 アルファガのみならずレベンドラという先達が居たのも、彼らに幸いした。ナラカミ収容所での戦闘でエーテルウェポンの形成に至ったレベンドラは、彼らと同じ身の上でありながら、エーテル操作技術においてはるかな道の先を走っている。


「うわ、はははは! すっげえ!!」


「うわうわうわ、本当に俺の身体かよ、これ」


 アルファガの指導を受けた人々の中で、感覚的に理解した少年の一人が十数メートルを軽々とジャンプして、あまりの高さにちょっと怖がりながら弾んだ声を出した。

 他には数トンはあろう瓦礫を苦も無く持ち上げて、自分の変化に信じられない顔をしている年嵩の男性の姿もあった。


 アルファガ達に救出される前よりもはるかに強靭で、はるかに迅速で、眼は驚くほど遠くまで見渡し、耳は遠方で落ちた針の音さえ拾うだろう。

 無尽蔵に湧いてくるかのように体中に活力が満ちて、カオスエーテルの恩恵が彼ら本来のエーテルの質と量を引き上げて、超越者を除いた人間とは一線を画す生命体へと変えている。


「あまりはしゃぎすぎるなよ。今のお前達でも怪我はするし、痛いものは痛い。腹も減ることだしな」


 思いがけず与えられた玩具に喜んでいるかのような人々を嗜めるアルファガを、とりわけ熱のこもった視線で見つめる者達が居た。

 炎のように赤いツンツン頭の青年と翡翠を思わせる長髪の少女。シンラース、そしてシンラストの素体とされた者達である。アルファガに救われたレベンドラは忠誠を誓ったが、この二人の心中は?

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