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竜に世界征服を決意させる方法

 天国と地獄の狭間にある現世。

 現世に存在するヘルエド大陸の南西部に、かつて現世を支配した古の巨人族の城がある。

 今はもう本来の主人が居なくなった城の中心部、かつては玉座の置かれていた広間で、黒く輝く鱗を持った竜を前に一人の女性が膝を突いて、対峙していた。


 竜は一口で女性を丸のみに出来る巨体で、迫力のある姿をしているが、静かに女性の話に耳を傾けている。

 竜と女性以外誰も居ない城に、卓越した語り部を思わせる女性の声が朗々と響く。

 人里から遠く離れた秘境の地に、どうしてこのうら若い女性がやってきたのか?

 その理由と竜に対する願いとが語られ始める。


“私は物心の着いた頃から、時々、未来が見えていました。

 誰が病で死ぬ、来年は日照りが続く、どこで流行り病が起きる、あの戦で勝つのはあちらの国……幼い私は未来を教えることが何を意味するのかよく分かりもせず、求められるままに見た未来を伝え続けました。

 私の未来が当たる度、私は人々にもてはやされ、たくさんの賞賛の言葉を浴びました。私はそれはもう幸せでした。

 なにをしても褒められ、望むものを望むだけ与えられるのですから、何も分かっていない子供にとっては幸せを疑うはずもありません。


 それが間違いだと知るのは、そう遠い日のことではありませんでした。

 いつからか私を見る人々の目には疑惑と不信が宿り、私が不吉な未来を見るたびに私こそが災いを招いているのだと、そう信じるようになったのです。

 ええ、そう、私こそがすべての不幸の元凶として国を追われ、それでも安心できなかった人々は私の命を狙う刺客まで放ちました。


 幸いだったのか、不幸だったのか、私は未来を見ることで追手から逃れ、魔法を学び、占い師の真似事をして生きて参りました。

 その私がこうして貴方様に拝謁を願ったのは、全ては私の見た絶望の未来を変えていただく為でございます。


 このヘルエド大陸はもう千年近く争いが続いております。何人もの英雄が生まれ、賢者が現れても大陸に平穏を齎すことはできませんでした。

 人間ではもう駄目なのです。この世は人間が治めるにはあまりに血が流れ、穢れてしまいました。人間が治められないのなら、人間ではない方に治めていただくほかありません。


 それには貴方様こそがもっとも相応しいのです。悠久の時を生き、古の叡智を持ち、人智を超えた力を持つ混沌の竜、アルファガ様だけがこの世に平穏を齎せるのです。

 私の見た争いの果てに穢れ果て、瘴気に飲まれる絶望の未来を変え、千年先の世までも繁栄する竜の帝国、すなわち千年竜帝国を築かれるのです、アルファガ様“


 女性は語り終えるとゆっくり顔を上げて、話を聞いていた竜を見上げる。

 蜥蜴に似た巨体を黒曜石のように輝く鱗で包み、背中には皮膜の代わりに刃を連ねたような翼が折り畳まれていて、じっと女性を見る黒い瞳には確かな知性の光が宿っている。

 竜の名は混沌竜アルファガ。

 アルファガはヘルエド大陸の人々にとって、大昔に存在したというおとぎ話の中の存在だった。ほどなくアルファガは口を開いた。鱗とは正反対に真っ白い牙が生え並び、赤い口内と舌まで女性には見えた。


「いきなりそんなことを言われても困る。面倒くさそうだしな」


 思いがけない言葉に、女性が少しだけ口を開いて固まった。笑われるか、怒りを見せるか、そういった反応を予想していたのだが、まさか“困る”“面倒くさそう”と言われるとは。

 それはまあ、ある日、見知らぬ人間がやってきて人間を支配してくれと言われたら、そうなるだろうけれども。


 話を聞き終えたアルファガの第一声に、この凄まじい迫力の竜が口にしたとはすぐには信じられず、女性は目をぱちくりと瞬いた。

 二十代前半と見える容姿だが、あどけない仕草が意外と似合う。

 アルファガは女性の青い右目と赤い左目を見つめながら、言葉を続ける。女性の顔の左には額から眼球、頬までを縦断する傷が刻まれており、左の赤い眼球は義眼なのだった。


「一人でこの最果ての地へ辿り着いたことに免じて話を聞いたが、正気を疑うものだな。人間では人間を治められないから、竜である俺に治めろと?

 自分の目的の為に力を貸せと言ってきた人間は過去に何人かいたが、人間を治めよと願ってきたのはお前が初めてだ。

 しかも目にはきちんと理性の光がある。狂気の妄想ではなく、正気で考え抜いた結果が、竜に人間の世界を支配させることとは、よほど酷い未来を見たらしい」


 アルファガは話を聞く前よりもずっと興味を抱いた瞳で女性を見る。

 自分の命をアルファガの気分次第と理解しているだろうに、気丈に振舞って震え一つ起こしていない。この度胸と根性だけでも見上げたものだとアルファガは評価していた。


「永い事、この廃城でまどろんでいたが、確かに人間の流す血と苦痛、憎悪が天地を染めて、穢れが広がっている。

 それも人間の数が減ればいずれは解決するものと放置していたが、まさか解決を委ねられるとは、夢にも思わなかった」


 アルファガの声は楽しげだった。

 古の巨人達を滅ぼし、彼らの城を住処としてから幾星霜、ほとんど変わらない時間を過ごしてきたアルファガにとって、女性が来訪してからの短い時間は意表を突かれてばかりで、実に新鮮なものだった。


「お前の名はアネモネだったか。アネモネよ、俺が世界を支配する未来でも見えたのか?」


「いいえ、私の目に映ったのは破滅の未来の他に大陸に覇を唱えんとする貴方様とそれを阻む人間の英傑達との決戦の様子でございます。

 破滅の未来にアルファガ様の御姿はありませんでした。ならば少なくともアルファガ様がお立ちになられれば、破滅の未来だけは免れるはず。

 そしてアルファガ様を討たんとする英傑達に勝利すれば、この世はアルファガ様のものとなります」


「そこは嘘でも俺が世界を統治する姿が見えたと言えばいいものを。見た未来に嘘を吐かないのは、占い師、それとも未来が見える者としての矜持か?」


「つまらぬ意地とお笑いください」


「お前は面白い占い師だが、それでも俺がわざわざ世界などを支配する気にはなれんな。人間が己の行いで滅びるのなら、それは自分達の責任だろう。

 人間は嫌いではないが、特別、好もしく思っているわけでもない。見ていて退屈はしない点は気に入っているがな? それでも俺が同族でもない人間の尻拭いをする必要はどこにもない。違うか?」


 人間が滅ぶとも自分には関係のないことだと、厳しい一線を引く態度のアルファガに向けて、アネモネは緊張を生唾と共に飲み下す。


「それでも千年の竜帝国を築く利が貴方様にございます」


「わざわざ大陸など支配して、俺になんの利がある? 戦続きで因縁ばかりの世界の統治など、煩わしいだけだろう。それに人間が人間以外の生き物に支配されるのを、受け入れるとは思えんぞ」


「それは否定いたしません。今、人間達の争いでは地獄の瘴気を利用した兵器が使われているのです。本来、地獄と現世は大きく関わらぬもの。しかし、今や人間が自ら地獄に近付いているのです」


 アネモネの言葉に、アルファガはぐる、と喉の奥で短い唸り声を漏らす。

 “地獄”とは人間に限らず地上の生物が死んだ時、罪や業に塗れた魂が行くとされる世界を指す。地獄に魂と共に落ちて凝縮された“穢れ”は“瘴気”となり、現世の生物にとっては致命的な毒となる。


「瘴気を兵器として利用する考え自体は、昔からあったがいよいよ現実になったか。もし瘴気を浄化できずに広がり続けたなら人間の自滅だけではすまん。

 他の生き物も山も海も、大きな被害を受ける。それが俺に立てと言ってきた理由か」


「はい。今のまま人間が瘴気を利用した戦争を続ければ、人間が滅ぶだけではなく、この天地と他の生き物にも大きな害を齎します。

 大地は腐り、海は濁り、天は暗く沈み続けるでしょう。最悪の場合、現世が地獄と繋がって世界の調和が乱れます。そうなったらどうなるか、私にも分かりません」


「そうなれば、俺もこうして惰眠を貪ってばかりもいられなくなるわけだ。現世と地獄が繋がって、その後には天国も落ちてきて、三界が共倒れになる。

 人間達の争いを終わらせて支配すれば、巡り巡って俺の為になると。そう言われれば、俺も腰を上げざるを得なくなるか。アネモネ、お前はなかなか強かな女だな」


 アルファガは人間と距離を置いて久しいが、地獄の瘴気がもたらす災害については、身に染みて理解している。過去に思い出したくもないくらい、ひどい目に遭ったのだ。

 アネモネがそこまで理解しているかは分からないが、アルファガに首を縦に振らせるのには、十分な材料だった。

 賞賛と皮肉を込めたアルファガの言葉に、アネモネは安堵と共に深々と頭を下げる。


「私の生涯、最大の賭けでございます」


「ならば喜ぶがいい。お前はその賭けに勝った。人間の支配と千年先まで続く竜の帝国。どちらも叶えてみせよう。それに死ぬまでの退屈しのぎにはちょうどいいかもしれんからな。それでも千年では短いが」


 そう告げて、アルファガはにやりと笑ったようだった。せっかくの笑みではあったが、なにしろ竜の顔なので、アネモネにはイマイチ分かりにくい笑みだった。

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