千年竜帝国リインサーラ
救出した人々をレベンドラに任せ、その場を後にしたアルファガとアネモネはかつての巨人族の玉座の間に戻った。アルファガが戻るのと同時に天井近くにいくつもの光が環状に灯り、昼間のように明るくなる。
アネモネはフェイスベールと頭に被っているヴェールを外し、定位置に戻ったアルファガに向けて膝を突こうとし、そこへアルファガの言葉がするりと滑り込んできた。
「いちいち膝を突かんでいい。冷えるし、床は固かろう。どうしても膝を突くならソレを使え。それか後ろの椅子に座ってよろしい」
アルファガのエーテルが走り、アネモネが膝を突こうとしていた床の上に赤いクッションが編み出され、更に後ろには城の倉庫から空間を超えて引き寄せられた椅子が置かれる。
ここまでされては抗弁しても仕方がない、とアネモネは内心で降参する。膝を曲げた姿勢からそのままクッションの上に正座をした。分厚いクッションはほどよい柔らかさでアネモネを受け止めて、実に座り心地が良い。
「ご温情に従いましょう」
「素直でよろしい。レベンドラと同じように他の者達もすぐに眠れているといいが、そう簡単に信じられるほど彼らの身に降りかかった不幸は生半可ではないか」
「はい。精神を落ち着かせる薬の手配をいたしますか? ある程度は私も処方できますが、その道の専門家には及びません」
「そうだな。巨人族の蔵もなんでもあるわけではない。お前の伝手で用意できるものはしてくれ。さて、俺も出来ることをするか」
アルファガがレベンドラ達の眠っている部屋へと首を向けて、わずかにエーテルを励起させるのを感じて、アネモネは次の行動を待つ。今更、危害を加えるわけもないと分かってはいるが、なにをしようとしているのか興味は尽きない。
「眠りの国 微睡の先 心の落ち行く闇 安らかなれ 安らかなれ 『夢心安霧』」
アルファガのエーテルが人々の眠っている部屋へと届き、そこでかすかに甘い香りのする無色の霧が立ち込めて、瞼を閉ざした者の眠れずにいた者や瞼を閉じるのも躊躇っている者達を、すみやかに眠りへと誘う。
レベンドラは当然のように抗えたが、すぐにこれがアルファガの配慮だと気付き、改めて新たな主君の慈悲深さに咽び泣きながら、甘い眠りの霧を胸いっぱいに吸い込んで眠った。
(ああ、我が王よ。ここまで心を砕いてくださるとは、どうして私は生まれた時から貴方で出会えなかったのでしょうか。そうすれば一切の迷いなく永遠の忠誠を誓い、貴方の刃となり、盾となって生きられたでしょうに。
いいえ、それは過ぎたこと。今、こうしてアルファガ様にお仕え出来ているのだから。これ以上の奇跡を望むなど、アルファガ様に対してなんと非礼な考えか。さあ、アルファガ様から賜った眠りを満喫しよう。大いなる喜びと共に!)
すぅーっと深く息を吸うレベンドラだが、自分一人で独占しようと音を立てて吸い込まないだけ、まだ分別はあるとしておこう。
広範囲に生物を甘い眠りに誘い、目覚めた後には精神と肉体の調子を整える魔法が、問題なく発動したのを確認して、アルファガは視線をアネモネに戻した。アネモネは色違いの瞳でじっとアルファガを見ている。
「急に話を変えて悪かった。ここで無聊を囲っていた所為で、誰かと会話していても自分の都合で話を変えてしまった。矯正しなければならんな」
「いえ、今のアルファガ様の行いは善きもの。それにお言葉の通り出来ることを成されたのですから、私か申し上げることはありません」
「ふ、担ぎ上げなければならない相手とはいえ、いささか俺に甘いのではないか?」
アネモネが心底、人類の平和と世界の秩序の為に、自分に世界を征服させようとしているわけではないのを、アルファガは当然理解していたし、アネモネも勘付かれていると理解している。
今のところ、アネモネが背信行為をしているわけでもないし、アルファガが世界征服を決めたきっかけはアネモネであれ、彼自身の意思であったから利用することを責め立てるつもりはない。
両者の関係は目下、持ちつ持たれつといったところか。
「お戯れを。アルファガ様が諫言しなければならないような行いを、これまでしておられないだけの話でございます」
「そうかね? では前向きな話でもするか。今回、ナラカミ収容所から救出してきた者達の中から戦士を集うとして、全員が全員、戦う道を選ぶとは思えん。戦いを生業にしていた者は少なかろうし、十人も出てくれば上出来だ」
アルファガは彼らに血と魂の欠片を与えたことで、彼らの生涯や記憶などの表層程度なら把握している。
収容される前は普通の民衆だった者がほとんどで、傭兵や兵士だった者は少ないし、ましてやレベンドラのような一国の騎士団長クラスなど稀も稀だ。
「何人が戦士となるかは私にも分かりかねますが、国とは戦う者ばかりで成り立つわけではありません。兵士以外の者の方が多いのが当たり前なのですから、無理に戦士として徴兵するような真似はしなくてよいかと」
「そうだな。俺も彼らにこれ以上、自分の意思を無視して何かをやらされるのも、何かをさせられるのも経験させたくはない。
それに俺の血と魂の欠片を得た以上、常人では相手にならん。俺との相性次第では超越者とかいう連中とも、渡り合えると見ている。ところでアネモネよ」
「はい、なんでございましょうか?」
なんとも言えない様子のアルファガに、アネモネは何を言われてもいいように心構えをして、彼の次の言葉を待つ。
「毎度、俺の血と魂の欠片と言うのは、無駄に長ったらしくないか? 単語一つで表現できた方が、後々、便利だと思う」
確かに長い、とアネモネは心の中で首を縦に振った。これからも多くの人々を救出するとなると、名称を考えるのなら今のタイミングだろう。
「ははあ、なるほど。アルファガ様の場合は加護、祝福、救済、浄化と表現すべきことを成さっておいでですから、良き意味を持つ名称にするべきでしょう。分かりやすくドラゴンギフト、ドラゴンブレッシング……」
「ドラゴンと付けると他の竜でも同じ真似ができると誤解されかねん。下手に乱獲に繋がると、流石に俺も後ろめたくなるな」
「他の竜には出来ないのですか?」
「魂の欠片を触媒にして、相手のエーテルと瘴気に干渉するのがコツなんだが、同じ竜でも俺と同等のエーテル操作が出来る者は、片手の指ほどもおらん。それにわざわざ瘴気に侵された人間を助けようともしないさ」
アルファガの知己の竜の中で、同じ芸当が出来る者は本当に少ない。
竜という生き物は膨大な生命力と鋭敏な感覚器官、生来、優れたエーテル操作技術などを兼ね備えているが、それでもレベンドラ達を救うような真似は、竜をして神業か魔技と呼ぶべき超高等技術だった。
「アルファガ様だからこその偉業なのですね。ならば安易にドラゴンと付けるべきではありません。そうなるとカオスブラッド、カオスポーション、カオスエーテルなどでしょうか。
霊薬の類にあやかるのならアムリタ、ソーマ、エリクシル、イーコール、甘露とございますが」
「今後も多くの犠牲者達を救出するだろうし、その際には今回と同じく液化エーテルを使う予定だ。となると俺によって特別な加工を受けたエーテルとして、カオスエーテルを採用しておこう」
「分かりました。後ほど、レベンドラ他、収容所から救出した方々にも通知しておきます。ふむ、アルファガ様、ついでのようで恐縮なのですがこの際にアルファガ様の国家の名前も決めてしまいませんか?
国家と呼ぶにはまだ人も土地も足りていませんが、名前はいつ決めても早いことはありませんでしょう」
「国の名前か。それについては世界征服を決めてから考えていた。リインサーラ。それが俺の築く国家の名前だ」
自らの与える血と魂の欠片については悩んでいたのに、国の名前はすらすらと出てきたアルファガに、アネモネは頷き返して国家の名前に込められた意味を考える。
「千年竜帝国リインサーラ。確かに心得ましてございます。恥ずかしながら聞き覚えのない言葉ですが、失われた言語でしょうか。それともアルファガ様がお考えに?」
「輪廻や転生を意味する言葉を合わせた造語だ。名前そのものに魔法的な意味合いや罠を仕込んでいるわけではないから、気軽に口にして構わないぞ」
「輪廻転生……この世界の理そのものですね。穢れた魂は地獄に落ちて罪業を落とし、徳を積んだ魂は極楽に昇って功徳を失い、そうして複数の新たな魂へ分かれて地上へ戻ってくる。アルファガ様であってもこの理には含まれておいでなのですか?」
「そうだな、答えてもいいが、今は秘密にしておこう。時々、この輪廻転生の理から逃れようと永遠の命を得るなり、理の改変や破壊を目論んだりする者も居る。
今のところ、俺はそういった欲求はないな。リインサーラという名前は、俺の在り方と少しだけ関係がある。俺は輪廻転生の理との関係が、お前達とは少し違う」
アルファガについて記された資料は、アネモネが調べた限りほとんど存在していなかった。
あったとしてもかつて巨人族と奴隷達の戦いに端を発した三界大戦に加わり、巨人族の敗北を決定づけたこと、他に混沌竜は存在せずアルファガのみが存在する種族であること、混沌竜の名前の通り無数の性質を備えていること、これくらいのものだ。
その生態についてはほとんど分かっていないと言っていい。その謎に包まれたアルファガの生態の一端を、彼自らが明かした形だ。
(極楽に昇った後も地獄に落ちた後も魂が無数の新たな魂に変わる。それがこの世の輪廻転生の理。揺らがぬ大原則であるはず。天界の天霊と魔界の妖魔も末路は同じ。
アルファガ様は例え死んでも極楽にも地獄にも行かないのか? そのまま地上で生まれ変わる?)
「ふふふ、頭を回している顔だな。ただ手の空いている時にするのだな。明日からお前に一緒にやってもらいたいことがある」
「私が? どのようなことでございましょう」
「面接だ」
「……面、接?」
アルファガの口から出て来たとは信じがたい言葉に、アネモネは呆然と繰り返す事しか出来なかった。




