レベンドラの天啓
アルファガの齎した唐突な破壊の光景に、レベンドラとアネモネだけでなく犠牲者達も含めて言葉も無かったが、目の前で起きたのが現実のものだと理解し始めると、一人の男性が立ち上がって、涙を流しながら叫んだ。
自分でもどうしてそんなことをしたのか、きっと分からないだろう。彼の行いをアルファガもレベンドラもアネモネも、黙って見守っている。
「ざまあみろ! ちくしょう、ざまあみろーーー!!」
ナラカミ収容所でなら瘴気の治療が受けられると、希望をもって訪れたのに彼を待ち受けていたのは毎日身体を切り刻まれ、訳の分からない薬を飲まされ、少しずつおかしくなっていく身体に怯える日々だった。
自分だけでなく先に捕らえられていた人々も、後から連れてこられた人々も誰もが同じ地獄を味わわされる中、唐突に現れた救い主──伝説の混沌竜は彼らの苦痛と絶望の象徴を消し飛ばしてしまった。
なんてデタラメ。なんて無茶苦茶。なんて理不尽。なんて痛快! こんなもの笑うしかないじゃないか!
男性を皮切りに次々と犠牲者達が立ち上がり、ナラカミ収容所とそこで過ごした日々に対して、思いのたけを叫びあげ始める。
ありったけの罵詈雑言に言葉にならない怒りの叫び声まで、忌まわしい記憶と共にすべてを吐き出す勢いだ。筋斗大雲の上で始まった絶叫大会に、アルファガは割とうまい事やったらしいぞ、と秘かに安堵する。
(あまりに不愉快だったのと、俺やレベンドラの痕跡を残さない為にも収容所を消し飛ばしたが、俺に対する恐怖を少しは抱かせたが、それ以上に痛快に感じてくれたようだな)
よかった、とアルファガが思っているとは知らず、レベンドラは彼女自身もあの収容所で実験の贄にされた身であったから、いつの間にか彼らの輪に加わって思いの丈をぶちまけていた。
そうした熱狂が演じられる中、アネモネだけは内心の興奮と驚愕を必死に抑えつけようとしていた。思わずフェイスベール越しに口元を手で覆ったのは、浮かび上がる喜悦の笑みを隠そうとしたからだ。
(分身を生み出せる技も神業としか言えないエーテル操作も、ふふふ、あの力の前では大したことではないわ。あれだけの破壊を齎した攻撃をしても、アルファガ様にほとんど消耗は見られない。
極端な話、高度を取って空からあの攻撃を繰り返すだけで、百万の軍勢も一国の首都も容易く滅ぼせる! 流石はかつて世界を支配した巨人族に止めを刺した御方。やはり、あなた様こそが私の大願を成就する為の要!!)
(アネモネが嬉しそうにしているなぁ)
アネモネは隠しおおせているつもりだったが、この場で一番冷静だったアルファガには見抜かれていたらしい。
レベンドラの体調を見てから迅速に刊行されたナラカミ収容所の襲撃は、このようにして多少の波乱を含みながらも多くの成果を上げ、そして混沌竜が動いたという事実を戦乱の裏で蠢く者達に知らしめるのだった。
犠牲者達の絶叫大会が収まったころに移動を開始し、ソルポートの中庭へと筋斗大雲を降ろしたのはその日の夕方であった。
頭上に浮かぶ太陽の光が弱まり、世界に薄闇が広がりつつある。筋斗大雲から降ろされた犠牲者達を前に、アルファガはまずは一晩休むように告げた。
レベンドラ同様、アルファガによって生まれ変わった彼らの身体は人間離れしている筈だが、精神的な疲労を慮ったらしい。
「ここは昔、俺が落とした巨人族の都市ソルポートだ。レベンドラからざっと話は聞いているだろうが、慣れん空の旅で疲れたろう。それに散々叫んでいたことだし、今日くらいはゆっくり休め。
城の中は多少荒れているところもあるが、自由に使っていいぞ。悪いがレベンドラとアネモネに案内を頼む」
「万事、このアネモネにお任せください」
「私も一日だけですが先に住む者として、助けとなりましょう」
二人の家臣が頭を下げて主君からの命に答える。レベンドラは自分で言った通り、ソルポートの住人になったのは昨日の今日だが、たった一日でも先達であるのは確かだ。犠牲者達を助けて回った当事者だから、信頼もされやすいだろう。
二人の返事に満足げに頷いてから、アルファガは運び込んだ麻袋や木箱を振り返った。食料品と食器類がまとめて置かれているあたりだ。
「それと軽くで良いから腹になにか入れておけ。食事と睡眠をきっちりとれば少しは前向きな気持ちになるだろう。
お前達の中に料理の出来る者は居るか? 悪いが手を貸してくれるとありがたい。流石に人間の食事を作った経験はないのでな。俺では努力してもろくなものが出来ん」
誰かを頼るのに躊躇の無いアルファガの申し出に、犠牲者達の中から一人、また一人と協力を申し出る。そのまま中庭で食事の用意を進めることになった。
音頭を取ったのは意外と言うべきか、他に適任が居なかったからか、アネモネである。刺客に怯えて逃げまどう日々の中、食べられる草花やキノコの目利き、野営技術の数々が磨かれている。
「料理の手伝いをしてくれる方々はこちらへ。見慣れぬ食材も多々あるでしょうが、今はとりあえず消化に良いものを作ります。
あなた達の身体はアルファガ様によって生まれ変わり、常人よりもはるかに頑丈になったとはいえ、食事そのものが久しぶりなのです。重病人に食べさせるつもりで取り掛かるように」
アネモネの指示したメニューはいくつもの大鍋に食べやすく切った材料を放り込んで、味を調えただけの簡単な煮込み料理だ。
各地から集められた犠牲者達の文化や風習はきっと様々で、避けなければならない食材があることも考慮して、鍋ごとに放り込む食材は分けておく。味付けは全て薄味だから、臭み消しや食材の癖を薄めるのに腐心する。
アルファガが魔法を使って即席のかまどを中庭のあちこちに作り上げ、そこに収容所から回収した鍋の類をどんどんと並べる。惜しげもなく薪を使い、これまたアルファガが軽くエーテルを走らせて、着火も済ませる。
収容所から持ち出されたいくつもの机の上では、休みなく包丁が振るわれて野菜も魚も肉も、とにかく細かく切る作業が続く。
「あははは、料理を作るのなんていつぶりだろうね。それでも身体は覚えているんだから、偉いよ」
「そうだね、本当にそうだねえ。そうだよ、こういう風にしてあたしらは生きてきたんだ。ああ、まったくどうしてあんなことになっちまんだろう」
「湿っぽいことは言いっこなしにしようぜ。今は腹を空かせた連中の為によ、手を動かそうぜ。へへ、自分の思った通りに手が動くなんて、当たり前の筈なのに嬉しくって涙が出てくら」
「なんだい、アンタ自身が湿っぽいじゃないさ。それにしても見ていて気持ちのいい包丁捌きだね」
「ホントだ。お兄さん、昔は料理人かなにかだったのかい?」
「ま、少しは名の知れた店で働いていたのさ。朝から晩まで料理のことばっか考えて生きてきたが、まさかあんなところに行く羽目になっちまうとは、人生なにがあるかわからねえや。こうして助けてもらうのもだけどよ」
そう言って元料理人だという茶色い巻き毛に垂れ目の青年は、目元の涙をぬぐって包丁を動かす作業に戻った。
新たな兵器を作る為の実験体から、彼らはようやく人間に戻れたのだ。料理をする、というたったそれだけの行為でも、それを証明するには十分だった。
協力を申し出てくれた人々の中に過程で料理をしていた者ばかりでなく、実際に料理を生業としていた者が含まれていたのは、幸いと言うには本人には辛いことだが、作業を手際よく進めるのに一役買った。
アネモネと全体を見ながらテキパキと細やかに指示を出している。配膳する為の食器類の用意や廃棄する食材を集める場所の指定、料理を受け取る側にも混雑が生じないようによく言い含めて、整然と並ぶように指示を出すなどと八面六臂の活躍だ。
木偶や分身竜も動員して料理の準備を進めるアネモネ達を、アルファガとレベンドラは遠目に見守っていた。レベンドラも野営の経験は豊富なので、今作っているような料理なら十分役に立つのだが、人が多すぎてもかえってよくないと思い留まっている。
溌剌とした表情で調理に勤しんでいる人々を眺めて、アルファガが少しばかり安堵したように呟く。
「慣れ親しんだ行為をすると、落ち着くようだな。かつての日常を思い出して辛くはないかと案じたが、とりあえずは問題が無いようでなによりだ。収容所から洗いざらい持ちだした甲斐もあった」
「あの下衆共の糧となるくらいなら、彼らの為に食べられてこそ食材も浮かばれましょう。この人数でもしばらくは賄えましょう。後はアネモネ殿の伝手を通じてどうにか購入するのが、手っ取り早いでしょうか」
「お前も言うものだな。今後の食料についてはソルポートの周りである程度は賄えるが、他にも当てはある。あまり心配しなくていい。今は彼らがこの夜を安らかに過ごせることだけを考えればいい」
「はい。では次に考えるべきは今日の寝床でございますね」
衣食住の内、とりあえず衣服はアルファガ製の上下とサンダルが全員に支給されている。食はたったいま用意している最中だ。そうなればレベンドラが住居──今宵、雨露をしのぐ場所を気にするのは当然だろう。
「とりあえずは城内に入れるか。幸いお前達の使っている人間用の部屋は、まだ余裕があるから……
「アルファガ様、畏れながら今夜、あるいは数日は個室に振り分けるのは控えられた方が良いかと」
レベンドラが心苦しそうにアルファガに異論を唱える。アルファガの言葉なら一から十まで肯定しそうなレベンドラだが、言うべきと判断したならきちんと言えるようだ。
その方が健全な主従関係であろう。そして異論を唱えられたからと、それを咎める狭量なアルファガではなかった。
「理由がありそうだな。彼らの為にそうした方が良いのはなぜだ?」
「個室では牢獄を思い出してしまいますから。どれだけ清潔で豪奢な部屋であっても、自分以外誰も居ない閉ざされた空間では……」
「なるほどな。だから広い場所で全員一緒に居させた方が、今の彼らには良いというわけか。そうなるとお前も個室で寝させるのは酷か。幸い部屋に私物もない。しばらくは彼らと、共に寝るか?」
アルファガの提案はレベンドラもついこの間までは、ナラカミ収容所で過酷な実験に晒されていた事実を考えれば、当たり前の気遣いだった。それを人間とはかけ離れた竜がするのに、レベンドラは少しの驚きと感謝を抱きながら答える。
「いえ、私は……はっ!」
その時、兜だけを外した鎧姿のレベンドラに雷が落ちたような衝撃が、あるいは内側から頭蓋を吹き飛ばすような天啓が閃いた!
わざとらしさしかない咳払いをして、レベンドラは凛と引き締まった顔で、真面目一辺倒の調子でアルファガに訴えた。
「恐れながらアルファガ様の御身を守る為、そして我が救い主、我が唯一無二の主君の存在を少しでも感じたく存じます。それだけで私は如何なる悪夢からも、呪わしい記憶からも救われるでしょう」
「つまり?」
「アルファガ様と同じ部屋で寝起きさせてはいただけないでしょうか?」
「それでお前の心が少しでも救われるのなら俺は構わんが、寝ているところを見られて、居心地が悪くなったりはしないのか?」
「いえ、まったく。かつては多くの部下達と地面の上に毛布一枚で夜を過ごした事もあります。それにアルファガ様の御姿を目にしながら眠りに就き、起きた時には真っ先にアルファガ様の御姿を目にしたいのです」
レベンドラがこのセリフを極めて真剣な表情で告げるものだから、アルファガは本当にそれがこの忠実な家臣の偽りない本音だと判断した。
実際、アルファガの血と魂の欠片を受けたレベンドラにとって、大本であるアルファガの傍にいることは、大きな安心に繋がる。もっともまだレベンドラ自身もアルファガも気付いていないが。
「そこまで言うのならよかろう。とりあえずベッドとそれ以外に必要なものをあの部屋に持ってこい。ただし、それは速くとも明日からだ。理由は分かるな?」
「はい。彼らを助けて回った私の姿があることで、いくばくかの安心につながるからでございます。その時の記憶はまだ瘴気に汚されていましたから、誰も明確には覚えていないでしょうが、例え欠片であっても役に立つのなら喜んで」
「分かっているのならいい。一日でも、いや一秒でも早く安心して夜を眠れるようになって欲しいものだ」
「はい。本当に」
「お前とて理不尽な目に遭わされた犠牲者なのだ。望みがあれば遠慮せずに言えよ。応えてやれない場合もあるだろうが、出来るだけのことはする。それくらいは約束するぞ」
「ふふ、私を救ってくださったのがアルファガ様でよかったと、今、思いました。何度も思っていますけど」
「ふうん? 良い助け方をしてきたのだと、自惚れておくよ」
「ええ、どうぞ存分に自惚れてください。自分は人間には救えない者達を救ったのだと」




