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シンラース シンラスト

 レベンドラがザイレッドと戦端を開く少し前、アルファガは屋上に居座ったままだった。

 収容所の力に強いエーテルの反応と空間の揺らぎを感知し、逃げ出そうとしている連中が時間稼ぎの為に、最後の大盤振る舞いをしたのだと理解する。

 精神的に極めて危なっかしいレベンドラに一報を入れた後、アルファガは自分を左右に挟む形で空間を跳躍してきた二体の巨大な瘴気の怪物を一瞥する。


「この収容所だけでもレベンドラ級が他に二体。瘴気の兵器利用はかなり進んでいるな。アネモネの誘いに乗って正解だったというわけか。あれらが蔓延るようでは、世界が瘴気に毒されるのも時間の問題になる」


 分身竜達に手出し無用を伝えてから、アルファガは大きく翼を広げる。世界の自浄作用を超えて瘴気が広がれば、大地はあらゆる植物はおろか微生物さえ生きられない猛毒の大地となり、天から降り注ぐ雨もまた命を蝕む毒と変わる。

 風には瘴気に侵された生命の苦痛と恨みの声が乗り、世界の隅々まで怨嗟の声の響き渡ることとなるだろう。


「瘴気は本来、地獄に留まるべきもの。無闇に外界に持ちだせば極楽、天界、現世、魔界、地獄の五世界の調和が失われると分かっているのかいないのか。なあ、どう思う?」


 もちろん、アルファガの問いかけにシンラースとシンラストが答えるわけもない。

 シンラースは二十五メートルほどの白い巨体に対し、青い右腕と赤い左腕を持つ人型の瘴魔人だ。爛々と輝く赤い瞳に意思の光はなく、こめかみのあたりか捩じれた角が伸びている。

 シンラストはくびれた腰にか細い手足、起伏のある胸部と元は女性だったのではと思わせるシルエットだ。両肩から羽衣のような薄い皮膜が伸び、顔の上半分は仮面で覆われているかのよう。

 仮面からは翡翠色の長い髪の伸びていて、髪の毛ばかりでなくシンラストの細身には時折、翡翠色の稲妻が走っては消えている。


「キイァアアアア!!」


「ジャオッ!」


 シンラースとシンラストは同時に動き出した。お互いに意思疎通する知性も自我も存在していないから、偶然の賜物だ。

 アルファガに向けて突き出されたシンラースの両腕が手のひらから肘に掛けて、まるで口のように上下に割れて、高熱の炎と極低温の冷気が同時に勢い激しく放射される。

 火炎と冷気に対する防御を同時に行わなければ、どちらかの攻撃をまともに受ける。火炎放射にしろ冷気放射にしろ、どちらも通常の軍勢なら千単位で死者の出る威力に達している。


 シンラストは全身に走る電をさらに激しくさせて、そのまま四方から翡翠色の稲妻をアルファガへと向けて浴びせかける。八本に枝分かれした翡翠の稲妻は、アルファガの逃げ道を塞ぎながら、火炎と冷気よりも速くアルファガへと襲い掛かった。

 『鬼哭醜雷』は妖魔公ビレイの力を借りるものだったが、これはシンラスト自身の生み出した稲妻だ。呪文の詠唱もなく発動した三種の攻撃に対して、アルファガもまた詠唱を必要としない高度なエーテル操作技術で対処する。


 アルファガの周囲に到達した雷と火炎、冷気がぐにゃりと歪み、揃って上空へとその向かう先を変える。もちろん、上空でこちらを観測中のアネモネに万が一にも当たらないよう、変更先には気を遣われていた。

 そしてアネモネはアルファガの周囲の空間が、陽炎に包まれたように歪むのを見ていた。先ほどまでは重力操作によって自由に飛ぶ姿を見せたが、今、彼が何をしたのか魔法の絨毯の上で新たな驚きを浮かべるアネモネが口にする。


「あれは重力を強めて空間を捻じ曲げているの? ほとんど無敵の防御方法じゃない。空間を超越するか、より概念的な魔法でもなければ攻略の仕様もない」


 更に神業的技術を備えた多芸ぶりを見せるアルファガに、アネモネは降参するような心持だったが、同時に未来視の中でアルファガを相手に戦いの成立していた英傑達が、いかに強大で人間離れしているのかを間接的に思い知らされる。

 レベンドラは強力な戦士だが、今の段階では超越者の上澄み達を相手に戦えるのか、アネモネには判断しかねる。ここからさらに強力になってゆくのなら、見込みはあるのだろうが。

 そしてアネモネが食い入るように見守る中、アルファガは左右の掌をシンラースとシンラストへと向けて、試すような言葉を紡いだ。


「さて、お前達はレベンドラほど強いのか。そうではないのか。溜めさせてもらうぞ。少し痛いだろうが、我慢しろ。後で必ず助けてやる」


 言い終わるのと同時に左右の腕を交差させると、それまで歪んだ空間に沿って上空へと向かっていた火炎と冷気、稲妻が向きを変えて、シンラースとシンラストへと襲い掛かったではないか。

 火炎と冷気はシンラストへ、そして稲妻はシンラースへ!

 アルファガに向けて放った攻撃が、よりにもよってアルファガに利用されてお互いに向けて放たれるとは、正気ではないとはいえ二体とも想定外の事態だったろう。


 二体とももろに直撃を浴びて、短い悲鳴を上げて大きく体を揺らがせる。シンラースは全身の細胞を強烈に乱舞する稲妻の威力に、そしてシンラストは同時に襲い来る高熱と低温に体組織を見る間に破壊される苦痛に、もだえ苦しんだ。


「そら行くぞ!」


 アルファガの翼が風を捕まえて大きく羽ばたき、全身から煙の尾を引くシンラースへ真正面から襲い掛かる。シンラストの稲妻に打たれた体は大きく消耗していたが、瘴気によって変異させられた肉体は戦う力を十分に残していた。


「ギィーッア!」


 シンラースの右腕の冷気と左腕の火炎がそれぞれ細く、細く束ねられてサーベルを形作る。広く放射する冷気と火炎を圧縮することで、凍り付かせながら斬り砕き、焦がしながら焼き切る二種のサーベルとしたのだ。

 空に青と赤の軌跡を描きながら、シンラースは空中を自在に飛翔してアルファガへと何度も、何度も斬りかかる。


「剣の腕はそこそこだな。鍛錬が足りていないぞ、鍛錬が」


 アルファガの頭を割りに来た高熱の刃を、エーテルを集中させた右前肢で弾き返し、胸を貫きに来た冷気の刃を同じくエーテルコーティングした左前肢で弾く。

 シンラースは巨体に相応しからぬ疾風の速さで斬撃を重ねてくるが、それらは全てアルファガの両前肢の鉄壁の守りの前に悉く跳ね返されて、空中に青と赤と黒のエーテルの微粒子が飛散するばかり。


 アネモネの目には無数の残像が出来るほどの高速の応酬が繰り返され、そこへシンラストが最後に与えられた命令のままに襲い掛かる。例え自壊しようとも、アルファガを討てという命令に、どこまで忠実に。

 シンラースがサーベルを作り出したのに対し、シンラストはアルファガの背後に回り込んで、十本の指をアルファガの背中へと突きつける。痛々しい罅だらけの指先から放出されたのは、糸のように細い雷だった。

 触れた対象を雷の高熱で焼き切る刃であり、岩山や城砦であろうと細切れに出来る恐るべき破壊力だ。


 雷の速度で伸びる雷の糸は、シンラースを視界の外から尻尾で殴り飛ばしたアルファガの背中へと伸びる。

 アルファガの全身を守るエーテルの膜と鱗を貫けるのか? その答えは出なかった。雷の糸が触れる箇所にピンポイントで小さな六角形のエーテルの盾が作られ、雷の糸の進行を阻んだのだ。


 背後から迫る雷速の糸の動きを完全に把握し、完璧なタイミングでエーテルの盾を作り出して受け止める。

 この一連の動作を雷の糸が命中するよりも速く実行する技量は、アネモネに限らず人間の魔法使いが同じ技術を求められたら、顔を青くして首を横に振る。

 天才と呼ばれる人種の中でも限られたごく一部の人間が、鍛錬に鍛錬を重ねてようやくたどり着くレベルだろう。


「知性は失われている筈だが、戦い方に工夫が見られるな。素体となった人間の戦いの才能という奴かね」


 小さなエーテルの盾はその場に置き、アルファガは上空に向けて飛翔し、翼を動かしてくるりと向きを変えてシンラストへと牙と爪を光らせて、襲い掛かる。

 これにシンラストは指先から雷を網の形状で放出して、混沌竜を絡めとろうと足掻いた。

 上空へと広がる糸ではなく雷で作り出された網、あるいは蜘蛛の巣を認めてアルファガは即座に行動した。


「なんと名付けたんだったか。おう、思い出した。飲み干せ、『喰穴(くらあな)』」


 アルファガの鼻先に小さな黒い球体が生まれ、それが目の前に広がる雷の網へと向けて放出され、アルファガとの中間地点で球体が一回り大きくなる。

 直後、球体──『喰穴』は超重力の井戸としての機能を解放し、周囲の大気をびゅうびゅうと音を立てて吸い込み、更に雷の網も逃がすまいと見る間に吸い込んでしまう。

 あまりの吸引力にシンラストは必死に体勢を維持するので精いっぱいだ。

 シンラストにとって幸いだったのは、『喰穴』を長時間使用すると周囲の環境に及ぼす影響が強い為、ほんの数秒で吸引が止まり、見る間に小さくなって消えた点だった。


 『喰穴』に吸引されていた大気や岩盤、収容所の一部がふっと本来の重力に引かれて、次々と落下してゆく。


 シンラストは『喰穴』の消失による吸引の消滅に対応できず、その場でたたらを踏むようにして体勢を崩した。それをカバーするように山脈に叩きつけられていたシンラースが、両腕の開いた箇所から、高熱と低温の砲弾を乱射してアルファガを叩き落そうと試みた。

 一発一発が着弾と同時に鉄を容易く蒸発させる灼熱地獄と、万物を凍り付かせる極寒地獄を作り出す砲弾だった。

 それほどの威力を持っていても、アルファガが右前肢をかざすと同時に作り出された巨大なエーテルの壁に阻まれて、その表面を熱であぶり、凍てつかせて氷を生むだけに留まる。


「お前達をそのように変えた連中はもうここを逃げ出した。安心しろ、必ず追い詰めて報いを受けさせてやる。そしてお前達もそろそろ苦痛から解放されて、安らぎを得るべきだ」


 エーテルの壁を維持しながら、アルファガは口を大きく開いて体内で練り上げたエーテルの輝きが零れだす。

 ソレが解放されれば自分達が終わると直感的に悟り、シンラースとシンラストは防御を捨てて自分達を構成するエーテルと瘴気を使いつくす勢いで攻撃し始めた。


 火炎と冷気は砲弾から砲撃へと切り替えられ、砲身であるシンラースの両腕が負荷に耐えきれず壊れながらも撃ち続けられる。

 シンラストもまた瘴気とエーテルを変換して、作り出せる最大出力の雷を全身から放射し、天空を貫く翡翠の雷が混沌竜へと奔流となって襲い掛かっている。自分の雷に耐えきれず、徐々に全身に罅が刻まれて崩壊の序曲が奏でられている。


 数々の攻撃を受け止めていたエーテルの壁についに亀裂が走り、砕け散る寸前、アルファガが口から発射した光弾──エーテルキャノンが内側から貫通した。

 黒いエーテルの砲弾はそのままシンラースとシンラストに命中し、解放されたエーテルが球形に爆発してシンラースとシンラストを飲み込んだ。

 エーテルキャノンが大地を揺らし、大気をかき乱す破壊力を発揮したのを見届けて、アルファガは自身の勝利を認めた。


「ここまでエーテルを消費したのは、いつ以来だ? アネモネの視た未来で俺と戦う英傑共は、これ以上なのだろう。となるとレベンドラのような頼りになる味方を増やすのが、やはり得策だな」


 アルファガは爆発が収まった後、爆心地で倒れ伏すシンラースとシンラストを見ながら、彼らもレベンドラのようになってくれるだろうかと、それなりに期待している自分に気付いていた。


「我ながら面倒くさがりなことだ」

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