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人間の都合で造られたモノ

 こちらを気遣うアルファガの言葉を噛み締めるように反芻して、レベンドラは心を落ち着かせた。アルファガの心配はするだけ無駄だと理解しているが、それでも人間の業に食い物にされたレベンドラにとって、唯一の希望だ。

 今の彼女の心を支える要で、もしアルファガが死ぬようなことがあったら、レベンドラは二度と立ち直れない絶望の底に沈み、自暴自棄になって自ら命を絶つか、死ぬまで目につくすべてを破壊するか、二つに一つだと自覚している。


「大丈夫、大丈夫。アルファガ様が世界征服をお決めになったのは、これは世界がそうしろと言っているのと同じ。なにがあってもあの方は死なない。いいえ、死ねないはずよ。そうでなければ、そうでなければ……」


 一歩も動けずにいるレベンドラに対して、近くにいた分身竜が低い唸り声を発し、手ぶりで行動を促した。明確な知性はないように感じられるが、与えられた目標を果たす為の裁定限度の判断能力などはある様子だ。

 当初、預けられた分身竜は十体だったが、地下へ突入するにあたって更に五十体が合流して、合計六十体に増えている。合流した五十体の指揮権もレベンドラに預けられていた。


「ええ、待たせてしまってごめんなさい。……これより地下に突入する。おぞましい欲望と底知れない狂気に晒された人々の救出こそ最優先。逃げる者は無理に追わなくていい。行くぞ!」


 レベンドラの命令に分身竜達は迅速に反応し、我先にと地下へと突入してゆく。長い螺旋階段を降りた先には、エーテルを利用した白い照明に照らされたホールがあり、そこから更に地下と他の部屋へと繋がる扉がある。


「二十体はこの階層を調査なさい。私達はこのまま地下を調べます。むしろ地下に築いた施設こそが本命か」


 更に深く、深く、煌々と照らし出されているのに犠牲者達の苦痛と瘴気の所為で、淀んでいるように感じられる空気がレベンドラ達を待ち受けていた。

 瘴気を調べていた研究員や警備兵達の姿はなく、収容所を襲撃する以前から脱出の用意を進めていたのだと、レベンドラに確信させた。


「おそらく私がアルファガ様に返り討ちにされて、帰還しなかったことでアルファガ様からの報復を想定したということ?」


 アルファガ曰く何度かソルポートへの侵入と偵察を繰り返していたというから、アルファガ討伐が失敗した場合に備えていても、おかしくはない。

 報復とは違うが、実際、アルファガはこうしてレベンドラとアネモネを連れて収容所を襲撃しているのだから、彼らの危機意識は正しかったのを証明している。


「残していったのは、連れて行く価値のない被験者というわけか。反吐が出るな」


 地下施設の部屋を虱潰しに確認してゆく過程で、レベンドラが見たのはかつて自分もそうだったように瘴気の影響で人間だった時の面影もない不気味な肉塊と化した人々。

 中には赤黒く濁った液体の中に浮かぶ人魚や、壁に翼を杭で縫い付けられた有翼人(ゆうよくじん)といった異種族の姿もあった。

 かろうじて生きてはいるがもはや自力で動くことも叶わず、正気を保っている者はほとんどいない。こんな環境ではその方がまだ幸せだったろう。


(ああ、そうだ。少し思い出した。体を拘束されて、瘴気を封入した液体を注入されたり、肉を刻まれて瘴気に汚染された生き物の肉片を埋め込まれたり……私の耐性が強いから他では出来ない実験が出来ると、研究者達が嬉しそうに笑っていたっけ)


 瘴魔人シンジェラへと作り替える本格的な作業が始まる直前まで、レベンドラは瘴気を保っていたが……


(それよりも速く、さっさと心を壊すか狂っていれば楽だったろう。実際、アルファガ様にお救いいただかなければ、私は穢れた魂のまま心を狂わせたままでいたわけだし)


 赤い亀裂の走る黒い肉塊から伸びる足に嵌められた鉄輪を握り潰し、レベンドラは壁に寄りかかっている肉塊を痛ましげに見つめる。

 わずかに表面が起伏しているのは呼吸している証拠だろうか。彼か、あるいは彼女か。レベンドラのように瘴気の実験に使われて、変貌してしまった人間だ。


「必ずやアルファガ様が苦痛と絶望から救ってくださる。もう少しだけ辛抱してくれ」


 レベンドラと分身竜達は牢獄や実験室に残されていった犠牲者達を次々と見つけ、その場で出来ることがほとんどない無力を、嫌と言うほど味わった。

 そうして彼女らを阻む者もないまま捜索は迅速に進み、バーゼフらの脱出した地下水脈を見つけるのももう間もなくと来たところ、レベンドラはドーム状の開けた空間へとたどり着いた。


 引き連れていた分身竜達は全員、他の階層や別の部屋の捜索に取り掛かっている。事情を知らない人間からすれば分身竜もよっぽど恐ろしいだろうが、そんなまともな精神を残している者はいない。

 ドーム部屋の出入口は前後の扉のみの空間で天井までの高さは、最も高い中央で十メートルほどか。

 扉を開く前、レベンドラは内部から感じられる強力なエーテルに、収容所に来てから初めて待ち受けている敵を脅威だと認定する。

 騎士団長時代だったなら騎士団を率いて討伐に赴き、そして多くの部下の犠牲を覚悟しなければならないレベルだ。


 扉を開いた先に居たのは、赤黒い肌を持った毛のない巨大な猛獣を思わせた。四本の脚の先端から細長い指が伸び、鞭のような尻尾がうねっていた。

 肩の高さまでで三メートル、あちこちに黒い炎のような瘴気を纏っている。白い牙の列がむき出しの口からは唸り声ひとつ零れていない。


 瘴魔兵の上位種『瘴魔獣(しょうまじゅう)』。平均的に瘴魔兵十体分以上のコストで作成される、瘴気兵器だ。

 レベンドラの記憶にはない存在だが、一部の戦場では既に投入されて久しく、使用している国家からの評価は高い。この地下で遭遇した赤黒い獣は『ザイレッド』と呼ばれるタイプで、瘴魔兵三十体分に相当する。


 人体を紙のように斬り裂くパワーと銃弾をものともしない硬さと柔軟性を兼ね備えた肉体、極めて鋭敏な知覚能力、ただ存在するだけで猛毒を振りまくに等しい瘴気の濃度。

 これらの特性から単体で敵軍に放り込めば、それだけで多くの被害を与えられる利便性と攻撃性能が売り文句だ。


 武器を持ったまま扉を押し開いた瞬間、ザイレッドの赤い三つ目とレベンドラの兜の奥の赤い瞳の視線が絡み合い、ザイレッドの巨体が音もなく消える。

 同時にレベンドラの左腕が動いていた。全力でグレートソードを投擲し、音の壁を超えたグレートソードは向こう側の扉を叩き割り、その奥へと飛んで行って間もなく轟音を立てた。


 ザイレッドはレベンドラの姿を認識した瞬間、一歩目から時速二百キロ超に加速して飛び掛かった。これに対してレベンドラはグレートソードを投げつけて迎え撃ったのだが、ザイレッドは空中で身を捻って回避。

 床に足を着けると同時に壁へと跳躍し更に天井へ、床へ、壁へと弾丸の勢いで跳び回り始める。レベンドラの視界は赤い風に埋め尽くされたかのように変化する。


 レベンドラは右手のハルバードを両手で握り、鎧越しに自分を叩く暴風の中、ゆっくりと前に進み出る。瘴気の化身であるこの世ならぬ化け物を前に、恐怖はないと悠然とした足取りが言葉よりも雄弁に語っている。

 実際、レベンドラは恐怖を感じる余裕がないほど、怒りで内心を満たしていた。自分達を散々弄んだ結果の一つが、目の前のアレなのだ。

 地下施設で発見した犠牲者達の姿が、かつて自分もそうだったことを想起させて、レベンドラの全身からは見えない怒りの炎が噴き出しているようなものだ。


「消す」


 ただ一言に込められた感情は、どれだけ激しいものだったろう。

 ザイレッドはレベンドラの真上から襲い掛かった。ただし、レベンドラが自分に反応していることに気付き、天上に爪を立ててしがみつき、飛び掛かる代わりに口を大きく開いた。

 白い牙の奥に赤一色の口内が覗き、そこから真っ赤な杭のような瘴気が連続して発射される。ザイレッドが飛び掛かって来るのに合わせ、ハルバードを振り上げようとしていたレベンドラは、すぐさま切り替えた。


 合計七本の瘴気の杭を打ち払う為、全身の筋肉に更なる負荷を与えて強引にハルバードの軌跡を変える。銃弾並みの速度で発射された杭をハルバードがすべてを砕く。

 そうして砕いた直後、ザイレッドの姿はレベンドラの正面にあった。杭を発射したのと同時に、着地からの襲撃に移っていたのだ。

 着地の衝撃をザイレッドの柔軟な筋肉はなんなく吸収して跳躍の速度へと変えて、レベンドラの首を噛み千切るはずだった。


 レベンドラがハルバードを振りかぶった勢いのままに回転し、今度はハルバードをそのままザイレッドへと投げつけてきたのだ。ザイレッドの動きを完全に見切った上での投擲に、ザイレッドはかろうじて反応する。

 再びの回避は不可能と判断し、攻撃に用いるつもりでいた尻尾を迎撃に回した。先端が鋭く尖った尻尾が、重武装の騎士複数名をまとめて貫く威力で突き出され、ハルバードと激突した瞬間に吹っ飛んだ。


 尻尾の肉片が舞い散るのと同時にハルバードも軌道を逸らされて、天井へ深々と突き刺さる。ザイレッドは敵が武器を失った事実に逸ることも、焦ることもなく、淡々と戦闘能力の低下を好機と捉えていた。

 再び赤い暴風が殺意もなく闘志もなく、一歩目から最高速度に達してレベンドラに襲い掛かる。右に左にと細かいステップを重ね、対峙する敵の視界に残像を焼き付ける動きを見せた。全身に纏う炎のような瘴気は、サンレッドの動きを視認しづらくする作用もあった。


「来い」


 無手になったレベンドラだが、こちらもまた精神は落ち着いていた。戦闘の最中にあって彼女の神経は極限まで研ぎ澄まされ、新しい力の把握に努めていた。

 エーテル操作は戦闘に限らず、現在の人類の文明を支える根幹の技術だ。一国の騎士団長を務め、数多の戦いを勝利に導いたレベンドラのエーテル操作技術は、一流の水準を大きく超えている。


 レベンドラ本人のエーテルと、心と体に融合しているアルファガのエーテルを同時に操作し、混ぜ合わせて新たな力とする。

 この試みに対して、バルコニーで模擬戦をしてから試行錯誤を重ねてきたが、実際の戦場に合って急速にモノになってきているのを、レベンドラは如実に感じていた。


 生まれ変わった肉体はザイレッドの幻惑する動きも、手に取るように把握して全て捉えていた。そして劇的に向上した肉体に惑わされず、しっかりと手綱を握るだけの精神力と才覚がレベンドラにはあった。

 レベンドラの右頸部への噛みつきと見せかけて、地を這うような動きから左大腿部への噛みつき、転倒させてから止めを刺そうというザイレッドに対し、レベンドラは大きく両手を振りかぶった。


 なにも持たないレベンドラの両手が振り被られた時、その手の中に銀と黒の入り混じるエーテルの光が生まれ、柄は黒く槍と斧の刃は銀のハルバードが作り出される。

 自らのエーテルを用いて作り出された武器防具を、一般にエーテルウェポンと呼ぶ。込めたエーテルの量と質によっては、いかなる名工の鍛え上げた名剣に勝る威力を発揮する。


「はぁっ!」


 史上初めて混沌竜と人間のエーテルを混ぜ合わせて作り出されたハルバードは、ザイレッドに回避も防御も許さず、裂ぱくの気合と共に振り下ろされて、城攻め用の砲弾の直撃にも耐える皮膚と筋肉を水でも斬るように真っ二つにした。

 ハルバードの刃に頭から首元まで左右に斬り分けられたザイレッドは、その場で糸の切れた人形のように崩れ落ちる。

 例え首から上を失っても、しばらくは戦闘可能なザイレッドだったが、ハルバードの持つ二種のエーテルによって体内の瘴気が相殺されて、見る間に全身の崩壊が始まる。


「礼を言おう。余裕のある内に実戦でモノにすることが出来た。お前も人間の都合で作り出されたのには、変わりない。恨みはすまい」

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