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混沌竜の咆哮

 内心の興奮をきちんと抑え込んだレベンドラは、身外身の術によって生み出されたアルファガの分身達を改めて見回す。

 二本足で立っている分、体型はアルファガと比べればずっと人間に近い。鱗の色こそ様々だが、基本的な姿かたちは揃っていて、太く長い腕の先には鋭い爪を生やした五本の指が伸びている。

 口にズラリと並んだ牙は、石でも人間の頭でも簡単にかみ砕き、引き裂けそうだ。


 曲がりなりにもアルファガの分身とあって、レベンドラは命令を下すのに若干の躊躇があったが、分身竜を率いるようにとそのアルファガから命じられている。

 レベンドラは先ほどの興奮も忘れて、音を鳴らして生唾を飲み込み、意識を切り替える。

 かつて母国で護国の英雄として称賛の声を浴びていた頃のように、ここは戦場で今の自分は指揮官なのだと。


「これからナラカミ収容所を制圧する。立ちはだかる者は全て薙ぎ払え。ただし逃げる者は追わなくていい。目下の最優先事項は地下施設への入り口の発見である。地下への突入はアルファガ様へ改めてご指示を仰いでからだ。行くぞ、私に続け!」


 レベンドラは両手の武器の重量などものともせずに、その場から駆け出して手近な収容所内部への入り口へと向けて駆け出す。

 分身竜達は一糸乱れぬ動きで、レベンドラに付き従い、収容所の中へと突撃してゆく。中から遭遇した警備兵達の悲鳴が聞こえ始めるのは、間もなくのことだった。


 アルファガはそんな忠臣の姿に、喉の奥で小さく笑う。

 尊厳と命を救ったとはいえ、熱烈な忠誠心と依存心を向けてくるレベンドラに、アルファガは少なからず戸惑ってはいたが、アネモネ同様、最後まで面倒を見てやるか、という気ではいた。

 アネモネは色違いの瞳の奥に諦めや怒り、憎しみを秘め、レベンドラもまた色濃い絶望や象を抱いているが、アルファガに希望の光を見出して依存している点で異なる。


「同じ日に出会った二人が揃って危なっかしくて放っておけないとは、俺はそこまで面倒見はよくなかったはずなんだがな」


 他の九十体の分身竜達も、レベンドラ同様収容所の中に突入するか、あるいは飛び立って監視塔や塀の上の兵士達に襲い掛かるか、そちらから侵入を図っている。

 分身竜達は即席で生み出したにしては、まあまあの出来だ。現在、流通している銃器では、あれらの鱗を貫く事も出来ないだろう。


「さて、レベンドラ達ばかりに働かせるわけには行かん。俺は……空から行くとするか」


 アルファガが大きく翼を広げ、一度だけ羽ばたくとそのまま軽やかに空中に浮かび上がる。彼が重力に干渉して、自在に飛翔していると気付く者は上空のアネモネしかいない。

 レベンドラと分身竜達の侵入に蜂の巣を突いたように大騒ぎしている警備兵達は、アルファガの動きに適切な対処をできない。もっとも、この場合、どうするのが適切なのか分かる者が収容所に居るか怪しいものだ。


 アルファガが目指したのは収容所中央に建つ、最も大きな建物だ。

 中央棟の屋上を目指してから、ほんの数秒で到達して上から炙り出しに掛かろうとするアルファガの瞳に、屋上に展開した魔法使い五名の姿が映る。

 エーテルの気配を感知して、屋上に彼らが展開しているのは事前に分かっていた。屋上から分身竜達に攻撃を加えるつもりだったのだろう。


「人間の魔法か。さて発展したのか衰退したのか、教えて貰おう」


 アルファガがわざと速度を落として上空で旋回を始めると、不意の遭遇に慄いていた魔法使い達が意を決した顔つきになる。

 周囲には重武装の警備兵達で固めているが、彼らはアルファガに恐怖の視線を向けるばかり。魔法使い達は鍛え抜いた肉体の上に、揃ってルドニアの紋章が刺繍されたローブを纏っている。


 魔法は基本的に膨大な精神力と集中力が必要とされ、長時間の儀式に関わることもある。である以上、一般的なイメージとは違い、体力が物を言う仕事だ。魔法の研究と肉体の鍛錬をどれだけ効率よく、並行して行うかは魔法使いの永遠の命題である。

 リーダー格らしい痩せぎすの男が、指揮棒のよう細い杖の先端でアルファガを示し、全身のエーテルを励起させて、魔法を発動させる。

 万物の根源を成すエーテルを用いて世界に干渉し、望む現象を発生させる。それが、魔法と呼ばれる技術だ。


「目標を上空の黒い竜へと変更する。各員、続いて魔法を行使せよ! 『輝ける牙 穿たれる鋼 穿牙光弾(ガンセム)』!!」


 細長い杖の周囲に十数本の緑色に輝く光の杭が生み出され、輪を描きながら回転する光弾が次々と発射され、アルファガを自動追尾しながら襲い掛かる。

 空中で何度も折れ曲がりながら軌跡を描いた光弾は、一発残らずアルファガの右横っ腹へと命中し、砕けた光がつかの間、アルファガの黒い鱗を照らし出す。

 続いて救いの手を求める死者の手のような杖を持った、赤い長髪が目を引く大柄な女性が周囲を白く照らしながら次の魔法を放つ。


「『凍てつく夜の風 雪踏む音を()ぎ 白く閉ざせよ 白羅(びゃくら)の吐息』」


 杖の先端から青い煌めきを放つ白い風が放射され、自然現象ではありえない超低温がアルファガの全身を瞬く間に包み込む。氷と雪に閉ざされた大地で生きる生物であろうと、瞬く間に凍死する極低温の地獄だ。

 役に立たない警備兵達に囲まれて、次々と魔法が行使されてゆく。

 常人とは違う世界を知る魔法使いである彼らをして、アルファガのような生きた竜の実物を見るのは極めて稀な経験だが、敵を前にするべきことを間違える愚か者は居なかった。


 二つの魔法が命中している間に、三人掛かりで進めていた魔法の詠唱が終わる。

 三人で三角形を描くように動き、その中心に黄金のスパークを散らしながら紫色の光の球体が発生する。

 三人の魔法使いと発動した魔法のエーテルが周囲に溢れかえり、警備兵達はアルファガばかりでなく、味方の魔法使いにも畏怖の眼差しを向けていた。


「『妖美なる支配者 醜き者共を撃たん 妖魔公(ようまこう)ビレイよ 触れ難き指先にて誘いたまえ 鬼哭醜雷(ギガンデラー)』!!」


 三人の中央で輝いていた紫の光球から、同じ紫色の雷の奔流が迸り、空中で蛇の如くうねりながらアルファガへと絡みつき、現世には存在しない魔界の雷を存分に味わわせる。

 この現世と地獄の間に存在する魔界。その魔界の一角を支配する強大な妖魔の力を借りて、魔界の雷を召喚する魔法だ。

 発動に三人掛かりだったことからも分かる通り、『穿牙光弾』や『白羅の吐息』よりも強力で扱いの難しい代物である。加えて意志を持った存在と契約を交わす関係上、相手との関係次第で同じ魔法でも効果に差が出る特徴を持つ。


 必勝を期して召喚した魔界の紫雷(しらい)がようやく収まった時、魔法使い達が目撃したのは、空中に浮かぶ無傷のアルファガだ。

 彼らの経験上、どれだけ魔法に対する防御力の高い敵でも、『穿牙光弾』で動きを止めて防御を削り、立て続けに『白羅の吐息』で全身を凍てつかせれば、この段階でほぼ必殺を期待できる。

 そこへ駄目押しの一手として、魔界の雷を叩き込んだのだ。

 少なくとも人型の生物であるなら、超越者であっても重傷を負わせられる。伝説の生物が相手でも怪我の一つも負わせられる筈だと、魔法使い達は願っていたのだが……


「自動追尾する魔法の砲弾で足止め、続いて広範囲に及ぶ凍結魔法で仕留められれば良し。仕留められなくても体の外と内からの凍結が期待できる。

 そしてほとんど間を置かずに魔界の雷を召喚か。なかなかよく出来た連携だ。にしてもビレイの奴め、まだ滅んでいなかったのか。しぶとい奴だ」


 この時、アルファガは防御に関係する魔法や術を一切、使っていない。

 普段、無意識に展開している無数の防御結界や、鱗に施しているエーテルのコーティングも解除しており、三種の魔法を全て生まれ持った鱗と肉体の頑健さのみで受けている。

 重力操作の応用で重力場を形成し、防御に利用することも出来たが、今回は現代の人間のレベルを測る為に、自分の肉体を差し出した形だ。


 アルファガ相手には一切ダメージを与えられなかったが、行使された魔法はいずれも一線級の威力を誇る。

 特に『鬼哭醜雷』は魔法戦闘に重きを置いた防具で身を固めていたとしても、大ダメージを免れない威力を誇る。

 人間と比較するのがそもそも間違いのような巨体相手とは言え、アルファガ以上に巨大な生物相手にも有効な魔法なのだが、結果は効果なしという非情なものだった。


「しかし、特に目新しいものはないな。魔法を発動する為の触媒も、エーテル操作技術にも革新的なものは特に見当たらん。

 予想を超えて欲しいと思うところもないわけではなかったのだぞ? 戦争となれば技術が飛躍するものだが、過度な戦乱続きでむしろ発展が阻害されているのか?」


 敵と呼ぶにはあまりにも実力のかけ離れた魔法使い達を前に、アルファガは呑気に考えを巡らせる始末。

 あまりに無防備だが、魔法使い達はそれを屈辱に感じる余裕はなかった。必殺を期して全霊で魔法を行使したのに、竜の鱗一枚砕けていない。

 これはもう残りのエーテル全てを消費しても、討てるような相手ではないと分かる実力と判断力が魔法使い達にはあった。

 問題は逃げ場などなく、この状況から命を拾うにはアルファガの気分次第だと、理解している事だった。


「参考例の一つは知れたとしておくか。さて、次はこちらの番だな」


 闘志というほどのものはなく、淡々と作業のように処理しようとしたアルファガが黄金の瞳で眼下の魔法使いと警備兵達を視た時、アルファガも想定していなかった事態が起きる。

 まず警備兵達が糸の切れた人形のように崩れ落ち、それから魔法使い達もバタバタと倒れ始める。


「んん? おいおい、俺に視られただけで意識を喪失したのか? 睨んでさえいないぞ? それでこうも呆気なく……敵もろくに来ないような収容所勤めでは、腑抜けるものなのか?」


 一人残らず屋上に倒れ伏した魔法使い達を見下ろして、アルファガは心底から呆れた溜息を零す。

 アネモネやレベンドラの度胸を知っているアルファガからすると、彼女達とのあまりの違いに困惑すら覚える。

 アネモネが人間の魔法使いの中でも上澄みであるのは察しているし、レベンドラに至っては半ば竜と化しつつあり、純粋な人間とは言えないけれど。


「やれやれ、無抵抗の相手を殺すのは忍びないか。ゆっくりと、そうだな、物語に出てくるような恐ろしい、邪悪な竜のようにやってみるとしようか」


 アルファガはゆっくりと天井に降り立ち、気絶した魔法使い達を巻き込まないように注意しながら、床に向かって右の前肢を叩きつけて、大穴を開けた。


「逃げたければ逃げるがいい。胸糞の悪い実験に加わっていた屑共。自分達が塵のように潰されるのは嫌だろう?」


 アルファガなりに邪悪そうな演技をしながら、収容所の全ての人間に聞こえるように大きく首を逸らして、ずいぶん久しぶりとなる咆哮をあげるのだった。

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