一心同体
瘴魔兵は四つの赤い目を持ち、人間のように二足歩行した蜥蜴を思わせた。手首からは赤い刃が生えていて、青白い肌に黒い革鎧を纏っているように見える。
ソードレイと呼ばれている瘴魔兵だ。それが二十体ほどいる。ソードレイ達はするりするりと足音も立てず、風のように素早くレベンドラへと迫り、両手の刃を振りかぶる。
間合いも速度もレベンドラの方が上だ。
その機先を制するようにして、新たな警備兵達が一斉に長銃を撃った。銃声が轟くのとほぼ同時にグレートソードが閃き、発射された銃弾全てを空中で斬り砕く。およそ人間離れした反応速度と膂力であった。
撃った警備兵達が何を起きたか理解するよりも速く、先行する六体のソードレイが跳躍してレベンドラへと斬りかかり、残りのソードレイ達は地を這うような動きで正面と左右の三方向から迫る。
四つの方向から襲い来る、殺意すらも持たない化け物達を相手に、レベンドラの動きに戸惑いも躊躇もない。
途方もなく重たい筈のハルバードを小枝でも振るうように一閃し、飛び掛かってきたソードレイ達をあっさりと木っ端みじんにする。それぞれが身を捩って避けるか、あるいは刃で受けたが、なんの意味も持たなかった。
瘴魔兵を相手にレベンドラが手加減を捨てた結果、彼女の一撃は原型を留めることを許さない破壊力を発揮していた。
もしソードレイの肉体が鋼鉄の塊であったとしても、結果は変わらなかったろう。
この時点で残りのソードレイ達は、レベンドラを間合いに収めていた。それぞれが、相討ちを辞さぬ勢いで全力疾走し、両手の刃でレベンドラを串刺しにせんと突っ込む。
まさに命のない兵器としての真骨頂と言える戦い方だ。
「はあっ!」
到底、人間が扱えるとは思えないグレートソードが、レベンドラの左側に回ったソードレイ四体の胴体を左から右へと薙ぎ払い、回避も防御も出来なかったソードレイは命中した瞬間に粉砕された。
正面から迫っていた六体はグレードソードを回避する為に跳躍し、右側から弧を描きながら突っ込んでいた四体は、こちらもまたハルバードの振り下ろしによって、巨象に踏み潰された蟻のように瘴気の霧に変えられる。
ハルバードはそのまま石畳の床を叩き、途方もない音と共に地面を砕いて、石の散弾をまき散らした。レベンドラと跳躍したソードレイ達に、平等に石の散弾は襲い掛かる。
レベンドラはどれだけ散弾に打たれてもびくともしなかった。鎧が弾くその前に、彼女が全身に纏うエーテルの守りが、散弾を微細な粒子へと破砕している。
一方で、空中で不安定なソードレイ達は散弾に打たれてバランスを崩し、跳躍の勢いを殺されてしまう。そうして生まれた一秒にも満たない遅延で、レベンドラが次の攻撃に移るには十分だった。
「消えろ!」
獅子も怯むような雄たけびと共にレベンドラの身体が旋回し、グレートソードとハルバードが嵐を思わせる勢いで回転し、空中にあるソードレイ達を襲って哀れなほど呆気なく、鋼鉄並みの皮膚を易々と斬り裂いて瘴気へと霧散させる。
警備兵達にとって頼みの綱だった瘴魔兵がまるで問題にもならず、あっさりと殲滅されたのは凄まじい衝撃だった。これで戦闘中、微動だにしなかったアルファガまで動き出したらどうなるのか。
「に、逃げろっ!」
「あんな化け物に勝てるか」
「クソ、瘴魔兵をかき集めろ。あんなの人間がどうにか出来る相手じゃないぞ」
「所長に急いで知らせろ、援軍を要請するんだ!」
多くの警備兵は蜘蛛の子を散らすように逃げ出すが、中には悲鳴を上げるだけでなくまだ戦うつもりの者も居るようだった。
あっという間に警備兵達の居なくなった正門前で、近づいてくる敵の気配が無いのを確認し、レベンドラはアルファガを振り返る。戦闘の疲労は影すら姿を見せていない。
「思っていた以上に動けました。あの瘴魔兵程度なら問題なく戦えます」
「思っていた以上に簡単な戦いだったな」
もっとも、レベンドラの心中は到底穏やかなものでないのを、アルファガは察していた。
「瘴気の気配は地下から感じられる。定番と言えば定番か。上に居るのは収容所の関係者、瘴気の研究者達は地下と分かれている」
「いかがなさいますか。まずは地下への入り口を探しますか?」
「所長辺りなら瘴気研究の事情も知っているだろうが、今回は被害者の救出が目的だからな。目指すは地下だ。上の建物は吹き飛ばしても構わんが、下手に崩落を招いては笑い話にもならん。地道にやるとしよう。ただ、数は増やしておくか」
おもむろにアルファガが右前肢で左前脚の鱗をひっかいて、小さく砕く。その砕いた破片を指先で更に丁寧に磨り潰してから、空中にぱっと投げる。
レベンドラが興味津々な様子で見ている中、空中の鱗の破片が周囲のエーテルを吸収し始め、黒い光を発しながら巨大化し、全高二メートルほどの二足歩行の竜へと変わるではないか。
「『身分身』という。自分の肉体の一部とエーテルを媒介にした分身の術の一種だ。今回は家探ししやすい大きさにしておいた。威圧感もたっぷりだから、警備の連中は慌てて逃げ出すだろう」
分身竜達は黒、白、緑、赤など色彩豊かな鱗を持っていたが、瞳の色だけはアルファガと同じ黄金の色に染まっている。
これら分身竜達が総勢百体、あっという間に生み出されて、整然と並び本体からの指示を待つ。どの分身竜からもアルファガのエーテルが感じられるが、ガドやソードレイよりも強い、とレベンドラは驚嘆した。
「レベンドラ、十体ほど預ける。好きに使え。残りは散開して収容所の中を虱潰しにしろ。地下への入り口を見つけたら、俺達が来るまでは包囲して待機。では行け」
九十体の分身竜がその場から飛び立ち、収容所各地へと散ってゆく中、アルファガの指示の通り十体がレベンドラの傍に寄ってきて、じっと指示を待つ。レベンドラは若干のアルファガの分身を預けられることに、若干の畏れ多さを感じながら主君を見上げた。
「アルファガ様の命とあらば謹んでお受けいたしますが、アルファガ様ご自身はこちらでお待ちになられますか?」
「そうだな。俺は上から追い立てて行くつもりだ。真ん中の建物の屋上から、順に潰して行く。その中に地下へ案内してくれる者が居るかもしれんし、最も目立つ方法でもあるからな」
「私のような特別な瘴魔を引き付ける囮役をなさると、そうおっしゃるのですか」
レベンドラ自身、戦闘中の詳細な記憶はないが、アルファガにはまるで歯が立たなかったと聞いている。
それならば昨日のレベンドラ──瘴魔人シンジェラと同等の怪物が姿を見せても、心配はいらないとレベンドラも頭では分かっている。
しかし、愚かな人間の積み重ねた愚かな歴史を変えられる可能性を持ったアルファガに、万が一のことがあったらと考えると、レベンドラは血が音を立てて引くような心持ちになる。
人間ではない怪物に変えられて、その地獄の中で見せられた新たな希望が失われるかもしれないと思うと、希望が大きかった分、余計に絶望の闇は深くなるものだ。
「お前のようにかすかでも自我を残していれば、人間に戻してやれる。それにアネモネには将来、超越者の群れと戦うそうだからな。今の内に鈍った体に喝を入れてやらんとな」
「……はは、私のような瘴魔でもアルファガ様にとっては、体を鍛え直すのにちょうどいい相手でしかないのですね。それでは心配などしても、余計なお世話でしかありませんね」
「気遣って貰えるのはありがたいと感じているよ。なに、俺達はお互いをまだよく知らんからな。これから理解を深めて行けばいい」
「戦いの場でする話ではありませんね」
地下では悲惨な実験が行われている場所で、そこの襲撃している最中だというのに、これからお互いを理解していこうなどと、初めて縁談の場で出会った男女のようだとレベンドラは兜の中で小さく笑う。
鈴を転がしたように耳に心地よいレベンドラの笑い声に、アルファガもつられて竜なりの微笑を浮かべる。近しい者が笑顔だと自分も嬉しくなる性分らしい。
「緊張感がないのではなく、余裕があるということにしておこう。ああ、それとレベンドラ、お前の顔を見られないように気を付けろよ。お前が兜を壊されるような強敵はいないと思うが、お前が人間の姿に戻っていると知られるのは面倒だ。
俺が瘴気に侵された人間を治せるといずれは広めるとアネモネは語ったが、それにも機会があると言っていたからな」
「心得ております。アルファガ様に賜ったこの鎧兜、下郎に易々と触れさせはしません」
「以前のお前のエーテルの波長が記録されていたら、兜を着けていても気付かれるかもしれんが、今のお前の魂にも身体にも俺のエーテルが混ざっている。正確には分かるまいよ」
(私の……魂と身体に……アルファガ様のエーテルが混ざっている)
アルファガとしてはエーテル探知による判別技術は大昔からあったから、それによるレベンドラの正体発覚の可能性について、言及したに過ぎないが、レベンドラの頭の中では少し違った解釈がされていたのを、アルファガは知らない。
(つまり私はもはやアルファガ様と一心同体。私の中には常にアルファガ様が居る。そう考えると、なんだか、ふふ、興奮してきた!)
知らない方が幸せであるのは間違いない。




