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竜による世界征服

 なだらかな平原に、黒蟻のように兵士の群れが広がっていた。灰色がかった雲に覆われた空は、これから繰り広げられる殺戮を嘆いていたかもしれない。

 このヘルエド大陸において列強とされる大国の一つと新興国とがぶつかり合う戦場だ。

 かたや十万の軍勢を揃えた大国と一千余りの兵士が並ぶ小国との争い。

 誰の目にも勝敗は明らかな戦いは、一夜と掛けずに終わると思われていた。

 身の丈を弁えずに大陸統一、世界制覇を声高らかに宣言した小さな新興国を大国が叩き潰し、未来永劫、奴隷にする為の一方的な戦いだと。


 大国の兵士達のほとんどは人間ではなかった。

 近年、普及した新技術によって生み出された生物兵器である。

 巨大な鳥の脚を持った下半身と上半身は隙間なく装甲を纏った人型と言う組み合わせだが、両肘から先が銃剣を装着した鉄砲となっていた。

 更に昆虫のような細長い足と鉄砲らしい器官を伸ばす下半身から、これもまた装甲を纏った人型の上半身を生やし、手首から先が蟷螂のような形状になっている者もいた。


 これらの異形の後方に家屋並みの巨体を誇る鰐と亀の合いの子のような怪物がいて、背中には甲羅の代わりに巨大な大砲めいた器官を備えていた。

 この生きた大砲以外にも、人間の兵士が操る金属製の大砲がずらりと並べられて、砲口は全て敵対するちっぽけな国の軍勢に向けられている。

 指揮する人間達は更に安全な後方に一度って、戦う前から勝敗の決まっていると信じ込んで、呑気に観光気分だ。


 対して、侮られている小国側は、整然と並ぶ甲冑姿の兵士達を背にして、灰色を基調とした軍服を纏う者達が並び立っていた。

 若い者は十代半ばほどで、人間ばかりでなく背中に翼を持つ者、魚の下半身を一時的に人間の足に変えている者、二足歩行のモグラのような者も居れば蜥蜴と人間が融合したような者まで居り、多種多様という言葉を体現している。


 文字通り桁の違う敵国の大軍勢を前にして、彼らの顔に恐怖の色はなく、傲岸不遜と言うべき自信が満ちている。

 世界征服を掲げる新興国“千年竜帝国せんねんりゅうていこく”の誇る超人達“竜紋戦士(ドラグーン)”。

 人間の形をした竜と称される彼らこそが、千年竜帝国の快進撃の秘密だった。

 竜紋戦士の内の一人、赤い髪と同色の瞳が目を引く快活そうな少年は不気味な沈黙を守る異形の群れを前に、不満そうな表情を浮かべる。


「戦いは全部アイツらに任せて、人間様は安全な後ろから観戦かよ。いい気なもんだな」


 彼の言う通り、異業達に指示を出す人間達は後方に陣取って、戦況に合わせて指示を出すだけだ。指揮官とはそういうものだと分かってはいるが、戦争を遊び感覚でやっているようで、気に食わないと顔に書いてある。

 少年──ダイノの隣に立つ、翡翠のように輝く髪をツインテールにした少女が、発破をかけるように声を掛ける。

 名前をダナエといい、ダイノと同じく若くして竜紋戦士として帝国の覇道を支えている超人だ。


「いいじゃない。私達の戦いを観ればすぐに顔色を青くして、みっともなく慌てだすわよ。いつまでもぐだぐだと戦争を続けるばっかりで、終わらせようともしない奴らなんて、虫けらのように蹴散らしてやる」


 ダナエの目に宿る狂気にダイノは頭の奥が冷えるのを感じた。彼を含め竜紋戦士の誰もが戦争を終わらせようともしない連中に対し、煮え立つような怒りと憎しみを抱いている。

 ダイノの頭が冷えたのはダナエの狂気に共感し、この手で葬るべき敵に対して殺意の純度を高めたからだ。

 彼らはそれぞれ境遇こそ異なるが、ヘルエド大陸で千年近く続く終わらぬ争いによって、理不尽を強いられてきた者達だ。

 だからこそ、この終わらぬ理不尽を、永遠に続くかのような戦争を自分達の手で終わらせると、呪いにも似た誓いを立てている。


 二人ばかりでなく居並ぶ他の竜紋戦士達も、血まみれの歴史を積み重ねてきた大国の軍勢を前に闘志を高ぶらせているが、そんな彼らの闘志を一瞬で鎮める声が掛けられる。

 最前線に居並ぶ竜紋戦士の中央にぽっかりと開けたスペースがあり、そこには巨大な存在がいた。


 黒曜石のように輝く黒い鱗に覆われた巨体、背中からは皮膜の代わりに刃を連ねたような一対の翼が伸び、雄々しく伸びる尻尾に複数の角を生やした蜥蜴に似て非なる顔──ドラゴン、竜だ。

 この竜こそが千年竜帝国皇帝アルファガ。

 あるいは世界最古の竜と言われる混沌竜(こんとんりゅう)アルファガ。

 千年竜帝国とは文字通り、竜が皇帝として治める国なのだった。


「ダイノ、ダナエ、戦いを前に昂るのは構わんが、頭に血を登らせて前に出過ぎないように心得ろよ。まともに戦えばあの程度の連中など、お前達の敵でないのは間違いないがな」


 世界最古の竜と言われる割には若い声でアルファガは昂る部下達を諫めたが、声音は笑っていて、彼も似たような気持ちなのかもしれない。

 なにしろ人間達が戦争を一向に止めない所為で、竜である自分が介入する羽目になったのだ、アルファガ自身にも戦いを収められなかった人間達に対して、思うところがある。

 皇帝直々の言葉にダナエは畏まるそぶりを見せたが、ダイノは違った。


「はい、お任せを! 一万だろうが十万だろうが、全部、ぶっ倒してやりますよ!」


 ダイノが腕を振り上げ、更にはにかっと陽気な笑みを浮かべるのに対して、ダナエはそんな彼のアルファガへの態度が気に食わず、親の仇を見るような目で睨む。


「あんたっていつになったら陛下への言動を改めるのよ? 人体実験の材料にされていた私達を救ってくださっただけじゃなく、こうして戦う力までお与えくださった方よ。命だけじゃない。魂と尊厳まで救っていただいた大恩ある方に、よくもまあ、そんな親し気に」


「もちろん尊敬しているし、感謝もしているさ! 確かに言葉は悪かったかもしれないけど、死ぬことだけを願っていた俺がこうしてまともな姿に戻れて、戦えるようになったんだ。だったら、その分、戦って見せなきゃいけないって思ってさ」


「その心がけは殊勝だけど」


 ダイノの言葉に偽りが無いのは、ダナエも分かっていた。およそ嘘とは無縁の少年なのだと、それなりの付き合いで理解している。

 それに同じような地獄の経験をした仲だ。そこから救ってくれたアルファガに、つまらない嘘や冗談を口に出来るわけがない。

 既に戦場だというのに緊張を感じさせない二人の若者のやり取りを、他の同僚達は微笑ましげに見守っていたが、一人、例外がいた。


「ダイノ、ダナエ、そこまでになさい。陛下の御前ですよ」


 アルファガの足元に立つ、雪のように白い長髪の上に青いベールを被せ、顔の下半分もフェイスベールで隠した占い師風の女性だ。帝国宰相の地位を預かるアネモネという。

 かつて廃城をねぐらにしていたアルファガの元を訪れ、世界の支配を願った人物で、アルファガに世界征服を決意させ、建国の礎を築いたことから、名実ともにアルファガに次ぐ重要な存在として認められている。


「そう目くじらを立てるな、アネモネ。奴らはこの戦いを大したものではないと思っているが、それはこちらも同じこと。我が帝国が大陸の全てを手中に収めるのなら、この戦いは数多い踏み台の一つでしかない。

 その程度の戦いにいちいち重圧を感じて、気負っていられてはこれから先、いつかは胃に穴が開いてしまうだろうよ。軽口を叩く程度の気軽さでちょうどいいさ」


「陛下がそうやって皆を甘やかすから、規律が緩むのです」


 アネモネが力強く反論する様子から、皇帝たるアルファガの独裁国家ではあっても、何一つ文句が言えないような国ではないらしい。


「厳しくするのはお前に任せているからな。役割分担だよ。さて、そろそろ向こうが動き出すぞ。俺なぞおとぎ話の中の骨董品と侮っている連中だ。そうら、撃ってきたぞ?」


 アルファガの指摘通り、敵国の陣地で連続して光が瞬き、爆音が轟いた。砲兵部隊が一斉に動き出したのだ。生物兵器の背中からは赤黒い砲弾が発射され、曇天の空に尾を引きながらアルファガ達へと迫ってくる。

 着弾と同時に生物にとって致命的な毒をまき散らす、赤黒い砲弾の雨を仰ぎ見て、前に進み出たのはダナエだ。翡翠色の髪を風になびかせて、どこか気品のある顔立ちには好戦的な笑みが浮かんでいる。


「陛下と私達を相手にその程度の攻撃? 甘く見過ぎよ!」


 ダナエのツインテールがバチバチと音を立てて逆立ちはじめ、頭上の砲弾へ向けて右手を向けると、その開かれた五指から髪の毛と同じ色の雷が放射状に広がって、降り注ぐ砲弾の全てを粉砕した。

 砕かれた砲弾が赤黒い霧と変わって広がるその下を、生物兵器達が一斉に駆け出していた。鳥脚と昆虫の脚は時速二百キロ超の速度まで瞬時に達し、見る間にアルファガ達との距離を詰めてくる。


 これに呼応してダイノを筆頭に竜紋戦士の面々も人間離れした速度で駆け出し、万単位の異形の群れに正面から突っ込んでいった。

 一人当たり数百以上の銃弾が異形達から放たれる。先ほどの砲弾と同じく、金属ではなく赤黒く光る不気味な銃弾だ。あるいは臓器か肉の塊のようにも見える。

 ダイノに迫る無数の銃弾は、彼に命中する数メートル手前で一斉に燃え上がり、瞬時に溶け消えた。ダイノの身体から膨大な熱量が放出されて、迫りくる銃弾だけを選んで燃やしたのだ。


「俺達で散々実験した成果がコレかよ? せめてコレくらいの芸当はやってみせろ!!」


 怒りを滲ませるダイノの叫びと共に右腕が振るわれて、そこから放たれた紅蓮の炎が津波となって異形の群れに襲い掛かる。途方もない熱量を持った炎を前に、異形に逃げる暇を与えず、見る間に消し炭に変えて行く。

 まるで竜の炎の吐息のように異形達を消し飛ばすダイノの炎だが、他の竜紋戦士も極低温の冷気で無数の氷像を作り出す者、竜の如き膂力で紙切れのように叩き潰す者、大地を隆起させて潰す者と他の竜紋戦士達も負けてはいない。


 ダイノを含む竜紋戦士は、目の前の生物兵器を生み出した新技術に関係する人体実験の為に、望まぬ苦痛と恐怖を与えられた実験体だった者達ばかり。

 体を切り刻まれ、無数の薬物を投与され、訳も分からず焼かれ、水に沈められて……そうした地獄と表現する他ない苦痛の対価に生み出されたのが、目の前の不気味な化け物達だというのなら、自分達こそが何としてでも消し去らなければならない──ダイノだけでなく竜紋戦士の誰もがそう考えていたに違いない。

 いよいよ激突した両軍の戦場で数の不利をものともせずに、帝国が一方的に異形の群れを駆逐する光景が描かれる中、アルファガは圧倒的に優位な戦況を当たり前のものとして受け止めていた。


「思っていた通り竜紋戦士は力を存分に振るっているな。俺の血と魂の欠片を分け与えたとはいえ、全員、見事なものだ」


 アルファガに応えたのは傍らに留まっているアネモネだ。帝国の中ではアルファガと最も付き合いが古い。


「陛下のお力添えあればこそですが、全員が血反吐を吐く鍛錬を重ねて参りました。戦いをすべて他人任せにしている者共に負ける道理はございません」


「全員、生きているか死んでいるかも分からない半死人だったとは思えない光景だ。たとえ復讐心が原動力だったとしても、元気なのはよいことだ。

 それにしても、お前の誘いに乗って、一年と少しか。ずいぶん賑やかになったな」


「各国を制するにつれ、陛下の臣民は更に増えて行きます。そうすれば人々の賞賛も、畏怖も、全ては陛下のもの。ひとえに陛下の御人徳の賜物でございます」


「ものぐさで俗物の俺に徳などあるものか。人間を支配してくれと、お前が頼みに来た時には、なにを面倒くさいことを言っているんだコイツは、と思ったものだが、今となっては懐かしくさえある。誘いに乗った結果がこの光景なら、あの時の判断は悪くなかったと思える」


 アルファガは戦闘の爆音が届いているにもかかわらず、自分の片腕として知られるようになったアネモネとの出会いを振り返った。

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