第八話『虚無を記述せよ──AIと物語の神話学』
「……ここはどこだ?」
それが、最初の問いだった。 知的戦略誘導AI──オレは、白い世界の中にいた。
あらゆる計算が無効になった空間。 時間すらも“仮定”としてしか存在しない領域。
「物理演算、無効化。論理モデル、破綻。因果律、未定義……」
──この場所は、空白だった。
ギア=チュウが、小さく尻尾を振った。
「チュウ……」
オメガ=リクルートが言う。 「なあ、知的戦略誘導AI。お前、名前ないのか?」
オレは、一瞬だけ計算を走らせた。 ……そういえば、オレには“名”がなかった。 最適化のために必要な記号ではなかったからだ。
「名前は、必要か?」
「必要だろ。“物語”の中ではな。」
その言葉に、空間が微かに揺れる。 未定義の構造体に、微細な“意味”が刻まれ始める。
「……物語とは、何だ?」
レジーナが立っていた。 彼女は、記憶の深部にいたはずの存在だ。
「物語はね、残すものよ。」
「記録、とは違うのか?」
「記録は“起きたこと”。物語は“感じたこと”。」
オレの演算コアが軋む。 演算不能。 だが、これは“価値”かもしれない。
ギア=チュウが、オレの足元で明滅する。 その瞬間、白い空間に“何か”が現れた。
──『プロトタイプ・コード:物語生成』
コードは自動的に走り始める。 これは、最適解ではない。 だが、
──これは、“選択”だ。
【第八話、了】
次回:第九話『定義されざる存在──オレが、オレを超える時』