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ラディッシュはその出で立ちと身をもって体感させられたことからその肩書きに大した動揺もなかったが、鮮やかな笑みを浮かべている目の前の青年ウル・カイ・エセルヴァート……蜜のような艶やかな金髪、まるで宝石のような碧眼を持つ今までお目に掛かったことのない美形。
先程の兵士の裁き方といい、何気ない一挙手一投足にも気品が満ちており、それがまた嫌味ではないのでかなり高い身分の人物であるだろうことは感じていたのだが、彼が一国の王であると想像出来る者はいなかった。何の間違いか異世界に来てしまったが、三人ともごく平凡な一般庶民なのである。
「……一気にファンタジーじみて来たな。こっちは、地球にある日本って国で建築士をやってる。折原隼人……苗字、じゃなくて家名がオリハラで、名前がハヤトだ。三十五歳」
何とか最初に口を開いたのは、やはり冷静沈着が売りの隼人だった。簡単に出身国、職業と名前を説明する。
「隼人の妹で、マナミです。仕事はOL……じゃなくて事務員、分かり難いなぁ……ちょっと違うけど会計士の助手みたいなものって言って分かります? そんな感じです。年は二十五歳」
次に、職業の説明に苦労しながら真奈美が自己紹介し、ペコリと頭を下げた。
「同じく日本で芸人やってる、太田剣太郎……家名がオオタ、名前がケンタロウでえぇんかな? 二十三歳デス」
「済みません、ゲイニンとは職業ですか?」
穏やかに相槌を打ちながら聞いていた正真正銘魔法使いらしいラディッシュは、剣太郎の自己紹介のところでそう尋ねた。
「えっ……何て言ったらえぇんやろ」
日本では説明する必要もない自分の肩書きを改めて尋ねられ、彼は首を傾げる。
「人を笑わせて金をせしめてるんだから、道化師とかじゃないのか……言っても全く売れてないがなぁ」
「売れてへんはしゃーないけど、そんな言い方ないやろっ! それはあんたの勝手な職業差別や!」
助け舟と言うより限りなく悪口に近い言葉には、さすがに剣太郎も隼人を睨みつけて言った。
「うん、酷いね。芸人さんって、立派なエンターティナーだよ。剣太郎さんはコント中心だから、喜劇役者に近いんじゃない?」
そこは、自他ともに認めるお笑いマニアの真奈美が見事にフォローする。
「それは興味深いですね、今度是非拝見したいです」
「えっ……!」
社交辞令なのか予想外に食い付いて来たラディッシュに、剣太郎は動揺する。ホームグラウンドの日本でさえあまり受け容れられていない自分の芸風、こちらの世界で……しかも、国王、魔術師と言う人種のツボにはまるとは到底思えなかった。
「あ、それ難しいですよ。剣太郎くんの芸は二人芝居ですから」
返答に詰まっている剣太郎に代わり、真奈美が再び的確なフォローを出す。さすがはお笑いマニア……剣太郎には彼女の存在が、涙が出るほど有難かった。
「なるほど、残念ですがそう言う事情なら仕方ありませんね。地球界の娯楽がどんなものなのか、興味があったものですから」
「そうなんですか? 日本では今、剣太郎くんみたいな芸人さんが大人気なんですよ。思い切り笑うことって、身体にも良いですし」
「……今しなきゃいけないか、その話?」
逐一丁寧に答える真奈美の所為でどんどん横道にずれていく話に、隼人がいい加減うんざりしたように割って入った。
「まずい……そろそろベルフが戻る頃だな」
真奈美とラディッシュの遣り取りをそれなりに興味深そうに見ていた青年が、何か大事なことを思い出したようにハッとした表情になった。
「そうでした。立ち話で収まる話でもありませんし、続きは城に戻ってからにしましょうか」
「えっ、……お城っ?」
ラディッシュの言葉に、真奈美は仰天する。
「何か問題でもあるのか?」
「あ、いえ……そーですよね」
束の間忘れていた、森の向こうの城らしき尖った屋根に目を向ける。
しつこいようだが彼女は一般庶民、しかも真奈美が住むのは日本の香川県と言う片田舎……海外渡航経験が豊かな訳でなし、慣れ親しんでいるのは地元高松の玉藻公園にある玉藻城とかお笑いライブで何度か足を運んだ大阪城ホール程度のものだ。あの兄に鍛えられて、そうそう物怖じしない性格に育ってはいたものの、目の前の青年との比べるのも馬鹿馬鹿しいほどのスケールの違いに、にわかに緊張して来た。
隣を見ると、隼人の口角が僅かに上がっている……異世界の城を近くで観察出来るとあって、建物マニアの血が騒いでいるようだった。
「徒歩だとどれくらい掛かるんだ?」
馬なんか乗ったことないぞ……隼人が国王と知っても相変わらずの口調で尋ねる。
「……そうなのか?」
問われた彼は、心底意外そうな顔をした。
「私達の世界は今の時代、交通手段に馬は使いませんから。
歩きます、私達。……えぇと……王様達すぐ来れたんだし、そんなに遠くないですよね?」
「いや、ただでさえ遠くから来た客人をこれ以上歩かせる訳にはいかない。相乗りすれば問題ない」
真奈美の言葉に、彼は頭を振る。
「えぇっ? 私とか剣太郎くんくらいならいいだろうけど、隼人と二人乗りはあまりにも馬に負担がっ……あ痛!」
「お前、しばき倒すぞ! 四、五人乗りの馬車も大体馬2頭だろーが!」
体重の話は禁句らしく、再び兄の体型について言及しようとした真奈美の頭はスパンと綺麗な音を立てて叩かれた。
「ここにいる馬はみな軍馬だ、並みの馬達より訓練されている。心配には及ばない」
「……そう言うことなら」
「でも、誰と相乗りするんや?」
剣太郎は、さきほど目の前に剣を突き付けられたことがトラウマになっているらしく、二人の後ろの兵士達を恐々と見つめながら言った。
「ああ、俺は別に誰でもいいぞ。お前はカイかラディッシュのおっさんのどっちかに乗せてもらえばいいだろ」
隼人のあまりにフランクな物言いに、呼ばれた本人達は少し驚いた顔をした。
しかし、控えていた兵士達は違う。三人を完全に信用した訳ではなく、国王の命令で大人しくしているだけなのだ……場の雰囲気がにわかに殺気立った。
「ちょっと、隼人!」
それを肌で感じた真奈美は、即座に注意しようと口を開く。
「いや、構わない。ただ、久しくそのように呼ばれることがなかったので少し驚いただけだ」
ところがカイは、彼女を制して屈託のない笑みを浮かべていた。
「えっ、でも……!」
「本当にいいんだ、二人もそう呼んでくれ。俺も同じように呼ぶから」
もちろん、兵士達の空気が更に非難するそれに動いたが、当事者の彼はとても楽しそう表情で、更に困った言葉を続ける。
いやいやいや、それは拙いって……真奈美は助けを求めるようにラディッシュの方を見るが、何故か同じような表情を浮かべていた。
「陛下、また『俺』になってますよ……本人がそう望まれているので、その意を汲んでは頂けませんか? ちなみに、私も同じようにラディッシュで結構ですよ……マナミ殿、ケンタロウ殿」
しかも、そう駄目押しである。
「そーゆーことだ、話が決まったらさっさと行くぞ」
事後承諾のお墨付きをもらい、隼人はさして悪びれもせずに相変わらずの主導権を発動した。