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not found  作者: 小田マキ
第一章 ~時空の綻び~
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 まだ完全に捨て切れていなかった『テーマパークの悪趣味な演出』と言う認識が、三人の頭から綺麗に消し飛ぶ……抜き身の剣と兵士の表情は、決して冗談事ではなかった。


「ちょっとっ、危ないじゃない! 警察呼ぶわよ!」


 最初に動いたのは真奈美だった。ものすごい剣幕で剣太郎と兵士の間に割って入る。


「こらっ! お前も勝手に動くな!」


 考えなしの行動を叱責しながら、隼人もまたそんな彼女の前に立つ。


『よせっ!』


 言葉は分からないものの互いに庇い合っている風に見える三人の様子を見ながら、リーダー格らしい青年がその兵士に叱責を飛ばした。


『相手は丸腰だ、剣を納めろ』


『ですがっ……!』


『いいから控えろ、判断するのは俺だ』


 兵士は彼の言葉に、完全に納得していない表情ながら、渋々と言った体で隼人達に突き付けていた剣を鞘に納める。


『俺にはそんなに危険人物とは思えないんだがな、ラディッシュ』


 青年は、隣の魔法使いのような出で立ちの男に呼び掛ける。


『陛下、「俺」はいけません……確かに、彼らは巻き込まれて混乱しているだけでしょう。今は何よりも、不安を取り除くことが先です』


 男も頷き、背中に差していた杖をその手に取ると、隼人達に向かって指揮者のように構える。


 今度は何だ、と身構える三人の目の前で、彼は軽く手首を振るった……直後、硬い空気の塊のようなものがドンっと体表にぶつかり、訳の分からない熱が真奈美達の身体の中に入って来る。


 チリチリした熱は血管を駆け巡るように全身に広がり、脳に到達した瞬間に一層の熱を放って四散する。


「どうも、初めまして……私の言葉が分かりますか?」


 杖の先端から放たれた目に見えない波動に襲われたような感覚に動揺を隠せない三人に向け、男が笑顔でそう語り掛けた。


「えっ、……日本語っ?」


 突如頭が意味のある言葉を結び、剣太郎が目を剥く。


「……まあ、一歩前進したと思うべきか」


 隼人はまださきほどの感覚が腑に落ちない様子だったが、それよりもまずは先に進むことにしたようだ。


「……いや、ちょっと待って」


 ただ、真奈美だけが硬い表情で二人の言葉を遮る。


「真奈美?」


「どうかされましたか、お嬢さん?」


「おかしい……吹き替えの映画見てるみたいです」


 春の日差しのように穏やかな笑みを浮かべる男に対し、真奈美は確信を持った口調で続ける。


「口の動きが言葉と全然合ってないんです……言葉は耳で聞いてなくて、頭に直接浮かんで来てるみたいな感じだし。


 貴方の言葉は元のままですよね。さっき、私達の『ここ』に、何かしたでしょう」


 己のこめかみの辺りを、トントンと人さし指で叩きながら。


「おやおや、これはどうも鋭い方だ。そうです、仰る通り……これは魔法、貴女方が来られた世界には馴染みのないものだと思いますが」


「魔法? それに、私達が来た世界……?」


 投げられた言葉に、真奈美はポカンとした。


「ここはエリアスルートと言う魔法の力が色濃く息衝く世界です。貴女方は、地球と言う世界から来られたのではありませんか?」


「ラディッシュ、それは確かなのか?」


 当事者の真奈美達ではなく、真っ先に口を開いたのは自称魔法使いの隣の青年だった。三人以上に驚いた表情を浮かべている。


「ここ最近現れていた異変からして、間違いないかと。こちらは時の塔、かつてユーシス様がこちらで何をなさったかはカイ様もご存じでしょう?」


「あの時と今では状況が違う……ここは何人たりとも踏み入ることのないよう、封印されていた筈だ」


「それでも彼らは目の前にいます。その不可思議な様相……あぁ、ご不快にならないで下さいね、着衣の話です……どう見ても冬物です。こちらの今の季節は、夏……異国の者と考えるより、時間軸のずれている地球界からやって来たと考える方が自然です」


 魔法使いは、青年に理路整然と説明した。


「おい……時間軸って、どの程度の話だ」


 二人の会話を聞いていた隼人が、話に割って入る。


「一定ではありません。地球界が数倍早く流れることもあれば、こちらでの数百年が地球界で一瞬であったりと、その時々で歪みが生じているのです」


「数百っ……ふざけんな!」


「隼人、この話信じるの?」


 作り掛けのビルどうしてくれんだ……と、仕事の期限を気にして頭を抱える勢いの彼に、真奈美は驚いたように言った。


「信じるしかないだろ、スプーン曲げるのとは訳が違うんだ……実証されたものは、素直に信じろ。立ち止まってても何にもならないぞ。


 それに、このおっさんの説明の方がお前のテーマパーク説よりも遥かに現実的だ」


「うぅーん……まあ、隼人がそう言うんなら信じるよ」


「えぇぇーーーっ? 嘘やろっ? 無理無理無理っ……そんなん絶対ありえへんって!」


 大した時間も置かず、ここが異世界であると受け入れようとしている二人に、剣太郎は激しく拒否反応を示した。


「往生際悪いなぁー……だったら、剣太郎くんの考え聞かせてよ」


「えっ……!」


「さっきからパニクって騒いでるだけじゃない……否定するなら披露してよ、私達が100%納得するような完璧なカ・セ・ツ!」


 眉間に皺を寄せて振り向いた真奈美の言葉に、剣太郎はぐっと返答に詰まる。


「剣太郎……俺はな、何の働きもしない癖に文句ばっかり言う奴が一番腹立つんだ。若輩者は先輩に従え、出来ないなら実力行使で従わせる」


 隼人も全く笑みを含まない表情で言った。


「この人本気だかんね、私も何度その拳に屈服して来たことか……」


「生意気言って、スンマセンでした!」


 駄目押しと言うように遠い目をした真奈美の言葉に、剣太郎は即座その場に綺麗な土下座を披露した。


「分かればいい、さっさと立て。俺が強要してるみたいで心証悪いだろ」


「それに、この状況って結構オイシイんじゃない? 異世界なんてネタの宝庫じゃない」


「……あぁー、何かめっちゃ複雑やけど、それはそーかも」


 隼人の言葉はかなり理不尽だったが、真奈美の言葉はあながち間違いでもないと思い直しながら、剣太郎はのろのろと立ち上がる。


「……さて、極めて民主的に意見が一致した。話を進めようか」


 待たせたな……隼人はラディッシュ達に呼び掛ける、その場の主導権はしっかり彼の手中にあった。


「……見習いたいぐらいの手腕だな」


 リーダー格の青年は、隼人のやや強引ながらも的確な手際の良さに感嘆したように呟いた。


「こっちの台詞だ、部下への教育が行き届いている」


 先程の兵士との遣り取りを、隼人は言葉が分からないなりに冷静に判断していた。彼に叱責された後、兵士達は隼人達の一挙手一投足をつぶさに監視していることには変わらないが、剣の柄からその手を外し、無用な言葉を発するようなことはもうなかった。


「状況はどうあれ、優れた指導者は信用に足る」


「有難う」


 態度はあくまで偉そうだったが、それがまた掛け値なしの賛辞と受け取れたようで青年は初めて笑みを浮かべた。


「……陛下っ? なりません!」


 馬上からヒラリと降り立ち、真奈美達の元へ歩いて行こうとする彼に、取り囲んでいた兵士達は慌てて自身も馬から降りて制止する。


「大事ない、信頼には信頼を返すのが筋だ」


「私もすぐお側に控えていますから、危険はありません」


 そのまま進もうとする青年に困惑する兵士達に、ラディッシュもそう諭すと、人の壁はおずおずと開いた。


「済まないな、彼らも私を守ることが仕事で悪意あってのことではないんだ……私は魔法大国ガルシュ国王ウル・カイ・エセルヴァート、こちらはラディッシュ」


「どうも、ラディッシュ・デラクロワと申します。ガルシュ国で国選魔術師をしております」


 三人の前に歩み出た二人は、そうお互いの身分を明かした。

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