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not found  作者: 小田マキ
プロローグ
2/7

忍び寄る変化

当方のほとんどの作品は共通の剣と魔法の世界エリアスルートを舞台としておりますが、今回のお話は全く別世代のお話ですので、前作を読まなくても十分成立しています。

 今年は比較的暖冬である……そんな巷での天気予報を嘲笑うように、その日は朝から壮絶な冷え込みが日本列島を襲った。


 白い吐息を弾ませながら、スーパーの買い物袋を提げた小柄な女性が帰り道を急ぐ。


 長い黒髪、前髪は真っ直ぐに切り揃えられて意志の強そうな眉を僅かに隠す。ただ、大きな瞳は綺麗に切れ上がっていて、その印象はあくまで凛としたものに変わりはなかった。輪郭は柔らかで顔の造りも幼い部類に入るのに、決してそうは見えない。ただ、大人びていると言う表現もどこかちぐはぐな、精神的成熟と言う雰囲気を感じさせた。





「……ぁっ」





 そんな彼女の引き結ばれた唇から、小さな声が漏れる。


 目の前を歩く、大柄な背広の後姿。


「おーい、隼人!」


 少し茶化すような呼び声とともに、駆け出す……まるで無機質な人形に命が宿った瞬間と言った鮮やかな変化。


「真奈美っ、兄貴を呼び捨てするな!」


 鋭い声を返しながら振り返ったのは、がっしりと言うよりもややふっくらと言う方が適切な輪郭を持った男だった。


「隼人は隼人じゃない」


「お兄様と呼べ」


「きもっ……」


 おえー、と吐くような素振りを見せ、彼女はカラカラと笑う。


「失礼な奴だな……ところで、何だその目」


 真奈美の瞳は深い紫、人形のように無機質な印象を与える色合いだった。


「カラコン、カラコン。前に会社の子に誘われて作りに行ったんだよね」


「お前、そんなのして会社行ったのかっ……?」


「いつもしてるのこの前落とたって言ったでしょ。新しいヤツが出来るまで仕方なくだよ、ちゃんと上司の許可もらってるし」


「……いい年して何だ、馬鹿っぽいぞ」


 暫くビー玉のようなその色を見ていた兄らしい男は、呆れたように言う。


「しょーがないでしょ、眼鏡は度が合わなくなっちゃったし」


「大体、そんなもん作るなら予備のコンタクトレンズ作っときゃ良かったろ」


「だってー……協調性って大事じゃない。要らないとか言える状況じゃなかったのよ」


 何か付け慣れてないから目が乾くわー……目の上をゴシゴシと擦りながら言う彼女に、兄は眉を顰めた。


「……お前なぁ。相手は友達なんだから、要らんもんは要らんでいいだろ」


「そーなんだけどねぇ……なんか、ね」


 長い睫毛が心持ち伏せられた。


「まあいい、以後気を付けるように……ところで、今日の晩飯は?」


 降下し掛けた空気を読んだか、彼は白い吐息を吐き出し、それとなく話題を変える。


「よくぞ聞いてくれました! 今日はねー、小田巻き蒸しにしようと思ってるの」


 おうどんも買って来たんだよ! ……と、スーパーの買い物袋を持ち上げて見せた真奈美の表情からさきほどの陰は綺麗さっぱりなくなっていた。


「腹減った、さっさと帰るぞ」


「うん」


 硬い土を革靴でザクザクと踏みしめるように歩調を速める兄に、真奈美は笑みを浮かべて続いた。





 適度に込み合うファミリーレストランの片隅のテーブルに、年若い男二人が向かい合って座っていた。綺麗に空になっている二人分の皿は脇に重ねられ、灰皿には吸殻が雑多に盛り上がっており、かなりの時間をそこで過ごしていることが窺える。


 二人の間に広げられた大学ノートには、長蛇の文章だったり、箇条書き、二重丸を付けられた『乙女+ナース服=五時過ぎのおっさん』と言う意味不明な方程式……そんな当事者以外には全くもって謎に包まれた文字の羅列がある。


「……オチがどーも弱いんよなぁ、何かえぇの思いつかへん?」


 そのノートを睨み付けながら、一方の男が唸るような声を上げる。鳥の巣のようなボリュームのある金髪に、豹柄のジャケットと言った派手な身なりの彼は、手に持ったボールペンで意味のない曲線をページの真ん中に何重にも重ねている、完全に煮詰まっているようだ。


「ない」


「ちょっとくらい考えてから言えやっ、シュージ!」


 目の前の対照的に地味な装いの黒縁眼鏡の男の即答に、金髪豹柄男は苛立ったように椅子から立ち上がって怒鳴り声を上げた……ただ、即座に自分達がいる場所を思い出して「スンマセン」と周囲に小さく頭を下げて着席する。


「夕暮れ時におっさんが道歩いてたら、目の前にナース服着た兄貴が現れる! ……そんでっ」


「剣太郎……俺、芸人やめよぉ思てんねん」


 荒唐無稽な物語を紡ぐ口を、シュージと呼ばれた黒縁眼鏡の男の静かな言葉が縫い付けた。


「……今、何て?」


「芸人やめる。実家帰って、親父の跡継ぐ」


 淡々と言葉を続ける、眼鏡の奥の双眸は全く笑っていない。


「嘘やろっ……あんな嫌がってたやん! 朝から晩までアンコ塗れで饅頭作ってられっかってっ……」


 再び席を立った剣太郎と言うらしい派手な男は、もう場所柄も関係なく叫んでいた。


「親父、倒れてん。俺のせぇで、年なのに朝から晩までアンコ塗れで饅頭作ってたから」


 そんな……是が非でも引き止められない完璧な理由に、剣太郎は二の句が継げない。


「ホンマ済まん、剣太郎誘ったん俺やのに……でも、もう五年や……潮時やったんや」


 最後にもう一度謝罪の言葉を口にすると、シュージは財布の中から千円札を三枚取り出してテーブルの上に置き、その場を立ち去った。





「……初めて金出したんがこんな時って、ありえんしっ……」





 泣き出しそうな顔をノートに押し付けると、今はそこにいない相手への最後のツッコミを口にした。

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