7 モブに目覚めてしまった。⑤
漫画ではわたしが惺王さんの逆鱗に触れたことで、雪華院家ごと没落させられてしまいます。それが婚約発表パーティーでの出来事ですので、中等部を卒業した直後のことです。『民草少女の成り上がり!』はそれから高等部編、大学編と続くので没落後のわたしの様子もちょくちょく描写がありました。
雪華院英玲奈は長谷川日和から差し伸べられた手を跳ね除けるのです。
そこも漫画の名シーンの一つですね。
わたしは最後まで悪役でした。
英蘭学園の初等部では、定期テストの結果が廊下に張り出される形で発表されます。ハイテクな機能を使おうと思えばいくらでも使えるはずですが、テストの結果発表はなんとも旧時代的な方法でした。
放課後、わたしは高見沢さんと一緒に結果を確認するために廊下に出ます。
廊下に大勢が集まって、定期テストの結果を眺めていました。
わたしも群衆に混じって、張り出された紙を目線でなぞります。
「あ、一位ですね」
「英玲奈様、流石ですわ」
「大森さんは二位ですわね……これ、点数は公表されないのかしら?」
「たしかに、点数があった方が楽しいですわね」
「楽しい?」
間違えるような難しい問題もなかったので、満点はとれているとは思うのですが、疑問に感じたのはそこではなく、わたしと大森さんの点数の差です。大森さんが間違えるような問題があったとは思えないのですが、ケアレスミスだったのでしょうか。
「英玲奈さん。ちょっといい?」
発表された結果についてあれこれ考えていると、ちょうどよく大森さんが話しかけてきてくれました。
「あ、大森さん。ごきげんよう」
「はいはい、ごきげんよう。そんなことより……やった?」
「やった……とは?」
「だから、不正したのかって聞いてるの」
わたしはとりあえず大きな声を出そうとした高見沢さんの口を押えました。
「モゴモゴ!」
「こちらから結果に関与したことはありません」
「そう……。そういうことをするような子でもないものね」
大森さんは首を傾げます。
「もしかして、大森さんも満点でした?」
「ええ。国語、算数、社会、英語、理科で500点。英玲奈さんも500点だとしても、わたしが2位なのは不正を疑わざるを得ないわ」
「学園側のミスでしょうか?」
「もしくは恣意的な何かがあるかね」
恣意的な何か……。
大森さんは学園側に忖度を働く人がいるという話をしているのだとは思うのですが、わたしの中の嫌な予感は神様の存在を示唆してしまいます。目立たないと誓ったのに、満点を採ったのがいけなかったのでしょうか。
でも、テストでわざと手を抜くのはそれはそれで道を踏み外しているような気がしてしまいます。
「……悪いようにはしないから、ちょっとだけ我慢してくれる?」
「どういう……」
「あれ! わたしも500点で! 英玲奈さんも500点なのに! どうして! 1位と2位なんでしょうか!!!」
大森さんは大きな声を出しました。
試験の結果を見るために集まった生徒たちの注目がこちらに向きます。生徒の多くは何が起こっているのか分からずに、急な大声に困惑するだけです。
しかし聡い生徒の「不正?」や「ズルしたの?」などの声で、多くの生徒が状況を理解します。
同じ500点なのに。
庶民の大森さんが2位で、わたしが1位。
これは、客観的に見てとても怪しい。
懐疑的な目がわたしに向けられます。
ああ、これは完全に目立ってしまいました。
悪目立ちです。どうしてこうなってしまうのでしょう。
わたしは呆然とするしかありません。
「何があった?」
不穏な雰囲気のなかで惺王さんが登場します。
ご丁寧に、隣には長谷川さんもいらっしゃいます。
いやだ! いやだ! いやだ!
漫画のようになりたくはありません……。
「わたしと英玲奈さんは同じ500点なのに、わたしが2位で、英玲奈さんが1位だったのです。これっておかしいとは思いませんか?」
大森さんは惺王さんに状況を説明します。
「雪華院、何か分かるか?」
「……分かりません」
「そうか。日和はどう思う?」
惺王さんはわたしにも事情聴取をしたあとに、日和さんに意見を求めます。相変わらず天秤のような方です。
高見沢さんは不安そうにわたしを見つめ、手を握ってくれます。
わたしには自分の無罪を証明する方法が思いつきません。
この世界では、ここで一度目の断罪があるのでしょうか。
覚悟をするように高見沢さんの手を握り返します。
「テストの点数で順位をつけると説明があったわけではないですからね」
長谷川さんは言いました。
わたしは長谷川さんの顔を見ます。
普通のことを言いましたと、そんな表情をしていました。
「ふむ。内申点が順位に作用していることもあるだろう。そう考えると雪華院は新入生代表の挨拶をしているわけだから、その加点はあるだろうな。どうだ、納得はできたか?」
断罪されると覚悟していたわたしは惺王さんの言葉に拍子抜けしました。
「……はい」
大森さんは小さく頷きます。
わたしは大森さんを見ます。項垂れるついでに、わたしにしか見えないような角度でウインクをしていました。悪いようにはしないというのは、この状況のことを言っていたのでしょう。しかし、これでは大森さんが、悪い人だと周囲から思われないか不安です。
そう思っていると長谷川さんが口を開きます。
「順位の付け方が明確ではないと生徒側からの不安が出ることを学園側に伝えるべきだと思いますよ」
「ふむ。そうだな。オレと雪華院の連名で学園側に意見を提出しよう。この2家の言葉なら無視できるはずがない。いいな?」
「え、あ、はい。もちろんですわ。学園をよりよくするのもリリー・オブ・ザ・バレーの役割ですから。おほほ……」
あまり上手に笑えませんでした……。
惺王さんのおかげで、一連の騒ぎは収束します。
どうして大森さんが騒ぎを大きくしたのかは分かりません。
わたしが断罪されなかった理由も……。
ちなみに惺王さんの順位は17位。
長谷川さんの順位は9位でした。
試験の結果を確認し終えると、各々教室に戻ります。
長谷川さんも教室に戻ろうとしていました。
「長谷川さん!」
「……?」
わたしは長谷川さんを呼び止めます。
「あ、あの! ハンカチはいつお返ししたらよろしくて?」
「……そうですね」
長谷川さんは少しだけ考える様子を見せます。
「高等部に進学するときでどうでしょう」
長谷川さんはニコッと上手に笑いました。