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6 モブに目覚めてしまった。④


「お嬢様、お帰りなさいませ」


 学園の駐車場で高橋さんが出迎えてくれました。

 わたしはカバンを高橋さんに預けて、車に乗り込みます。


 車での送り迎えは、誘拐などの犯罪行為に対する防犯と、お稽古道具を乗せてそのまま習い事に向かうための実用性を兼ね備えています。

 わたしとしては運動不足解消と、友達付き合いのために歩いて登下校をしたいのですが、認めて貰えるわけがありません。


 放課後は習い事でびっしりと埋まっております。

 前世の記憶では、小学生の放課後というのはランドセルを一度置くためにお家に帰り、公園やお友達のお家で遊ぶというものでしたが、英蘭学園に通うような小学生のほとんどが、放課後は習い事で忙しくしています。

 家庭用のゲーム機や、流行りの玩具で遊んだことがない子が多数派なのです。


 今日のお稽古はお習字とピアノです。







「ただいま帰りましたー」


 わたしは気の抜けた返事をして、お屋敷に帰ります。

 お習字もピアノも楽しいので良いのですが、習い事の掛け持ちはとてもしんどいです。

 音楽大学を卒業し、ヨーロッパで武者修行をした先生からピアノの稽古をつけてもらっています。この年齢では、音感とリズム感を養うこと、それから楽譜の読み方を覚えるのが目標です。


 実は前世でピアノを習っていたので、ここも少しだけズルができています。

 デキの良い生徒としてやれているはずですが、しかしどこか決定的な才能にかけているのか、先生から天才だと言われたことはありません。


 その道で一生懸命に学んだ人には、わたしに前世の記憶があることを知らなくても、ズルしていることなんてお見通しなのでしょう。


 前世でお習字を習ったことはないので、こちらはわたしが一から学ばないといけません。

 やはり、その姿勢や態度を感じ取ることができるのか、お習字の先生はとても褒めてくれます。


 わたしにとって重要なのは、ピアノのプロになることでも、お習字の達人になることでもなく、知識として教養を身に着けることですから、一生懸命に頑張る必要はありません。

 そもそも、掛け持ちをしていること自体が、一生懸命という言葉からは反するわけですから、気楽に習い事に通っています。



 制服を着替えてリビングに行くと、ちょうどお姉様が帰宅したところでした。


「お姉さま、お帰りなさい!」


「おー。英玲奈ー。よちよち、ただいまー」


 お姉様からよちよちされます。

 

「お姉様は、部活動で?」


「ええ、そうよ」


 姉の雪華院 春音は、英蘭学園の中等部の2年生です。現在は13歳ですので、わたしの7歳年上ということになります。お姉様は料理部に所属していて、週に何度か活動しています。

 中等部に進学すると放課後は部活動が始まります。

 なので忙しい習い事は、初等部の間の辛抱なのです。


「ちょっとお話いいですか?」


「いいわよ。でも、夕食のあとは家庭教師が来るから、夕食までのあいだね」


「はい!」


 わたしとお姉様はソファーに隣に並んで座ります。


「お聞きしたいことがあります」


「なあに?」


「ミニ・リリーのサロンで、プライベートルームを頂いたのですが、お姉様も401号室でしたか?」


「いや、わたしは312号室だったよ」


「……そうですか」


 わたしは漫画家セットの秘密に関する手がかりを失ってしまいました。


「401号室がどうしたの?」


「前の使用者の忘れ物が置いてあったのです」


「ああ、それは、ミニ・リリーの伝統だね。次の使用者に託したいものをプライベートルームに残しておくの。机のなかにあったでしょ?」


「あ、はい。それと本棚にも」


「そうよね。お部屋のなかはお掃除するんだけど、机のなかや本棚はいじらないから。次の使用者に託せるのよ」


「……どうしてそんな」


「お家によっては将来が決められていて、夢を諦めないといけないことがあるからね」


 そういうお姉様は少しだけ大人びて見えました。


 



 夕食を頂いた後、お姉様の家庭教師が到着しました。

 お姉様は自室に入ってお勉強を始めてしまったので、わたしは両親とリビングで過ごしました。

 習い事は大変だけど、上手にできていることを話すと、お父様もお母様も褒めてくれます。


「学校は慣れたかい?」


「なかなか慣れません。馴染めてはいると思います」


「友人はできたのかな?」


「はい。高見沢家のご令嬢と、それから庶民の出自ではありますがとても成績が優秀な方と仲良くしていますわ」



「英玲奈さん、わたしはリリーの様子が気になるわ」


「サロンにあまり足を運べていなくて、リリーの内情はあまり分からないのです。初等部のうちではミニ・リリーにしか参加できませんので、リリーの話はお姉様に聞くのが一番ですよ」


「それもそうね」


 お母様は北海道の出身で、英蘭学園には通っていません。

 良家の令嬢としては、リリー・オブ・ザ・バレーに参加することが一種のステータスなのです。

 自分がリリーに参加していなかったことがお母様のコンプレックスになっているようにも見てとれます。


「ふむ。リリーといえば、惺王家のご子息も参加しているだろう?」


「えっと……」


 お父様は探るような目でわたしを見ます。

 まさか、娘相手に駆け引きを仕掛けてくるとは……。


「惺王さんとは、あまりお話したことはありません」


 お父様の目が細くなるのが分かります。

 漫画の結末、未来の展望を知っているわたしからすると、惺王さんに近づきすぎるのは危険だと思うのです。

 

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