5 モブに目覚めてしまった。③
英蘭学園の最大の特徴が『リリー・オブ・ザ・バレー』という組織です。
通称『鈴蘭の会』と呼ばれているその組織は、初等部から英蘭学園に在学している内部生のなかでも、家柄、財力、将来性などの厳格な条件を突破し、学園内部での特権階級を得た英蘭生たちの集団です。
中等部、高等部の生徒で構成されていて、学園からも様々な権力や待遇を与えられています。
漫画でも生徒会とリリー・オブ・ザ・バレーの権力対立がお話の中心になることがありました。
惺王さんが、リリー・オブ・ザ・バレーの頂点である『グレート・オレンジ』になると同時に、生徒会長にも就任するという、激アツの名シーンもあります。
初等部にはミニ・リリーがあります。
そこに所属する子たちが中等部に進学して、そのままリリー・オブ・ザ・バレーのメンバーになるのです。
初等部から英蘭で教育を受けた、純血の英蘭生のみで構成されているため、外部からの受験でやってきた人は、どれだけ家柄、財力、将来性があったとしてもメンバーになることはできません。
選ばれた生徒にしか入ることが許さないので、全ての英蘭生にとっての憧れの組織でした。
わたしとしては、こういう選民的な組織は嫌いなんですけどね。
とはいえわたしはもちろんミニ・リリーのメンバーです。
漫画では、リリー・オブ・ザ・バレーの権力を使ってやりたい放題やっていました。
漫画のわたしは、もはや学園や先生よりも強い権力を有してしまっていました。
あまり、よくないことですよね……。
さて、鈴蘭の会には学園の敷地内に専用のサロンが用意されています。
一流ホテルのエントランスのような見た目の空間に、サロン専属のコンシェルジュがついています。
ミニ・リリーのサロンは初等部内にあります。
先生からは一度顔を出すように申し付けられています。
しかし、サロンに行くのはあまり気が進みません。
お友達の大森さんは庶民の出自ですのでもちろん、実家がお金持ちの美咲さんですら鈴蘭の会には入ることが許されていません。
なのでサロンにはわたし一人で出向かないといけません。
そして、サロンには惺王さんがいらっしゃいます。
わたしと惺王さんが関わってしまえば、物語が走り出してしまうような気がして、できれば会いたくないのです。
「雪華院英玲奈様ですね」
サロンの入口で受付の方に話しかけます。
「次回からは受付をせずにお通り頂いてかまいません」
「かしこまりました」
「こちらがリリー・オブ・ザ・バレーに所属している証となるバッチでございます。制服の胸の辺りにお付けください。紛失のさいは受付にお声がけください」
わたしは受付の方からバッチを受け取ります。
「それから、こちらがサロン401号室の鍵でございます。雪華院家の方の多額の寄付により学園の施設は運営できております。その謝礼としてサロン内に自由にお使いいただけるプライベートルームを用意しております」
「……」
わたしは鍵を受け取りました。
「では、ごゆるりと」
受付を済ませてサロンに入室します。
自動ドアが開いたことで、サロン内の注目が入口にいるわたしに集まります。
ミニ・リリーのサロンにいるのは、みなさん初等部の生徒です。
なかには5年生や6年生の生徒もいますが、しかし、1年生の惺王さんがサロンの特等席に座っています。
わたしはなるべく目立たないようにしながら、こそこそとサロンの中を歩き、サロンから繋がっている廊下に出ます。
廊下にはずらりと部屋が並んでいるのでそのなかから401号室を探します。
探すと言っても、部屋は数字の順番に並んでいるので見つけるのは簡単でした。
「ここですわね」
鍵を開けて部屋に入ります。
部屋は高級ホテルのスイートルームのような見た目をしていました。
室内にはソファーや机が備え付けられています。
わたしの前には誰が使っていたのでしょうか。
そもそも、どのようにして使う部屋なのでしょうか。
クラブ活動の部室として使おうとしても、リリーの方々以外は入室ができません。うーん。使用方法に見当が付きませんね。
こんな部屋、漫画では描写がありませんでした。
わたしは部屋のなかの備品を確認します。
本棚にはすでに複数の本が置かれていました。
前の使用者が置きっぱなしにしているのでしょう。
本を手に取り内容を確認すると、どうやら同人漫画のようで、少々過激なシーンが描写されていました。
わたしは慌てて、本を閉じます。
こんな本がわたしのプライベートルームから見つかったら勘違いされてしまいます。
本来の持ち主には悪いのですが、内密に処分しなければいけません。
机の引き出しを開けます。
引き出しの中には、様々な文房具? のようなものが収納されていました。そのなかに手紙のようなものを見つけます。文房具を丁寧に避けて、手紙を取り出します。
手紙の内容には『漫画家になるぞ!』と書かれていました。
わたしは手紙を丁寧に片付けて、引き出しに仕舞います。
「漫画家か……」
わたしにとっては二つの意味で神様のような存在です。
前世のわたしは漫画家を目指していました。
その夢がどうなったのか、そこは記憶にありません。
きっと夢半ばで死んでしまったのだと思います。
バットエンドを迎えて、お家が没落したら、漫画家を目指すのもいいかもしれない。そんなことを思いながら、わたしは401号室から出ました。