12 夏休み様のお目覚めだ!④
智彦さんはお姉様をダンスに誘いました。
お姉様はわたしがいるからと一度断りましたが、わたしが一人でもだいじょうぶだと伝えると、せっかくだからと席から立ちました。
ということで、わたしはお庭のテラス席から、お姉様と智彦さんのダンスを眺めてします。
ダンスの良し悪しなど分かりませんが、お二人とも楽しそうではありました。
中学生くらいの年齢ですと、ダンスを踊る男女を腐すような風潮があるらしいのですが、ここではそんなこともなさそうです。
「おい」
わたしは知っている声が聞こえて、振り返ります。
そこにいたのは、惺王海斗でした。
「ぎゃー!」
驚きのけぞって、椅子から落ちそうになります。
「なんだその反応は……」
「……こほん。取り乱しました」
人の顔を見て驚くというのは失礼でしたね。
それにしても、どうしてここに惺王さんがいるのでしょうか。
エーゲ海クルーズがどうとか、そういう話を聞いていたのに。
「エーゲ海クルーズはどうなさったのですか?」
「どうして知ってる?」
「……風の噂に聞きました」
「……クルーズは4泊5日だ。いつまでも海の上にいるわけじゃない」
「たしかに」
納得です。
「そんなことより、お前ピアノやってたよな」
「あ、はい。……どうして知っていますの?」
「……風の噂だ」
「……お互いに噂されることが多い人生ですものね」
「……ああ」
変な雰囲気になってしまいます。
「話が進まない……」
「あ、ごめんなさい」
「お前、ピアノの腕前は聞いたら分かるか?」
「人の腕前を評価できるレベルではありませんね」
「……そうか」
「どうされたのですか?」
「あれを見ろ」
惺王さんが指で示した方向を見ると、ピアノの弾いている女の子に、男の子が話しかけていました。
女の子の方はどこかで見たことがあります。
「あの方は?」
「女の方は工藤万里花。オレの幼馴染だ」
「ああ、万里花様」
「知っているのか?」
「はい。風の噂で」
「……風が吹きすぎているな」
惺王さんの幼馴染の万里加様。
わたしたちの4つ年上の小学5年生。
漫画でもよく登場していました。
漫画での惺王さんは、最初から長谷川さんのことが好きだったというわけではなく、小学生編の後半くらいまでは万里花様のことが好き好き人間でした。
4つ年上の万里花様は惺王さんを弟のように扱っていたので、その恋は結局実らず仕舞い。
惺王さんが長谷川さんへの恋心に気づいたキッカケに、万里花様への失恋が関わってくるのですが、ちょっとここら辺の記憶は曖昧です。
大森さんに、野田好能は『民草少女の成り上がり!』のニワカだと指摘されてから、なんだか前世の記憶に対して信頼できなくなってきています。
まあ、それはさておき。
「男性の方は?」
「知らん」
「あ、そうなんですね」
初恋の万里花様が知らない男に話かけられている。
大ピンチ! といった感じでしょうか。
なるほど。なるほど。そういうことですか。
こりゃあ嫉妬でございますね。むふふ。
「それでピアノの腕前がどうしたんですか?」
「あの男のピアノの腕前を見てもらいたっかんだが。いや、まあ、そこはどうでも良い」
「はあ」
「お前、万里花と仲良くなって情報を聞き出すことはできるか?」
「……流石に難しいですよ」
「ピアノをキッカケに無理か?」
「そんな作られた友好関係なんてすぐに破綻してしまいますよ。せっかく万里花様と仲良くなるなら、もっと自然に仲良くなりたいです。情報を聞き出すためとか、絶対に嫌」
「……それもそうか」
ポロンとピアノの音が聞こえてきます。
わたしと惺王さんは会話を止めて、ピアノの方を見ます。
なんとそこには連弾をしている万里花様と男性の姿が。
ま、まずい。
「……ふう」
惺王さんは大きく息を吐きました。
「……オレもピアノを始めよう」
「え?」
「なんだ?」
「……あの方と万里花様はピアノをキッカケに仲良くなったようですが、そもそも万里花様との会話のキッカケを持っている惺王さんが、ピアノを始める意味はないと思いますよ」
「一理ある。だが、これ以上仲良くなるにはどうしたらいい?」
「……関係性を進めるということですか?」
「……ああ」
幼馴染以上の関係ということは、恋仲ということでしょうか。
しかし小学校一年生が、小学校四年生と恋仲なんて、無理だと思います。
「お互いの成長を待つしかないのでは?」
「それだと、万里花の方が先に大人になるだろ……」
「むー。難しいですわね。他に相談できる方はいらっしゃらないの?」
「……無理だな」
「西条義孝さんとかは?」
「あいつにそういう恋愛とかは無理だ。……というか、なんでオレと義孝の関係性をお前が知っているんだ?」
「……風の噂で」
「……」
万里花様はピアノ席から立ち上がります。
「じゃあ、オレは行く」
「あ、はい。頑張ってください」
「……ああ」
惺王さんとの会話は微妙な感じで終わりました。
物語が走り出す雰囲気も、なかったように思います。