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俺は無駄だと思いつつも、部屋に無言で入ってきた女にお決まりの言葉を口にする。
「ノックぐらいしろ」
「必要ないわ」
即答である。俺が同じ事をすると鬼の様に怒るのに。解せぬ。
「あ、お母さん!」
「あなたを生んだ記憶は無いわ」
「お父さ~ん。お母さんがまた虐めるよう(泣)」
まあ、確かに人造母体を使ったのでそうなのだが・・・。受胎した事が解った時は泣いて喜んでたのにな。
まあ、これが俺達家族の標準コミュニケーション。挨拶の様なものだ。
ただ、残念な事に他の世界と違ってこの世界では家族と一緒に暮らす事は殆ど無い。すぐに仕事を与えられ別々に暮らす。それがこの世界の常識なのだ。
この女の名は九条美月。この世界に十二人しかいない最高事象予測者。俺の遺伝子上実の妹だ。
見た目は長い黒髪で黒目、整った顔つき、色白で身長は百五十後半で明よりも少し高いくらいだ。
スリムで均整のとれた体をしている。非常に美人だ。もちろん明ともよく似ている。
歳は俺と半年しか変わらない。
人造母体がある為、妊娠・出産の過程が無くすぐに次の子供を作れるのだ。
そしてこの世界では近親による交配の遺伝子障害を完全に克服している。
優秀な子孫を残す為だ。遺伝子がより近い方が非常に確実なのだ。
この世界では近親での交配の方が遠縁の交配よりも多いくらいだ。
それも事象予測者によって推進される。
「瑠奈、元気にしてた?困った事は無い?兄さんが悪い事したらいつでも言ってね。お仕置きするから」
瑠奈と美月は本当に仲がいい。
瑠奈も会えて嬉しいのか髪飾りのモードを赤くしている。
「それで?ここに来た理由は?まさかただ会いに来た訳じゃ無いよな?」
「兄さん。そこは逢たかったじゃないの?。こんな可愛い妹が逢いに来たのよ?」
「その年で可愛いとかぬかすなっ、て、それをどうするつもりだ!。悪かった」
美月はおもむろに机の花瓶を持ち上げたが、すぐに謝ったので元に戻してくれた。命拾いした。
「で、お母さん。何しにきたの?」
「この間のサーペントタイガーの件よ」
それから美月はサーペントタイガーについて語り出した。
俺もこいつにサーペントタイガーを始末した時、調査用に毛皮と牙を送り付けたのだ。まあ、百体以上いたのですごい量だっただろう。
何でもその牙からアトミックバッテリーの素材が検出されたらしい。
サーペントタイガーは保護指定獣になるそうだ。おかげで毛皮の方も入手困難にになり、すごく価値が上がる様だ。
サーペントタイガーの住む世界は無人だったはずだ。
近々、検索者を編成して大規模な調査が行われるらしい。
ただ、検索者だけでは非常に危険なので軍に要請する前に俺に話たかったみたいだ。
「それで?、誰があの世界にサーペントタイガーを送り込んだんだ?」
「私はそれに答える権限をもっていません」
美月は淡々とそう答えた。
「そうか・・・。事象予測者も大変だな」
事象観測者はかなり発言を制限されている。
まあ、ペラペラ未来の観測結果をしゃべられたら世の中は混乱する。
非常にその辺はシビアなのだ。そしてこの世界の利益を最も優先させる為、道徳的な判断を一方的に行なえないのだ。つまりその言葉から犯人はこの世界に利益をもたらしているのだろう。
「解った。この件は終わりにしよう。で?話は終わりか?」
「サーペントタイガーの牙の件は私でも観測できなかった。ありがとう。あそこに兄さんを送れば良い事が起こる事ぐらいしか解らなかった。未知は観測出来ないもの。兄さんにはこれからも未知を見つけて欲しいの。だから・・・」
「解ってる。お前の指示は素直に受けるよ」
「うん、これからもよろしくね。それと・・・・」
美月はちらっと瑠奈の方に目を向けてすぐに俺の方に視線を戻した。
「何だ?」
「これはいい。次にする」
「え~?。そう言われると気になるじゃない」
明が横から口を挟む。
「あなたには関係の無い事よ。また来るわ。瑠奈も元気にね」
美月は瑠奈の頭を撫でると、そのまま帰ってしまった。
「お母さんも相変わらずね」
「あいつも立場上すごく大変なんだ。解ってやれ。まあ、口ではああ言っているがお前が心配なんだ。お前、口が軽いから自分のそばに居ると危険だと思ってるんだ」
「それくらい解ってる。伊達に十九年お母さんの子供やってない」
「さて、お前も持ち場に戻れ。後で連絡する」
「は~い」
そう言って明も戻っていった。
俺は溜まった事務仕事にとりかかった。
二人に時間を取られたので今日は遅くなりそうだ。