Addiction to kisses
春休みが終わり、新学期が始まって早くも1ヶ月。私はどことなく退屈さを覚えていた。
いや、蓮は毎日沢山甘やかしてくれるし、なんだか最近私がおねだりする前に、いい感じのタイミングで頭を撫でてくれるし。最高に充実した生活を送ってはいるのだ。本当に最近自分でも遠慮しなさすぎかな、と思うくらい全力で甘えている。
しかしだ、私たちは恋人である以前に親しき友人でもあったのだ。友達に必要なものはなにか。そう、イタズラである(諸説あり)。
最近蓮に全然イタズラできていないのだ。恋人になるまでは、これでもかというほどイタズラを仕掛けていた。こっそり布団の中にオモチャの虫を大量に入れておいたり。腕にマッキーで落書きしてみたり。
そんなしょうもないイタズラばかりだったが、私はしょうもないことが大好きなのである。故に最近は欲求不満になっていた。
ということで今日、いつもよりもずっと早い時間に蓮の家を訪ねていた。
ちなみに最近は一緒に登校するにあたって、毎日交代で迎えにいくというよくわからない状況になっている。付き合い始めてから、蓮が自分から迎えに行きたいと言い出すようになったのだ。朝家に突撃するのがある種の楽しみになっていた私は勿論断固拒否した。
しかし結局蓮も譲らず、妥協案として今の交代制になったのである。
早朝で薄暗い中歩いていると、すぐに蓮の家に着いた。もうお義父さんが家を出るタイミングは把握していたので、例の如く入れ替わりで中に入れてもらう。
いつもの如くお義母さんに手を合わせてからスニーキング。こうして忍び足で階段を上がるのも久しぶりだな、と妙な感慨深さを感じた。
そーっとドアを開けると、油断し切った蓮がだらしない姿でまだ寝ていた。昨日も夜に通話したので彼が遅くまで起きていたのは把握済みだ。
今更ながら、遅くまで起きていた人をイタズラで起こしてしまっていいのか、ギリギリまで寝させてあげるべきなのではないか。そんな葛藤が生まれる。でもここまで来て引くのも嫌だなと思い返し、一旦頭の隅に追いやった。
ふむ………何をしようか。
勢いに任せてこんな時間に来てしまったはいいものの、実のところ何も考えていなかった。なんとなく昔買ったおもちゃのゴキブリは持ってきたが。流石にちょっとイタズラがしょぼすぎる。
朝チュンドッキリ…………朝起きたら幼馴染が全裸で横にいた件。
そんなシチュエーションが一瞬脳裏に浮かぶも、すぐに頭を振って払いのける。流石に過激すぎるし、それじゃ私がただの痴女になってしまう。
それに、なんだかそのまま本当にナニカが始まってしまいそうだ。
頭を捻るも特に何も思いつかなかった私は、適当にペンを取り出してお腹に淫紋を描いた。流石に可哀想なので水性ペンだ。
なかなか蓮が起きないので赤ペンも使ってどんどん書き足していく。
最終的に、かなりクオリティの高い淫紋が出来上がった。満足して大きく頷く。我ながら素晴らしい出来だ。
だが、これだけしてもまだ起きない。やはり疲れていたのだろう。
そっと蓮のポケットにおもちゃのゴキブリを忍ばせ、ぼーっとその寝顔を見つめる。起きる様子のない彼に、つまらないなと思いつつ、その頬をつついた。蓮の癖に肌がスベスベしている。
こうして寝ている姿を上から見下ろしていると、なぜだか妙な気分になってくる。なんとなく、去年のクリスマスを思い出した。
あの時は恋人でもなんでもなかったから、恋心を自覚して、すごく苦しかった。触れたくても、触れてはいけない気がして…………
寝ている彼の唇を、そっと指でなぞる。若干カサついており、私のものとは違う。
最近、柑奈ちゃん達にやたらと揶揄われる。どこまで行っただの、キスはどんな感じだの。下世話なことをよく聞いてくる。もう少し加減をして欲しい。
私も、知りたいなとは思っている。先に進んでみたいな、とも。でもそういうことを考えると無性に恥ずかしくなってしまって、すぐに逃げてしまうのだ。
それにまだ高二だ。えっちぃのは流石にダメなんじゃないかという気持ちもある。
みんなはもう、こんな歳で色々経験してるのだろうか。
ゴクリと、喉の鳴る音が響く。
視線が、彼の口元に向かう。初めてのキスは、頭が真っ白で……あまりよくわからなかった。でも面と向かってもう一度するのは恥ずかしくて、何よりどのタイミングですればいいのかもわからなくて。結局あれから一度もできていない。
今は、すぐ目の前に、無防備に眠りこける蓮がいる。今なら……こっそり試せるのではないか。そんな悪魔的な思考が頭を過ぎる。
キスは気持ちがいいだとか、落ち着くだとか、いろんな話を聞く。どこまで本当なのか、それが知りたい。そう、これはただの知的好奇心であって、決してやましいものではなくて…………
ドキドキとうるさい心音を聞きながら、言い訳を重ねていく。
キスは、まぁうん。親子でもするしえっちくないはずだ。ちょっとくらい、いいんじゃないかな。それに、私たちは恋人。別にこれは悪いことじゃないと思う。うん、ファーストキスでもないし、問題なし!
そんな適当な言い訳を頭の中で並べ立てながら、そっと彼に顔を近づける。近づくにつれて、自分でも顔がどんどん熱くなっていくのを感じた。
距離が一センチメートルほどまで近づくと、急にいけないことをしているような気がして、ぎゅっと目を瞑った。でも、動きは止めずそのままゆっくりと顔を近づける。
ふに
そんな、柔らかな感触と共に二人の唇が重なった。
妙な感覚だ。気持ちがいいとか、興奮するとか、そういうのではない。なんとなく、胸の奥が温かくなるような感じ。安心して力が抜けてしまうような感じだ。好きな人と繋がっている心地よさ。手を繋ぐことと、本質的には同じであるような気がした。
顔を離すと、寝ている相手にこんなことをしている背徳感、そして諸々の恥ずかしさで頬が沸騰したように熱くなる。頭が茹だって思考があちこちに飛ぶ。思考はぐちゃぐちゃだが、相変わらず彼の口元から視線が逸らせない。
えっと、い、一回じゃよくわからないし……もう一回……
もう一度、優しく口付けする。やっぱり幸せな気持ちになる。まるで麻薬のようだ。ずっとこうしていたい……。口を離すと、切なくて仕方なくなる。
も、もう一度だけ…………
そうして三度目をしようと口を近づけた時、触れるギリギリのところで突然蓮の目が開いた。バッチリと目が合う。
「あ…………」
気まずい沈黙が二人を包み込む。超至近距離で二人、じっと見つめ合う。きっと私の顔はりんごのように赤くなっていることだろう。混乱を通り越して一周回って冷静になった私は、なぜかそんな風に自分を客観視する。
数秒ほどそうしていただろうか、我に返った私は勢いよく体を逸らして離れた。
「ち、ちがくて、そういうのじゃなくて…………その、熱がないか測ろうとしただけで」
自分でも何を言っているのかわからない程混乱しながらも、口が勝手に言い訳をする。しかし聞いているのか聞いていないのか、蓮は何の反応も返さない。
「……ッ!?」
かと思えば、突然私の手を掴んでベッドの上に引き摺り込んでくる蓮。そのままくるりと私と居場所を入れ替えると、ベッドに横たわる私を蓮が見下ろす形となった。
「へ……?」
情報の処理が追いつかず、口を開けてただ蓮を見上げることしかできない。混乱の中、言葉を発することもできず身を縮こまらせていると、覆い被さってきた蓮がそのまま私の手を掴んでベッドへ縫い付けてきた。両手を拘束されて動くことができない。
「こういうことされると、我慢できなくなるんだけど」
「え、あぇ……ヒェ……」
じっとりと湿った目を向けられて、言葉になりきらない鳴き声を漏らす。そんな私を呆れた目で見下ろした彼は、そのまま私の服に手を掛ける。
「あ、や、だめぇ!!」
そこでようやく事態への理解が追いついた私は、思わず蓮を突き飛ばし、そのまま部屋を出て全力で階段を駆け下りた。
そのまま家を飛び出し、自分の家まで走る。すぐにマンションへと辿りつき、中へ入ろうとしたところで荷物を全部蓮の家に置いてきたことに気づいた。
いろんな要因で乱れる息の中、しゃがみ込んで胸を押さえる。思い切り走ったせいでドキドキとうるさい。
走っていなくとも同じくらいうるさくて仕方なかったような気もするが…………。変な汗が額に滲むのを感じる。
胸を押さえる手が震える。恐怖ではない。急激な心拍数の上昇によるものだ。ぐわぐわと揺らぐ視界を、まとまらない思考の中眺めた。
そうしてじっと息が整うのを待っていると、誰かが側に立つ気配。
顔を上げると、急いで着替えてきたのか、やや衣服の乱れた蓮が私の荷物を片手に立っている。その表情からは何を考えているのか読み取れない。
「ご飯食べてくるから、迎えにくるまで家で待ってて」
そう言いながら荷物を差し出してくる蓮。いまだ胸のドキドキが治まらない私は、勢いよく荷物を奪い取る。
「きょ、今日は迎えはいいから。先に学校行ってるね」
早口にそう捲し立てて、蓮の横を勢いよく走り抜け、そのまま振り返らずにバス停まで向かった。
バス停に着くと、ちょうど良く学校へ向かうとバスが来ていたので、そのまま乗り込んだ。
かなり早い時間であるので人気はない。人がいないのはありがたかった。今はとてもじゃないが人に見せられない顔をしているだろうから。
シートに腰掛け、そっと息を吐くと、ようやく冷静になってきた。蓮は、一体いつから起きていたのだろう。完全に寝起きとは思えない動きだった。
そんなことを考えるうちに居た堪れなくなって、頭を振って外に目を向ける。
窓に薄く反射する顔は、頬から耳まで綺麗に赤く染まっていた。
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やっぱり、避けられるよなぁ…………
目の前で、一ノ瀬さんの背に隠れながらこちらを威嚇する菫に目を向ける。
学校に登校してからずっとこの調子だ。近づくと露骨に避けられ、無理に話しかけようとすればこの有り様だ。
まぁ、朝あんなことをしたのだから警戒されて当然といえば当然だろう。でも正直僕は悪くないと思う。むしろよく耐えた方だ。そろそろ自分でも聖人を名乗っていいような気がしている。
毎日毎日べったりとくっついて甘えてくる菫。頭を撫でてあげると猫のように目を細めて擦り寄ってくる。あまりにスキンシップが激しいのだ。
ずーっとそんな調子でいれば当然性欲が限界突破するのは男として当然であるわけで……。
むしろ手を出さない僕をヘタレとして笑っているのではないかとすらほんのりと思っていた。でも菫のことだから何も考えていないのだろうな、と謎の信頼があったので、その気を見せてくれるまで必死に耐えていたのだ。
それが今朝のアレである。お腹がくすぐったくて起きたと思えばあんなことをしてくるのだから、本気で理性が蒸発しかけた。
思わずそのまま押し倒してしまった……やはり怖がらせてしまっただろうか。
「はぁ…………」
「ついに彼女と喧嘩か? そのまま破局してくれてもいいぞ?」
「うるさい」
自分の席について俯いていると、男友達の一人が横から揶揄ってくる。それを手で追い払って机に突っ伏す。
これで菫に嫌われてしまっていたらどうしようか。嫌な想像が鎌首をもたげる。やはりもっと頑張って耐えるべきだったか……。
幼稚園の頃からずっと片想いで、ようやくこうして付き合うことができたのに、こんなことで終わりはいやだ……。
「あぁぁぁ…………」
「お前……思ったより深刻なのか? まぁ、ご愁傷様。多分大丈夫だから、元気出せよ」
「ありがと……」
そんなこんなで、気もそぞろに午前の授業に臨むのだった。
※※※
絶望しながら授業を受け、ついに昼休み。僕のあまりの様子に驚いたのか、友人達が集まってきて揉みくちゃにしてきた。
「島田! ついに別れたんだって!?」
「これぞ天罰!」
好き勝手周りで騒いでる奴らを無視してじっと机と見つめあっていると、突然モーセの海割りの如く、周りにいた男子がバッと左右に分かれる。
何事かと思い、周りに目を向けると、菫が俯きながらゆっくりと近づいてきた。周りで騒いでいた奴らは先程のことが嘘のように物音一つ立てず影に徹している。
その様子に気づいたのか、周りを見てびくりと跳ね、慌てたように近づいてくる菫。そしてそのまま僕の元に来ると、制服の袖の部分をくいくいと引っ張り始める。そして小声で「こっち来て」と呟いた。着いて来いということらしい。手を離してそそくさと去っていく。
何だかんだ邪魔せず見守ってくれている友人達に心の中でお礼を言って菫を追う。
教室を出ると、外で待ち構えていた菫に横から手を掴まれた。そのまま無言で歩いていく彼女に着いていく。結構な距離を歩き、人気のない場所まで連れて行かれた。
こんな所まで来て何を言われるのだろうかと身構えるも、目を泳がせながら口をもごもごとする菫。取り敢えず怒りや嫌悪感は見受けられないことにほっとする。でも、それでも僕がやらかしてしまったことには変わりない。彼女が黙っている間に、僕の方から口を開いた。
「その……朝のことは、ごめん。謝って許されるかはわからないけど、急にあんなことして、怖かったよな……」
そうして謝罪を口にするも、口を噤んで俯きながら見上げてくる菫はそのまま動かない。
「もう、ああいうことはしないから……どうか、許して欲しい」
朝の暴走で失った信用を取り戻せるかわからないが、何とか許してもらえるよう頭を下げる。依然黙ったままの菫が何を考えているかわからず、胸の中に不安が押し寄せてきた。
やはり嫌われてしまっただろうか……
そんなことを考えながら涙が出そうになっていると、ようやく菫が口を開く。
「その……ぇと…………」
顔を上げて、口ごもる彼女の言葉の続きを待つ。もじもじとしている彼女の頬に、だんだんと赤みが差していく。
「ちゅう、までなら……いいよ?」
顔を真っ赤にして、口元を押さえながらそんなことを呟く菫。一瞬、何を言われたのかわからなかった。固まる僕に、そのまま言葉を続ける。
「えっちなのは、まだ……心の準備が、できてないから…………大人になってからね? ちゅうするくらいなら、いいけど……」
ようやく言葉の意味を理解した僕は、顔を手で覆いながら天井を仰ぐ。そのまま深く息を吸って、なんとか感情を鎮めた。思わずまた朝と同じ過ちを繰り返す所だった。
いくら何でも反則すぎる…………きっと、一生菫には敵わないのだろうなと思った。そうして黙ってしまった僕に痺れを切らしたのか、顔を覆っていた手を引き剥がしてくる菫。
「も、もう! なんか言ってよ!」
「ごめん、可愛すぎて」
「……っ! うるさい」
そのままつい衝動的に彼女を抱き寄せる。ぽんぽんと背中を優しく叩き、頭を撫でると菫も背中に手を回してきた。
そのタイミングで予鈴が鳴り、ここが学校であることを思い出す。気まずくなって、二人同時にさっと離れた。
コホン、と顔を赤くした菫が咳払いする。二人で顔を見合わせて笑った。
「取り敢えず教室戻るか」
「うん」
そうして二人で並んで教室へ向かっていると、横で菫がボソリと呟く。
「それで……結局いつから起きてたの? ……朝」
「うん? お腹に落書きし始めた時から」
それを聞いた菫が顔を真っ赤にして俯くのが見えた。唇を噛み締めて悶えている。その姿がたまらなく愛おしくて、頭を撫でてしまった。
その様子を見ていたクラスメイトに放課後たっぷり揶揄われることになるのだが……それはまた別の話である。




