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最後まで読んでもらえたら嬉しいです。
ただ、不快感を感じたら無理しないでください。
あの衝撃的な別れに対して出会いは平々凡々だった。
別れ、、いや、その表現も間違っているのかもしれない。
とりあえず、現段階で私が言える事は、
1,カエルのことが好きな人
2,カエルのことが背筋が冷えるぐらい苦手な人
上記2件いずれかに当てはまる人はここまで読んでもらって申し訳ないんだけど、回れ右をして読むのをやめてほしい。
「カエル?あの両生類のこと?別に何とも思ってないけど?」
そうそう、そういうあなたはあと五分十分私の昔話にお付き合い願おう。
出会いは、水辺。
平々凡々たる出会いにふさわしく、そいつはいかにもカエルがいるであろう淀んだ貯水池の傍にいた。
じめっとした草地にポイ捨てされたカップ麺の容器。
正義感に溢れた小学2年生の“私”がそばを通りかかり、不法投棄のゴミを拾おうとする。
逆さになったそれを拾い上げると中からつぶらな黒い二つの目と目が合った。
「ケロ」
小さな黄緑色の生き物が私を見てそう鳴いた。
幼い私に衝撃が走る。
私はカップ麺を拾い上げた状態でその場に固まった。
そこらにうじゃうじゃいて、夜になると存在感をこれでもかと示すウシガエルのそれとは違う木琴をころりと叩いたような鳴き声。
それに見た目も、あの泥から掬いあげて作ったようなでっぷりとしたあいつらと違って、ちっぽけでつるつるしている。
固まった私に何を思ったが、そいつはカエルらしくぴょんと飛び跳ねて発泡スチロールの容器から私の手に飛び移った。
感情が体の中を駆け巡る__言っておくが、恐怖とか緊張、不快感の類ではない。
可愛い。
それから同時に沸きあがる衝動__どうにかしてこいつを飼いたい。
だが、その時私がその願いをかなえるのにはいくつかの障壁があった。
まず、私の家には既に犬がいて、そいつがこの小さくてうまみも碌になさそうな生物を食べてしまうかもしれない。
次に、私の母さんは人間以外の生きている生き物が苦手で、特に飛び跳ねるバッタやカエルの類に対しては直ぐに箒を持ち出す。
いくつかと言うほどでもなかったが、しかし充分に難関なそれらに私は一度は諦めた。
だが、カエルはそんな私を見上げて小首をかしげている。
その仕草に痛い所を突かれた人みたいにうぐっと息が詰まった。
あまりにもちっぽけなその体に、同じカエルでもウシガエルどもからいじめられてしまわないか、そもそも私が目を離したすきに鷺がひょいとこいつを咥えて丸飲みしてしまうかもしれない__そんな想像が次々に沸きあがった。
結局、私はそいつの事を諦める事が出来なかった。
カエルを一度元いたカップ麵の容器の中に戻すと、私は大急ぎで家に帰り「ただいま」もそこそこにランドセルを投げ出すと、裏庭の焼却炉のそばにまとめられてた段ボール箱などの山からお目当ての大きさのものを抜き出し、貯水池へと駆け戻った。
ああ、あのカエルはまだいるだろうか?不安で揺れる胸の動悸を押さえ、草地に落ちた白い容器を覗く。__いた。
さっきと同じように黒く塗れた目が私を見上げている。
ウシガエルの細められたいやらしい目とちがって、こいつはまんまるの黒目をしている。
私はカエルがまだそこにいてくれたことを喜ぶと共に、こいつも私が帰ってくることを待っていてくれたのではないだろうかと思った。
その日から、私の下校の寄り道に貯水池が追加された。
ちょうど、その年頃の子らが捨て犬を陸橋の陰で飼っていたように私は段ボール箱のカエルに餌をやったり話かけたりして放課後を過ごした。
可愛い奴で、私が持ってきたものは何でもよく食べた。
学校のウサギ小屋からかっぱらってきたニンジンの葉っぱやキャベツ、帰り道の途中で捕まえたバッタ。それから給食で残しておいたコッペパンなんかもそいつは食べた。
大抵のものは小さくしてから与えていたが、バッタなんかを千切るのは流石に私も気が引けてそのまま段ボール箱の中に入れてやると、カエルはぱくっと大きな口を開けるのだが、サイズが合わないと足が一本口からはみ出ていた。
正直その虫の足は気持ち悪かったが、カエル自体は無邪気な様子で平然としているので、私もなんとも思っていないように見えるのを心掛けた。
だって、自分にとっては何でもないのに相手が変な目で見てきたら誰だって嫌な気分になるだろう。
私はカエルに嫌な想いはさせたくなかったし、嫌われたくもなかったのだ。
私がそこまでカエルを大切に思ったのには、私が孤独だったのもあるのかもしれない。
カエルは私が話しかけると、じっと押し黙って私の目を見てよくよく聞いてくれた。
他の人間とちがって、私を急かしたり私が上手く喋れない事を茶化したりせず、うんうんと頷いてくれているような、そんな様子がそいつにはあった。
そんな風に話を聞いてくれるのは、そいつと私のじっちゃんだけだったから私はますますカエルの事を大切に思うようになった。
カエルが元気であるように、図書館でカエルの本を読んだりした。
段ボール箱に閉じ込めておくのはよくないと知った日の帰りに、私はカエルを箱の外に出してやった。
カエルはもう小さくはなかったし、私はカエルと言葉は交わせずとも意思疎通ができていると信じて疑わなかったのでそうしたのだ。
それでも、次の日の帰り道まで私は不安だった。
ご飯も碌に喉を通らず、仕方がないからカエルにあげる用としてこっそりランドセルの中に隠したけど、それもカエルがいなければ必要なくなってしまう。
本当は朝にでも貯水池を寄りたかったが、登校時は兄や近所の子供達がいるから断念するほかなかった。
そうでなくても最近帰りが遅い私に兄は怪しんでいる様子があった。
貯水池は危ないので近づかないようにとのお達しがある。
もしばれたら、もうカエルに会えなくなってしまうかもしれない。
だから、今すぐ飛び出したい気持ちを押さえて終わりの会(ホームルームのこと)の号令が終わると同時に教室からこそこそと出た。
きっといる。大丈夫。私のことをあいつは待っているに決まっている。
息を切らしながら、そう頭の中で繰り返していた。そのくせ実際にカエルが「ケロ」と鳴いていつもの場所で私を見上げた時には私は物凄く嬉しかったのだ。
それは1番最初にカップ麺のカエルを残した時ーーその再会時と同じ感情で、でもそれよりもずっと強かった。
カエルは私が持ってきた食べ残しのご飯をぺろりと食べた。
それからピンク色の舌が「ごちそうさま」と言うように私の指をぺろりと舐める。
ちっぽけだった私のカエルは、その頃にはウシガエルと同じぐらいの大きさになっていたけど、それでも私にとって奴は可愛かった。
正直大きくなったことで小さかった時には気づかなかった表面のボツボツとした感じが目につくようになったが、それでも私の話をよくよく聞いてくれるそいつはやっぱり大切だった。
__その事をどうか忘れないでほしい。
私は確かにカエルを大切に思っていたという事を。