1-8 多様性を訴えつつ両極端な二極化が進む世の中
「車、運転できるんだっけ?」
刹那くんの質問にうなずくボク。車のカギを渡されて、月極駐車場に止めてある車を運転するように言われる。
「あ、ボク、ペーパードライバーです」
「いいじゃん。運転の練習にもなるしさ」
ボクは渋々、運転席に座る。カーナビが付いていない。困ったぞ・・・刹那くんの指示に従って走っていく。ブレーキの踏み具合、アクセルの踏み具合、ボクの運転はめちゃくちゃ下手で、車体ががくがくする。
「昨日よりも、今日の方が死ぬかもしれないって思えて来るよ・・・」
刹那くんの顔も青ざめる。
「あ~、ごめんなんさい~」
「前!前見て前!」
危ない、赤信号を無視して通る所だった。しかも、停車した瞬間、目の前をトレーラーが物凄い速度で走り抜けていった。
「葉月くん、すごいよ君は・・・このぼくを、恐怖に陥れるなんて・・・」
なんとか目的地に到着した。ちょっと昭和感じのある古い民家が並ぶ街並み。車を路上駐車させる。刹那くんは、ちょっとふらふらし、少し深呼吸をしてから、車のトランクを開けて、紙袋を手に取った。そして、アーケード街の脇にあるコインロッカーの前に向かう刹那くん。ボクは後をついていく。
「ここのロッカーの409番、ここにカバンが入ってる」
刹那くんはポケットから鍵を出し、ロッカーを開ける。すると、小汚い茶色のカバンが入っていた。カバンを取り出す。
「これを受け取ったら、これを入れておく。それだけ」
刹那くんは車に戻り、助手席に乗る。ボクも運転席に乗った。車内で、刹那くんはカバンをあけると、中に輪ゴムで止めてある札束が3つ入っていた。刹那くんは札束のお札を数えだす。
「300。ちゃんとあった」
どうやら、300万円あったって事みたいだ。
「今のロッカーは、ここら辺にいるバイヤーの元締めとやり取りする用のロッカーなんだ。ぼくらが直接、末端の客に売りつけたりはしない。さあ、次、行くよ」
こんな感じなのだろうか。次の場所、雑居ビルの階段の下の小さな物置。次の場所、路上駐車してある車のトランク。次の場所、空家のような家の軒下にある小さな物置。こんな感じでまわっている内に、少しは運転になれて来て、走りも少しはましになった。
「ねえ、運転、疲れない?少し休憩でもしようか・・・」
刹那くんはボクの事、気にしてくれているようだ。コンビニの駐車場の車を止めると、刹那くんは缶コーヒーを2つ、買ってきてくれた。
「少し、休憩してから行こう。トイレとか、大丈夫?」
「あ~、はい、今の所大丈夫です」
しばらく車でコーヒーを飲みながら、ぼーっとする。
「ねえ、葉月くん。聞きにくい事があるんだけどさ・・・」
缶コーヒーを手で包むように持った刹那くん。少しうつむいて、何か悩んでるオーラを発していた。
「えっと、なんだろ?なんでも聞いて大丈夫ですよ・・・」
刹那くんはボクの顔をじっと見る。綺麗な瞳、長めのまつ毛、綺麗でさらさらな髪の毛、女の子のようなかわいい顔つき、ちょっとどきっとしてしまった。刹那くん、かわいいんだもん。自分がBLに目覚めちゃうのかって思うくらい、あ、ボクの場合、どうなるんだろ。女の子みたいな女装男子のボクと、女の子みたいな美男子の刹那くん、これはBLなのか?これをBLと言ったら、BL通に怒られるのではないのだろうか・・・いや、男性向けBLという考えも・・・
「葉月くん。君、ネット通販のアンデス、使ってる?」
少し近づく刹那くんの顔に、ボクは少し、どきっとしたった。
「・・・はい、使ってます。アンデスプライム会員です・・・」
妙に恥ずかしい、変な意識をするからである。
「ぼくのアンデスギフトと君の交通系ICカードのニシウリ、交換しないかい?」
「・・・はい、よろしくお願いします~!」
っというわけで、さっきの20万円分のギフト券とICカードを交換したのだった。めでたしめでたし
その後、小さな団地の駐車場に止めた。
「ここは、直接手渡しなんだ。一緒に行こう」
ボク達は階段を使って3階に上がる。刹那くんはドアをノックする。3回、2回、3回。その後、刹那くんはドアを開く。なんか、妙な生臭さを感じた。
「あれ?いない・・・」
ボクは刹那くんの後ろから、開いたドアの向こうを覗き見た。部屋があるが、人っ気が無い。刹那くんは部屋に入っていく。土足で。
「刹那くん。何か、変なんじゃないの?」
部屋の真ん中で、刹那くんが立ち止った。
「葉月くん。異常事態だ」
ボクも刹那くんの所まで歩いていくと、玄関からは見えなかったふすまの中に、血まみれの男が倒れていた。腹からは臓器が飛び出ており、両目は陥没しているのか、瞼も眼球も無く、穴が開いている。惨殺死体であった。
「これは酷い。けど、騒ぎにならず、部屋で激しく争った感じが無いから、これは、ここで一撃で殺した後、遺体を損壊させた感じなのかな?」
ボクは思ったことを言ってみた。
「あ~、君、こういう現場、見たらさ、もっとこう、気持ち悪がったり、怖がったりするんじゃなにの?」
刹那くんがそんな事を言うもんで、ああ、普通ならそうなるよねって思った。
「まあ、でも、そんな事でいちいちきゃーとかうわーとかおえーってしてたらこの先、やってらんないでしょ?確かに気持ち悪いし、不気味だし、怖さも感じるけどさ、今はそういう感情よりも大切な事があるんでしょ?」
「そうだね。君の言う通りだ。コイツを殺した犯人、これだよ」
刹那くんは壁に斬り込まれたシグママークを指さす。∑だ。
「この∑マーク・・・犯人が、わざと残した・・・ボク達へのメッセージ?」
刹那くんはうなずく。
「すると、商売敵・・・バイヤーの元締めを殺害し、マークを残して、仕事の範囲を縮小させろというメッセージ!?」
「まあ、似たようなもん。この∑マークは、過去にもあったよ。その時は殺すまではしなかったから、話し合いでなんとか解決出来た。でも、今回はあきらかに越えてはいけない線を越えて来た。宣戦布告ととらえるべきだ」
刹那くんはスマホで仲間達にメッセージを送った。
「立ち去ろう。下手に何か触ったりしたら厄介だ。ここは清掃業者に任せる事にしよう。下手に警察に介入されたら面倒だ」
ボク達は車に戻る。そして、喫茶&バーの深紅王宮殿に向かって走る。
「あの∑マーク、ぼくらと違い、輸入品の大麻を扱っているやつらだ。恐怖のゴンダ三兄弟なんて呼ばれている3人組を中心とした集団だ。前にもぼくらの商売にいちゃもん付けて来て、うちの下で取引してもらってるバイヤーに暴行したり、恐喝したりして、危うく抗争状態になる所だったんだ。だが、ツヨシくんが上手く話しをまとめ、うちのバイヤーの元締め達数人に、ゴンダ兄弟の品も扱うようにして和解したんだ。大分、うちが不利な条件をのんだってのに・・・」
刹那くんは、缶コーヒーを握りしめた。缶コーヒーの缶は紙のようにひしゃげ、つぶれ、上蓋がぶちぎれはじけ飛んだ。スチール缶である。普通、人間の手でこんな形状になるものではない。
「ぼくはね・・・はじめっからあのバカ兄弟、つぶしたほうがいいって言ったんだよ・・・でも、ツヨシくん、優しすぎるから・・・」
怒りだろう。激しい怒り。熱さえ感じるようだ。刹那くんは怒っていた。
「でも・・・ゴンダ三兄弟のマーク、なんでシグマなんだろ・・・」
「それはね、あいつら、バカだから、漢字の三を∑で書いたらかっこいいって思ってるんだよ」
あ、本当にバカっぽい・・・
とぅーびーこんてにゅーど!