1-6 どうせ真実よりもエンタメなんだよ世の中は
ボクは萌愛さんに呼び出され、街の小さな喫茶店に入った。萌愛さんと他に、ケントさんと、もう一人、美形男子がいる。顔はどことなく女の子のような、中世的で、体つきも細めで、ボクに負けず劣らずのかわいい系男子であった。
ボクは萌愛さんに招かれ、そのまま席に座って、軽く挨拶をする。
「なに?ぼくは君とは違う。ちゃんと男だよ。そんな、女の子っぽさを前面に出すような君とは違うよ」
美形男子はちょっとボクにいい印象を持っていないようだった。
「まあ、人、それぞれですから・・・」
メスニナール抜きでその美形を保っているのはかえってすごい。ボクが添加物ばりばりだとしたら、彼は無添加だ。きっと、女装したら、素敵な無添加男の娘になれるだろう。勿体ない・・・なんて思ってしまった。
「え?初対面なのに感じ悪すぎて草」
萌愛さんはなんかこの状況を面白がっているようだ。美形男子はそっぽを向いている。
「ねえ、刹那~、ちゃんと挨拶しなよ~」
美形男子は軽く舌打ち。
「ぼく、首狩 刹那。よろしく・・・」
「あ、はい、ボクは夏水 葉月です・・・よろしくです・・・」
刹那くんはあまり、いい感じではなかった。
「はい、コーヒーどうぞ」
と、店員さんが頼んでないコーヒーを持って来た・・・
「あれ?ツヨシさん?」
そう、店員さんはツヨシさんだった。
「おひさ!俺、ここの店長なんだ。表向きな!」
喫茶店&バーであり、ツヨシさん達の仲間達の集う場所でもあるここ、店名は『深紅王宮殿』と言う。そして、他所の、いわゆる別のグループはツヨシさん達のグループをこの店名から、深紅王と呼ぶらしい。
「ようこそ。俺は葉月くんを仲間として向かい入れるよ」
笑顔でそういうツヨシさん。ケントさんも同じく、笑顔で迎え入れてくれるそうだ。なんというか、この・・・半グレ団体みたいな集まりに・・・
「ぼくは、そう簡単に仲間だなんて思わないから」
刹那くんはつんつんしている。不機嫌そうな顔だ。せっかくのかわいい顔が勿体ない・・・
「まあ、あたしも、もう少し段階を見てから正式な仲間に加えたいと思いま~す。まだ、同盟ではあるけど、仲間ではないと思いま~す」
萌愛さんも刹那くんに賛同してしまった。そもそも、今日はお前がボクを呼んだんだろうがーって思ったりはしたけどさ、難しい女だ・・・
「本題なんだけど、あたしらが追っていた中国人、東京湾ネオ夢の島に出来たタワーマンションにいるって事がわかったんだよ。でも、あのタワマン、妙にセキュリティが頑丈なんだ。どうすればいいと思う?」
萌愛さんはみんなに意見を求める。
「正面から殴り込んで、そのまま殴り殺しちゃえばいいんじゃない?ぼくならそうする」
刹那くんはかなり物騒な事を平然と述べた。
「ダメダメ。警察に目付けられたくな~い」
その提案を萌愛さんは却下した。続いてケントさんが手を上げる。
「待ち伏せして、拉致して脅す?」
「相手のスケジュールが掴めませ~ん。待ち伏せし続けたら、流石に怪しまれる」
ケントさんの提案も却下された。
「じゃあ、仲間のフリして、接触すればいいんじゃないですか?タワマンに拘らないで・・・どこかに呼び寄せるんですよ」
ボクの意見にすぐに返事したのは刹那くんだった。
「でも、どうやってやるのさ、相手と連絡とれるなら、もうとっくにやってる」
でも、萌愛さんは何か思いついたようだった。
「あ~、ダメもとでポストに打ち合わせの手紙でも入れてみよう!これで出てきたら万々歳のバンバンジーじゃん!?」
というわけで、手紙作戦が始まった。メスニナール1993で、副作用を上手く乗り越えて美人化する方法がわかったので、メスニナール1993を出来るだけ沢山購入して、転売したいという内容の手紙だ。何故か、ボクの写真も添えて送る事になった。
指定場所、あの人気のない埠頭だ。果たして本当に来るのだろうか・・・
ボクは、港でよくみんなが片足を乗せる鉄の塊、ボラード、または係船柱と呼ばれる所に腰を掛けて、中国人が来るのを待っていた。ケントさんと刹那くんはそれぞれコンテナの陰に隠れ、萌愛さんは少し離れた場所からドローンを飛ばして、周辺を確認しつつ、全員に支持を出す。ワイヤレスイヤホンから、萌愛さんの指示が聞こえる。便利な世の中だな・・・21世紀ってやつか・・・すげえぜ・・・
『全員へ、黒い乗用車、接近中。ターゲットと思われる』
ワイヤレスイヤホンから知らせが来る。本当に誘いにのってきたようだ・・・
ボクは、ターゲットと接触、ちゃんと本人か確認するため、ハンドバッグに仕込んだ無線機付きカメラでターゲットを撮影、本人と確認次第、潜伏した2人が出て、そしてターゲットを捕まえる流れだった。順調に進むかと思っていたんだ・・・
セダンの乗用車、多くても4人で来るのだろうと思ったんだが、車から出て来た男達は合計8人・・・どうやってこの社内にこの人数が詰まっていたのだろうか・・・どうやって乗っていたのだろうか・・・というより、人数が多い!この人数、果たして制圧できるのだろうか・・・
「こ、こんにちは~・・・」
ボクはとりあえず明るく挨拶して、不自然にならないように隠しカメラをターゲットたちへ向けた。
「コンニチハ。アナタガ、メスニナールノ、ツカイカタ、ワカッタヒト?」
「は、はい・・・そうです~」
ターゲット達は中国語で話し合う。その間、ボクが隠し撮りをしている映像を見た萌愛さんから無線連絡が来る。
『間違いない・・・あれがターゲットのホンコンキングだ!』
ターゲットの名はホンコンキング。中国から密輸した品を扱うブローカーだ。どうやら、本人がちゃんと足を運んだようだが、警戒心が強く、守りは厳重だ・・・でも、その車に乗る人数じゃないんよ・・・どうやって載ってたの?まじで・・・
『人数が多すぎる・・・どうするか・・・』
萌愛さんは悩んでいる。そんな時だった。
「どいつがホンコンキングだ?!」
刹那くんが1人、どうどうと歩いて、ターゲット達に向かっていく。ターゲット達はすぐに警戒態勢。1人の中国人の男が、刹那くんを止めようと走った。体格の差が激しい。丸腰の刹那くんに勝算は無いように見えたのだが、突然、刹那くんに向かった男が膝から崩れ落ちた。刹那くんの強烈な腹パンが彼の腹部に深くめり込んだのだ。
『刹那は人間としてのリミッターが外れるタイプだから、1対1なら絶対負けない・・・だから、1対1を続けれるようにサポートして!』
萌愛さんからの指示。隠れていたケントさんも慌てて飛び出した。ボクも、何かしなければ・・・何か、何か・・・ふと見れば、懐から拳銃を取り出す男の姿があった。刹那くんが危ない。ボクは、たまたま足元に落ちていた、トラックに轢かれてぺったんこになった空き缶を拾い、そして、勢いよく投げつけた。潰れた空き缶は激しく回転し、一直線に拳銃を持った男の手に命中!衝撃で一発、明後日の方向に発砲される!暴発である!だが、拳銃から排出された空き薬莢と共に、男の人差し指も宙を舞った。投げつけた空き缶で、相手の指を切断することに成功したのだ!
刹那くんがそのすきに、素早く1人の男の頭を蹴り飛ばす。蹴られた男は地面に顔面を強打し、足が宙に舞い上がるように、体の天地が逆転!その勢いで転がり飛んで、海の中へ落ちて行った。人間の出せる力では無かった。これが、人間としてのリミッターが外れた人間の力なのか・・・しかし、相手もただでやられるばかりではない。刹那くん目掛け、素早いタックルをかます男。刹那くんの腰をがっつりと掴む。だが、人体の出せる力の100%の力が出せるのであろう刹那くんは、その男を持ちあげ、そして、逆さにし、頭を地面に強く叩きつけた。パイルドライバーだ!アスファルト上にパイルドライバーをきめた!これで相手方の3人は確実に戦闘不能状態だ!
ターゲット達は慌てて車に、ホンコンキングを乗せようとする。行かせてはならないと思い、ボクは、ターゲット達の車に向かって走った。彼等より先に車に乗って、彼等を逃がさないようにしようと思った。ターゲット達を追い抜かし、でも、ドアを開けている暇もない!ボクは走った勢いを使って、両足で車のフロントガラスに飛び蹴りを加え、フロントガラスを突き破り乗車。スペツナズ式乗車だ。そして、エンジンキーが・・・無い!これは、キーレスの車だ!そう、自動車のキーを持っていれば、エンジンキーを刺さなくてもエンジンをかけれる仕組みなのだが、それがなければどうしようもない!車は盗難防止ブザーが鳴りまくる!うるさい!前を見ると、ターゲット達の一人がまた、拳銃を手に、こっちに銃口を向けた!ボクは慌ててダッシュボードの陰に身を隠す。案の定、相手は発砲した。ガンガンと、弾丸が命中する音が社内に鳴り響く。ふと、ダッシュボードの中を見ると、なんと運がいい。ここにも拳銃があった!ボクはその拳銃、リボルバー式の拳銃を手に取り、そして、ターゲット達に向けて・・・いや、ホンコンキングに当てたらだめだったな・・・威嚇射撃、空に向けて拳銃を撃ちまくった!ターゲット達は身を伏せる。その身を伏せたターゲットの1人の頭を、背後から駆け寄った刹那くんが激しく踏みつける。踏みつけられた男は、そのまま動かなくなった。これにいち早く気が付いた拳銃を持った男が、刹那くんに拳銃を向ける。しかし、刹那くんの移動速度は速かった。刹那くんは拳銃を片手で振り払い、相手の頭を鷲掴みにし、そして、勢いよく引き下げ、それに膝蹴りをあわせる。拳銃の男の首がへし折られた。これで5人、完全に戦闘不能だ!
「うごくなー!」
ここでケントさんが拳銃をターゲット達に向けて威嚇。指を切断された男、何もできていない男、そしてホンコンキングは大人しく、両手を上げた。降参したのだ。
ボク達はホンコンキングを拘束。それ以外は、射殺してしまった。ホンコンキングに金を用意するように言って、それも、今回の手間賃込みとして、大幅に分捕ることに成功した。ホンコンキングが電話をかけ、しばらくして、ホンコンキングの奥さんが金の入ったトランクを持って来た。そして、もう二度と、日本に来るなと言って、ホンコンキングを開放することにした。ついでに、どうしてメスニナールを販売していたのか、気になったので聞いてみた。そしたら、日本語が話せる奥さんの方が説明してくれた。
「あれは、飲んだ人間は確実に死ぬ毒薬・・・でも、それなのに女性化するという幻想を夢見て処方して死ぬ人達が多くいる・・・共産党政府はわざと、このメスニナール1993を製造し、流通させたの。でも、それは本当は中国国内のみの流通のはずだった。中国国内の、同性愛者、トランスジェンダーを死に追いやる為の罠だったの。流通に協力したのは共産党とコネのある黒社会の連中よ。でも、黒社会の連中は儲けたいから、それを国外にも横流ししていたの。それが、私達が扱っていた錠剤の経由」
なんと、飲んだら死ぬ前提で流通させられていた代物だったのか・・・しかも、それを知って、多額の金を受け取ってまでして・・・犠牲となったハピルさんがかわいそすぎる・・・
「でも、中国でも確認できるだけで3人、成功した人がいる。あなたと同じようにね・・・」
外れれば死ぬ1等のみの宝くじのようなものか・・・
ホンコンキングは、フロントガラスがぶち破られた車に乗って、そして去って行った。なお、奥さんが持って来たトランクには札束が15束、1500万円が入っていた。
「君の知りたかったこと、少しわかったかな?」
何も無かったかのような涼しい顔をする刹那くん。あの怪物のように一方的に相手を殴り殺した姿がウソのようだった。
「え・・・ま、まあ・・・」
刹那くんはボクの肩にポンと手を置く。ボクはめっちゃびびった。
「そんなにびびるなよ・・君がいなかったら、逃がしていたかもしれない。車を乗っ取る判断、ぼくは正しいと思うよ。今後も、一緒にやっていくつもりがあるなら、ぼくは君を仲間として向かい入れるよ」
初めて見た刹那くんのほほ笑み。なんか、とてもかわいくて、かっこいい感じがした。かっこかわいいだ。ボクもこういうかっこかわいいを目指してみたいなんて思った。
「まあ、美形って所で、君とぼく、キャラが被るからあまりのるきじゃなかったんだけどさ、君とぼくのかわいさは別方向向いてるってわかったから、いいかなって思ったよ」
あ、自分でもかわいいって思ってるタイプでしたか。小悪魔め。
こうして、ボクは、彼等、深紅王の仲間入りを果たしてしまったのであった。