3-9 かしこまるとは、恐れる事
神への祈りの言葉である祝詞の最後は恐み恐み申すとの言葉で締めくくられる。神は称えるものではない。願いを叶えてもらうために祈るものでもない。神とは、恐れるべき存在なのだ。
山肌に茂る木々をなぎ倒し、土砂雪崩れる如く山を下ってボクらの前に現れた巨大な物体。月明かりに照らされたその鎧のような甲殻が、鈍く輝き、無数に生えた間接付きの槍のような足はそれぞれが意志を持つようにうごめき、アンテナのように長く突き出た触覚は、ボクらの存在を電波を用いて感じ取っているかの如く動き、赤く光る目が、ボクらの全てを見通していた。
それは巨大なムカデであった。オーカミッケ様と呼ばれた山の神は巨大なムカデの姿をしていたのだった。目の前にあるその存在、目でははっきりと見えているのに脳みその処理が追い付かない状況。神は人類の想像を超えた存在だったのだ。
「う・・うそだろ・・・?」
運転席の徹くんはシフトレバーをRに入れ、アクセル全開で後方へ車を走らせる。急発進でぐんと前に体が押し出される。車はそのまま民家の垣根に突っ込み、石垣を乗り上げ、走行不能となる。これはやばい!ボクは散弾銃を手に取り、ドアを開けて飛び出した。
散弾銃を山の神に向けて発砲しながら道路を横断し、向かいの民家の垣根に向かう。陽動作戦だ。ボクが囮になっている間に、全員が車から脱出する事を祈りながら、ボクはスミス&ウェッソンの散弾銃で山の神に立ち向かった。1回の射撃で放たれる00バックショット散弾の数は9発。3回の射撃。合計27発の約8mmの散弾が山の神に当たっている。効いているのか効いていないのかよくわからない。だが、山の神はボクの方を意識しているようだ。この間にも、車からみんなが慌てて降りている。上手く行った。しかし、次はボクの危機だった。目の前の民家、その二階部分が崩れ落ち、その壁を突き破って山の神のしっぽがボクに向かって来た。ボクは何かに押し倒され、山の神のしっぽはボクの真上を過ぎて行った。立っていたままだったら死んでいたかもしれない・・・
「葉月くん!大丈夫!?」
未来くんがボクを助けてくれたのだった。
車の後ろに隠れた徹くん達が銃撃している。山の神に少しはダメージがあるのか、嫌がっているような動きをしていた。倒せない相手ではないと確信できた。しかし、そう思ったのもつかの間、山の神はキャラバンに体当たり。キャラバンは勢いよく転がり、徹くんと富取くんが吹き飛ばされる。キャラバンは民家に命中。逆さになってめり込んだ。萌愛さんは、ただひたすら逃げて行った。
「徹くん!富取くん!」
未来くんは倒れた二人の方へ向かって走る。ボクはその後ろを追い、道路の真ん中から山の神に向けて散弾銃を発砲する。ガチンガチンと、まるで鉄板に弾丸が当たるような音。ダメージは無いわけではないだろうが、ムカデの急所はどこだ?確実にあれを仕留める方法は・・どうすれば神を殺せるのだ?
山の神はボク目掛けて突っ込んできた。かなりの速度だ。だが、ボクは心拍数を上げる。上げまくる。ドクンドクンと鼓動をうつ心臓をブウウウンとエンジンが音を立てるように音がつながる程に早く上げる。1秒の感覚を極限まで伸ばした。すべての物理現象がゆっくりと見える。向かってくる山の神、甲殻にいくつかの穴。弾丸はちゃんと通っている。ボクは接近する山の神の頭目掛けて散弾をぶち込んだ。9発の00バックの散弾が命中し、山の神の頭はボクの横にそれていく。しかし、しっぽがくねり、ボクを目掛けて飛んで来た。認識できる。わかる。わかるんだけど、僕自身の体の動きがついていけない。よけきれない!ボクは山の神のしっぽにはじかれ、ぶっ飛ばされ、背後の民家の玄関を突き破って転がる。衝撃でむせる。おえってなる。ちょっと吐血。山の神の一撃の破壊力はすさまじい。
あれをどうすれば・・・・仕留めれる・・・いや、今は、目の前の仲間を助け出すのが優先か?!ふと、民家の玄関を見ると、消火器が転がっていた。表面は錆が見えるが、使えるかもしれない。ボクは起き上がり、消火器を手に、民家から飛び出した。目の前に山の神が上体を起こし、ボクを見下していた。ボクは消火器を投げ、素早く散弾銃で撃った。消火器は破裂し、真っ白な消火剤の粉末が山の神の視界を妨げた。素早く未来くんの元へ向かう。徹くんはかすかに意識がある。富取くんは足を骨折し、左足首が変な方向に曲がっている。これはまずい。そう思った瞬間、山の神が突撃してきたのだ。ボクは弾き飛ばされ、垣根の下の石垣に激突。徹くんと富取くんの体は無数の槍のような足でぐしゃぐしゃに突き刺され腕がもげ、腸は飛び出し、肋骨があらわになり、首がもげた。未来くんは山の神に腹を噛みつかれ、高く持ち上げられた。石垣に激突した痛みをこらえ、ボクは散弾銃を構え山の神に撃ち込む。すると、垣根をなぎ倒しながら山の神のしっぽがボクに向かって飛んで来た。しっぽがボクの脇腹にめり込んだ。肋骨が折れるのがわかる。だが、ボクはしっぽを脇で抱えるようにして掴んだ。負けてたまるか!山の神もボクを振り払おうと、勢いよくしっぽを上に向かって振った。ボクは遠心力に耐えきれず、しっぽから離れ、空に向かって吹っ飛ばされた。だが、運がいい。山の神の頭に接近で来た。ボクは逆さまになり、落下しながら山の神目掛けて発砲。山の神は未来くんを離し、体を背けて山に向かって走り出した。ボクはそのまま地面に落下。なんとか頭直撃は回避する為に体をひねり、背中から地面に激突した。衝撃は体中に響いた。痛い。全身に激痛が走り、吐血もした。呼吸が上手くできない。だが、落ち着け、ボクは今以上に苦しい地獄の痛みを乗り越えてこの体を手に入れたんだ。これくらいで死ねるものか!ボクは起き上がり、未来くんの元へ走った。
「未来くん!しっかりして!」
未来くんの腹部から出血が激しい。
「葉月くん・・・ふ、2人は?」
死んだなんて言えなかった。ボクは下唇を噛んで、何も言えずに目を背けていた。
「・・・そう、そうなんだね」
未来くんは察した。
ボクは未来くんを抱えて、安全な所へ逃げようと思った。
「葉月くん・・・あいつがいない今がチャンスだよ・・・・神社に向かおう」
未来くんは出血する腹部を片手で押さえながら、片足を引きずるようにして、神社に向かって歩き出した。ボクもその後を追う。鳥居をくぐり、小さな社の戸を開けると、地下へ続く階段があった。ボクらはその階段を下りて行く。木製の戸、錠前の鍵がかけてあったが、未来くんは拳銃でその鍵を吹き飛ばした。そして、戸を開けた。中は真っ暗だ。妙に生臭さが漂う・・・スマホのライトで照らし、周囲を見渡す。だが、そこには誰もいなかった。ただ、ぐちゃぐちゃになった何か・・・骨とか、肉とか、服とかが混ざった何かが真ん中にあるだけだった。未来くんはその何かにゆっくりと近寄った。吐き気を催す悪臭。その中で未来くんは何かを見つけたようだ。
「葉月くん・・・これって、これって、そういう事だよね・・・」
未来くんの手には、血まみれの欠けたハートの耳飾り・・・そう、未来くんの耳飾りとペアになるものだった。この肉と骨の塊は、山の神が食い漁った生贄の残骸・・・この塊の中に、未来くんの愛する明斗くんも・・・・
未来くんは大声で叫んだ。叫んで地に伏せて、叫び続けた。胸をえぐるような悲しい叫びにボクは何もしてあげれなかった。
突然、大きな揺れ、天井が崩れ、山の神が頭をのぞかせる。ボクは慌てて未来くんを抱きかかえて外へ出ようとするが、山の神は素早く未来くんに食らいつき、そのまま地上へ出て行った。ボクは急いで階段を駆け上がり、外へ出ると、田畑の中、山の神は未来くんの下半身に食らいつき、未来くんは山の神に拳銃ゼロ距離射撃をぶちかます。ボクは体の出せる力を引き出す。全力で山の神の体を駆け上り、散弾銃をぶち込んだ。山の神は体をくねらせながら田んぼに倒れ込み、未来くんとボクは投げ出され、民家の屋根を突き破って、居間に転がり込んだ。
「未来くん!!」
ボクは一緒に飛ばされて来た未来くんを抱き起す。
「は、葉月くん・・・僕は・・・・もうだめだ・・・・」
未来くんの両足、膝から下が食いちぎられていた。
「明斗くん・・・ごめん・・・僕、何もできないで・・・・」
未来くんはうわごとをつぶやいている。出血も酷い。助からないかもしれない・・・でも、せっかく出会えた仲間を見殺しにしたくない!仲間を失いたくない!ボクは未来くんを背負い、トンネルに向かって歩き出す。走ろうと思ったが、体が言う事を聞かない。歩くだけでも必至だ。それでいて未来くんをおぶった今、さらに状況は悪いのだが、ボクは仲間を助ける事をあきらめたくなかった。
まだ、トンネルまでの距離が遠い。山の神が再び動き出した音が聞こえる。やはり、人間では神を殺す事は不可能だったのか・・・
「葉月くん。僕を置いていくんだ。僕は・・・僕にはもう、何もないんだ!生きていても意味が無いんだ!」
ボクの背中で泣き叫ぶ未来くん。
「嫌だ!絶対嫌だ!ボクは君を見捨てるのは絶対に嫌だ!!辛いし苦しいし、今後もどうするかわからないけど、ボクは君とも一緒に生きていきたい!!ボクのこれからの人生のどこかに君がいて欲しい!!」
ボクの思いを叫ぶ。神よ、人が憎いのか?抗ってやるよ!貴様なんかこわくねえ!ぜってえかしこまってやんねえぞ!ただ、憎たらしい!憎たらしいだけだ!こんな神、何千年続いていようが関係ねえ!人を不幸にする神なんざ全人類にとって必要のねえ異物なんだよ!!
ドドドと山の神の足音が徐々に近づいてくる。そして、トンネルの向こうからも、二つのまぶしい光が大きくなってくる。それは、ジープのような形をした、ベンツのGクラスだった。Gクラスはボクらの横を物凄い速度で通過して、山の神にぶち当たった。山の神はそのまま民家のガレージに倒れ込んだ。そして、ベンツの運転席からケントくんが降りて来た。
「昼の間に萌愛から万が一に備えて来てくれって頼まれたけど、到着が遅くなった。すまなかったな」
ケントくんはボク達に駆け寄って来た。
「ひどい怪我だ!止血をしないと!」
ケントくんはベンツのGクラスのトランクから救急箱を取り出し、未来くんを横に寝かせ、足の止血を行う。
「け、ケントくん!あれ、あの化け物!危険です!早く逃げないと!」
すると、ケントくんは親指で後ろを指さした。
「最強の助っ人を連れてきた」
そう言うケントくんの指さす先に、刹那くんがいた。刹那くんは両手にナックルダスター、メリケンサックとも言うあの凶器をはめている。
おまたせ
ボクと目があった刹那くんの口の動きから、そんな事を言ったのだと思う。刹那くんは起き上がろうとする山の神の頭を殴る。この時の刹那くんの力は人間の力をはるかに凌駕しているように感じた。これまでの銃撃で負傷した山の神とは言え、一方的に刹那くんに殴られ続ける。甲殻はえぐれて吹き飛び、肉片が四散し、槍のような足は無残にもへし折られ、両手を返り血で濡らした刹那くんは神を殴り続けた。やがて、神の尾は痙攣をはじめる。刹那の拳によって神の頭は粉々く砕かれ、足はちぎれ、胴体が分断される。刹那くんは神を殺した。
両手を濡らしたまま、刹那くんはボク達に駆け寄った。
「葉月くん!」
ボクは刹那くんを見て、声を聞いて安堵したのか、体中を支えていた力がふっと抜け、ひざから崩れ落ちそうになるも、刹那くんが抱えてくれた。
「遅れてごめん。畑のある村に向かう途中で萌愛を見つけて、それでここまで案内してもらった。葉月くん、会えてよかった・・・」
刹那くんはボクを強く抱きしめてくれた。
「ああ・・・その人が、葉月くんの・・・・・」
未来くんが、つぶやいた。
「へえ・・・なんか、明斗くんに似てる・・かも・・・・」
未来くんの呼吸が弱い・・・
「未来くん!しっかりして!意識を保って!」
ボクは未来くんの脇にしゃがみ込み、そして、手を握った。
「葉月くん・・・・僕達の代わりに・・・・幸せになってね・・・・」
ボクは、そんな彼になんて声を掛けていいのか、全然わからなくんて、ただただ、涙を流すだけだった。未来くんの呼吸の感覚が段々長くなっていき、そして、最後の一息をゆっくりと吐き出し、そのまま呼吸が止まってしまった。今、ボクの手の中にある一つの命が消えた。




