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理狂う人  作者: たけしば
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1-2 若者言葉にケツを付ける老害は、古語でも使ってろ

世の中、激しく変化するものだが、俺程激しく変化した人間はいないだろう。アマゾンで購入した服を着て、外に出た。目的は、服を買う為だ。正直、洋服のセンスに絶望している。だからと言って、服は何を選べばいいのか・・・ボクにはわからなかった。とりあえず、近所のユニクロに向かおうと思った。しかし、その道中である、けばい女性とすれ違った。いや、女性のような外見をした、男であった。

「え?!もしかして・・・あなた、男?」

けばいオカマさんは、ボクを呼び留めた。まあ、けばいって言ったが、正直、美形ではある。最近のオカマさんは綺麗な人が多いと思う。

ボクはちょっと、厄介かななんて思って、軽く流して逃げようとしたんだ。

「まって!あなた、勿体ない!そんなかわいいのに、なんでこんなダサい服着てるのさ!」

オカマさんはボクの腕をひっぱった。朝っぱらというのに、酒臭い。酔っているようだ。

「あの、ボク、今から服、買いに行くので・・・はなしてください・・・」

オカマさんは手を離さなかった。

「だめよあなた、全然わかってない。あなた、自分の魅力を引き出せてない!そんなの、そんなの許せない!あなたにはもっと、かわいくなってもらわなきゃ!そうよ!こうしてすれ違ったのも運命!」

ボクは少し落ち着くように言って、近くの公園のベンチにオカマさんを座らせて、自販機で永井豪の描くロボットみたいな名前の水、クリスタルガイザーを買って、オカマさんに手渡した。

「あの、かなり酔っているようなので、これ、飲んだ方がいいですよ」

オカマさんは水のペットボトルをじっと見た。

「あんた~、私みたいなのはいろはすでいいのよ。こんなこじゃれた水~、嫌いじゃないわ!」

オカマさんは妙に面白い事を言ってくれる。この前向きの姿勢、俺は尊敬している。

「わたしみたいなゲテモノは、面白くなくちゃやっていけないのよ~。面白くなくちゃ、ただのゲテモノよ~」

なんて、自虐的な事を言うもんだから、

「そんな事ないですよ。あなたは、美しくあろうとしている。メイクも、衣装も、とても素敵です。努力で綺麗を作る人、ボクは尊敬します」

と、素直な感想を言ったんだ。

「ちょっとやめてよ~!思わせぶり?思わせぶりなの~?も~、そういう事、簡単に言う男、嫌い!私、そういう男に騙され続けてきたんだもの!許せないわ!」

オカマさんは笑いながら答えたんだ。でも、少し、寂しそうな顔をした。

「あのね、引くかもしれないけど、私、昨日、ふられたの。一緒にデート、いわゆるアフターってやつ、そこで、二人っきりになって、これ、キスのタイミングじゃんってくらい、いいムードだったんだけどね、顔のそばで一言、言われちゃった」

少し、オカマさんはうつむいた。ちょっと間を開けて、

「やっぱり無理だ。君は男だ。って、惚れた男に言われたの」

オカマさんは涙をぬぐった。

「これで5人目。心の底から惚れた男にふられた回数。軽く惚れたを含めると56人目。嫌になっちゃうわ・・・」

「でも、それでも挑戦を続けているあなたは、俺は素敵だと思います。こんな事、言っていいのかわかりませんが、俺は今まで心の底から惚れて行動に出た事がありません。気になる人に話しかける事すら、拒んできました。あなたの様に行動に移せるなんて、俺にはできません」

オカマさんは涙をぬぐって、ボクの肩を抱き寄せた。

「あんた、変わりたいんでしょ!もっと、もっと素敵になりたいんでしょ!?いいわ!私、あなたに協力しちゃう!行きましょ!服屋さん!」

オカマさん、源氏名は奇麗田 ハピルというそうだ。ハピルさんの服のチョイスは、可愛くて、ボーイッシュ感のある男の娘にボクを仕上げてくれた。そして、さらに美容室でととのえ、可愛く見せる為のメイク術もレクチャーしてくれた。こうして、ボクは自分で自分を見ても、惚れちゃうようなかわいい姿に変身した。

ハピルさんは、その後、自宅に招いてくれて、自分が使わないアクセサリーをくれると言ってくれた。ボクはうれしくなって、ハピルさんの家についていった。

ハピルさんの住むマンションの部屋は、ゴミ袋があちこちに置いてあって、いわゆる汚部屋だった。掃除が面倒になっちゃうのなんて、ごまかすハピルさん。部屋のあちこちに埋もれたアクセサリーを発掘して、そして、ボクにくれた。ハピルさんが色々、アクセサリーについて話をしていた時だった。

ゴトン

ポストに何かが入った音がした。ボクは、妙な、嫌な予感がした。

「あ、何かきたわ!」

ハピルさんはポストから荷物を持って来た。

「あのね、なんか、郵送ミスしたみたいで、届くのが遅れちゃったの~。これ、さらに綺麗になれる秘薬!」

それは、錠剤のメスニナール1993だった。ボクは、妙な胸騒ぎが止まらなかった。あの苦行の1週間、あれは耐えれるものじゃない。

「ハピルさん・・・それ、」

「これ、凄い錠剤なのよ!飲むとね、美人に大変身!魔法の薬なんだけど、正規ルートでは入手できなの!秘密の通販!でも、秘密すぎて、この前、違う所に郵送されちゃったのよ~!さいあく~!でもいいわ。金額、2倍になったけど、手に入ったからいいの!合計80万円かかったけどいいの!」

とてもうれしそうなハピルさん。ボクは、もしかしたらハピルさんの荷物が誤送された先がボクの所だと、言える勇気が無かった。合計80万円、すなわち、1粒40万円・・・ボクの全財産で支払える金額ではなかった事も、言えなかった理由だ。

「その・・・その薬、ふ・・・副作用とか、大丈夫ですか?」

「あら~、心配してくれるの?ありがとー!大丈夫!副作用に耐えれば美人になれるんだもの!地獄さえ受け入れるわ!」

ボクは心配になった。

「・・・飲むのですか?もし、飲むなら・・・副作用、出た時の為に、ボク、ここにいてもいいですか?」

ハピルさんは笑う。

「心配してくれてありがとー!やさしいのね!うれしい・・・こんなに私の事、心配してくれる人、はじめてかも!」

説得したとしても、ハピルさんの意志はかわらないだろう。なら、ボクが側にいて、少しでもあの孤独な苦痛によりそってあげるしかない。恩がある。それに、せっかく出会った素敵な人だ。これからも、仲良くしたい。

ハピルさんは、クリスタルガイザーを使って、メスニナール1993を飲み、そのまま横になって、眠りについた。そして、何も変化が起こらないまま、ハピルさんは目を覚ます事は無かった。呼吸が止まり、青ざめて行く。そう、死んだのだ。

ボクは、どうしていいかわからず、その場に座り込んで泣いていた。

ハピルさんの携帯が鳴る。ボクはついつい電話に出てしまった。

『あ、もっし~。ハピル?今日ね、お店のシフト、入ってくれる~?失恋中、ごめんなんだけどさ~』

ハピルさんの勤めるお店のようだ。

「あの・・・あ、ボク、ハピルさんの・・・友達・・・なのですけど・・・今、ハピルさん・・・ハピルさんが・・・し、死んじゃいましたぁぁ・・・」

ボクは泣きながら答えた。そういえば、人が死んで、泣いたのは初めてだったのかもしれない。

『え?!・・・まじ?今、ハピルの部屋?!そっち行くわ!まってて!!』

電話はきれた。しばらくして、ハピルさんの同業者のオカマさんが部屋に来て、そして、冷たくなったハピルさんを見て、号泣した。

「このばか!だからメスニナールはだめだって言ったのに!」

どうやら、オカマさんはハピルさんがメスニナール1993を購入した事を知っていたようで、何度もやめるように言っていたそうだ。

しばらくして、ボクはハピルさんが、メスニナール1993に希望を持って飲んだ事、ボクは副作用で苦しんだ時のサポートの為に側にいた事を告げた。

「ねえ、あなた・・・メスニナール1993で激しい副作用が出るの、知ってたの?」

ボクはうなずいた。

「そう、もしかして、飲んだ?あなた・・・見た目、凄い女の子してるけど、男よね?」

オカマさんの目はごまかせないようだ。ボクはうなずいた。

「本当?飲んで、そして変身できた人、この世に本当にいたのね?!」

ボクは、自分の所にメスニナールが誤送された事、そして、それを飲んで、激しい副作用を体験した事。それから、この姿になって、ハピルさんと出会ったことを話した。

「そう、知らずに飲んだのね。じゃあ、説明しておくわ。メスニナール1993、これは、人間が服用する薬物じゃないの。家畜用の薬物なのよ。小さな一粒で大きな変化を出すの。主に子牛に使われていたわ。オスの牛が効率よく肉を付ける為にホルモン剤を投薬させるのよ。メスニナール1993は肉体を変化させる劇薬で、成長した牛に投薬すると、肉体の変化に耐えきれずに牛は死ぬの。だから、まだ生後まもない子牛に投薬していたのよ。でも、この薬、オスであるまま肉体はメスへと変化させる作用、私達の業界でも一時期、話題になったわ。平成の、まだ初めの頃。阪神淡路大震災やサリン事件があった頃ね。その頃にメスニナールを使って理想の体を手に入れようとしたオカマ達がクラブに集まって、みんなでメスニナール1993を服用したの。そして、参加した全員が死んだわ。オカマ大量死事件は時と共に風化していったの。オウムの事件の方がインパクト強かったのよね。今では国際法上でも名指しで禁止薬物とされているメスニナール1993。あなたと、ハピルが服用したのは、中国で生産された複製品よ。実は、今でも世界のあちこちで、メスニナールを服用して死亡する人達が後を絶たないの。あなたみたいに成功した事例、私は初めて聞いたし、見たわ。あなたは、奇跡を起こしたの。いい。ハピルは自分で臨んだ事。そして、あなたは悪く無い。止めれなかったって悔やまないで。ここは私に任せて、ハピルは私が、手厚くお見送りするわ。馬鹿だけど、やさしくて、とても純粋で、そして、誰とでもわかりあえたのに、恋だけは実らなかったかわいそうな子・・・あなたは、あなたの人生をちゃんと歩むのよ。異常な変化、それをあなたが望まなかったかもしれないけれど、それを無駄にしないでほしいって、私も、ハピルも思ってるはず。もし、困ったり、相談したい事があったら、連絡して。いつでも、相談に乗ってあげるわ」

ボクは名刺を受け取った。オカマさんの源氏名はキラメキ ミヤビさんだ。ボクは何と言っていいのかわからなかったけど、ハピルさんにお礼と、さようならを伝えて、その場を去った。


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