2-6 大多数のバカと少数のエリートを作ろうとして、全員バカになる法則
隠れ大麻畑のメンテナンスの作業。灯り、水のポンプ、肥料、順序良く点検してゆく。気温も大丈夫。大麻はすくすく元気に育っている。ここは都心、ネオ宿の雑居ビルの窓の無い秘密の部屋。特殊な灯りの中、水耕栽培装置を使ってすくすくと元気な大麻が育っている。みんな元気に独特な香りを放っている。
今日は刹那くんと二人で、畑の点検にまわっている。ボクと刹那くんは基本、ソルジャーの役割であり、もめ事なない時は、こうして秘密の大麻畑の点検をしたり、大麻製品の護送をしたりする。ネオ宿の各地に点々とある秘密の大麻畑。ボクの運転する車で各地をまわるのだが・・・
「そういえば、ボクがメンバーに入るまで、刹那くんはどうやって各地を点検してたの?」
「この車で運転してだよ?」
「あれ?刹那くんって、免許持ってたっけ?」
「持って無いけど?」
今まで無免で運転してたんかい!しかし、それでは身分証明書にあたるものをもって無さそうだ・・・住所不定無職の自称首狩 刹那、19歳・・・・
「あ、葉月くん。バイヤーから、トラブルの通知があったみたい。ニュービッグ久保駅の近くまで行って」
「はいよ~」
ボクは運転にもだいぶ慣れた。言われた所まですいすいと、無理な右折もできるようになったんだ。ニュービッグ久保の駅の脇の、自転車専用レーンの上に路上駐車する。しばらく待つと、マスク、グラサン、フード付きパーカーの怪しい男がやって来て、腕を組んで3回うなづいた。
「葉月くん。パッシングして。あれだよ」
ボクはヘッドライトをパッシングさせる。男は車の後部座席に乗り込んだ。
「葉月くん。適当にそこらへん、走って」
ボクは車を走らせる。適当に、大通りを走って、ネオ宿、ニュービッグ久保の間をぐるぐる回るコースを走行させていた。
「深紅王のメンバー・・・ですよね?」
後部座席の怪しい男は話しかけて来た。
「そうだよ。どうしたの?緊急事態?」
刹那くんの返事に、怪しい男は前に乗り出すようにして話し始めた。
「俺の下の売り子が・・・なんと言っていいか・・・その・・・・」
怪しい男は話したい、けど、何かつっかえて話せないようだった。
「あ~、その売り子に乗っ取られたタイプ?」
怪しい男は激しくうなずいた。
「え?乗っ取り?」
ボクは刹那くんに質問をすると、刹那くんは簡単に説明してくれた。
「普通は大麻を大親バイヤーが親バイヤーに売って、親バイヤーが子バイヤーに売って、そこで利用者に届くか、孫バイヤーに流れるか・・・これが大まかな流通経路なんだけど、彼は大親バイヤー。彼の立場になれば、稼げる額が違うからね。何か勘違いした親バイヤーが自分の方が商才あるとか言い出して、役職を乗っ取ろうとしたんだと思うよ」
「そんな、上下関係って厳しくないのですか?」
「それは、昔の人達だよ。今は上下関係なんて効力が無い。とは言え、ぼくらが認めた大親バイヤーじゃなければ直接取引はしないし、何かあった時に手助けするのが契約なんだよ。古い言い方だと・・・ケツ持ちってやつかな?」
後部座席の怪しい男は声を震わせている。
「正直、こうなったのも、俺の人の見る目が無かったのは確かなんです・・・あいつら・・・俺の大事な嫁をっ・・・・」
泣き出す怪しい男。
「パートナーがどうしたのですか?」
「バラバラにっ・・・・」
「え?さ、殺人!?」
「に・・・人形です・・・等身大のドールですぅぅ!」
ああ、安心した・・・怪しい男の住む、マンションの一室が、勘違いした親バイヤーのバカとその仲間達に占領されているそうだ。ボクは案内通りに車を走らせ、マンション近くの駐車場に車を停めた。大親バイヤーの後をついて、マンションの10階の部屋にたどり着いた。大親バイヤーが玄関を開ける。拾い居間にソファーでくつろいだり、大型テレビでゲームしたりする若い野郎共が、お菓子やら飲み物を食い散らかして、挙句の果てにはリキッド大麻を軽くキメていた。まさか、商品を?そんな馬鹿な事するやつにしか見えない。
「おかえりーキモオタおっさーん!・・・あれ?それ、ダチ?」
ボクらを見ても動じない。まあ、見た目に迫力は無いのは確かだから仕方が無いか・・・
「あれ?あれれれれーっ?!かっわいー子連れてきたんじゃーん!何?俺達とあそぼーぜ!」
ボクを色目で見て来る下品なガキだ・・・いや、猿だ・・・
「俺達、ヨユーブラザーズっつーんだ!ここらじゃ知らねえやついねえからマジで!俺、ヨータっつうんだ!」
「俺、ユージ!」「俺はヨーイチ!」「俺!俺俺!俺、ユーマ!」「俺は~・・・ヨーガ」
なるほど、名前が『よ』か『ゆ』で始まるメンツだからヨユーブラザーズか・・・5人共、若いっつーか、幼い顔をしている。多分、15~18歳だな。どいつもこいつも自分達以外すべてをなめ腐った態度。まるで猿山の猿みたいだ。
「ぼく達は話をしに来た。君達が売買契約を無視して、大親に迷惑をかけてはいけない事、わからなかったかな?」
刹那くんはゆっくりと、猿共に向かって歩み寄る。猿共は笑っている。
「俺達が~、もっと効率よくうるっつーの!まじで、知り合いにいっぱい買うやつ~、え~でけえくちの客的なのいるから~ガチ、もっと広げようぜ!」
ヨータっていう猿は刹那くんの舐めまわすように睨みながら変な事ぬかしはじめやがる。
「君達は何か勘違いしていないかな?そんな大口の顧客、いたとしても誰かとつながってないわけがないんだよ?君達バカだから、騙されてるんじゃないかな?」
猿共は笑ってる。
「聞いたか?俺がバカだって言ったよコイツ!なー!聞いたよなー!?なー!?」
ヨータは電子タバコを口にくわえ、大きく吸い込み、憎たらしく吐き出した。
「それに、商品に手付けるのも違反だよ」
「はーー??!!商品の味知らないで売るとか無いんですけどぉーーー!?」
ボグンとい鈍い音と共に、ヨータの電子タバコを持った右手の人差し指と中指が、手の甲側に激しく曲がり・・・いや、へし折られた。痛みからか、ヨータは右手を抑えながら膝をついて叫んでる。
「もう、君達に話す言葉は無いや」
刹那くんはヨータの髪の毛を鷲掴みし、無理やり立ち上がらせ、近くのテーブルにその顔面を激しく叩きつけた。ヨータは離れようともがくが無駄である。刹那くんは常人が出せない力、人体の出せる力の100%を出すことが出来る。だから、あがいた所で刹那くんから逃れる事は不可能なのだ。
「てめぇええ!っざっけんなおらぁあああ!!」
確かユーマとか言ったやつが刹那くん目掛けて、酒のボトルを投げつけた。刹那くんはヨータを投げ捨て、酒のボトルをキャッチ。
「これ、ジョニ黒じゃん。だめだよ」
そう言って、酒のボトルをテーブルに置く刹那くん。ユーマは引き下がらず、刹那くんに殴りかかる。ユーマの拳をかわすまでもなく、先に刹那くんの前蹴り、喧嘩キックとも言われる前に向かって突き出す蹴りがユーマの顔面に命中。ユーマは宙で半回転し、頭から床に激突。刹那くんは倒れたユーマの膝関節を踏みつけると、鈍い音と共に、ユーマの足が通常とは逆方向のくの字にへし折れた。
その間、鼻血をだらだらと垂らしたヨータがキッチンから包丁を持ち出してきた。ボクは素早くその包丁を蹴り上げると、包丁の切っ先が天井に突き刺さった。振り上げた足をそのままヨータの頭目掛けて振り下ろした。かかと落としである。綺麗に決まった。ヨータは前のめりにぶっ倒れ、びくんびくんと痙攣している。
後はもう早かった。他の3人は既に片腕を折られ、もがき苦しんでいた。
刹那くんは全員のスマホを取ると、順番に認証番号を訪ねて行く。断った瞬間、指を一本へし折り、もう一度訪ねる。全員のスマホの認証番号を聞き出し、それぞれのラインの履歴を眺め始める。
「へぇ・・君、妹がいるんだ・・・へぇ・・・」
怯える猿共。
「ふ~ん、兄さんが結婚したばかりなんだ~・・・へえ、兄さんのお嫁さん、きれいじゃん」
必死に謝罪する猿共。
「君、彼女いるんだ~。こんなんでも付き合ってくれる人、いるんだ~・・・」
泣き始める猿共。
「君の父さんの車、いい車乗ってるね・・・ナンバーは」
写真のナンバープレートを読み上げる刹那くん。猿共は必死に謝罪している。
「まあ、謝らなくたっていいよ。ただ、おすすめのアプリ、インストールしておくだけだからさ。むしろ、喜んでくれていいよ」
そのアプリは、スパイウェアで、アイコンは表示されない。外部からデータを抜き取れるものだ。
「もう、ボクからは何も説明はしないよ。後は君達の元締めの彼に任せたよ」
刹那くんは奪ったスマホをテーブルの上に並べておいたまま、大親バイヤーに全て任せて、部屋を出て行った。ボクも後をついて行った。
正直、無表情のまま、相手をいたぶる刹那くんの姿は怖くもあり、心強くもあった。車に乗った刹那くんは何も無かったかのように助手席の脇の窓から外を眺めていた。
「ねえ、あれって・・・手加減してた方なの?」
「手加減は難しいね・・・人の体って、やろうと思えばすぐに壊れちゃうんだもん」
ボクの問いかけに答えた刹那くん。その黒い瞳の奥に、得体の知れない黒さを感じ、ボクは飲み込まれるような感覚を感じた。
「前、信号青だよ」
はっとする。後続車がクラクションを鳴らす。ボクは焦ってアクセルを踏んだ。
「よそ見は危険だよ」
そうボクを見て話しかけた刹那くんの表情は確認できなかった。微笑んでいたのか、無表情だったのか、わからないけど気になった。でも、ボクは、何か怖い気がして、見る事はしなかったのであった。