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第二十五話 博愛を持つ1――選べない輝夜

 チャイムが鳴る。玄関の扉を開ければ輝夜がいる。

 輝夜の存在に目を見張る鶯宿は、輝夜の辺りをきょろきょろし、輝夜は不思議そうに鶯宿を見つめた。

 硝子よりも美しい透明感のある瞳だ。


「どうしたね、市松はいないのかな」

「いないいない、帰れ帰れ」

「おや、冷たいなあ。いいね珍しいタイプだ。私は大体怪異が私を嫌うか好くかのどちらかだから、どちらでもない君はレアだよ」

「確かにアンタは滅茶苦茶感情をかき混ぜそうだよな」


 鶯宿は輝夜の言葉に呆れながら、輝夜から土産のマカロンだけを貰うと、そのまま追い返した。

 輝夜の帰路を確認してからリビングにあがれば、市松がお茶を飲んでいるのだから鶯宿はびくっとした。

 市松は涼しい顔で、緑茶を飲んでテレビゲームをしている。

 最初から居座っているような態度で、鶯宿が戻ればおかえりなさい、と声を掛けてレースゲームで一位の祝福コールを受けていた。



「いたのか」

「ええ、ずーっといました。なあに、先生は何を持ってきてくださったの」

「マカロン。指月堂のだ」

「まあ、先生ったら判ってらっしゃる。今僕が注目してる御菓子のお店よ」


 市松は鶯宿に駆け寄ると御菓子の袋を大事に掲げて中身を漁り始めた。

 仲が悪いわけでもないのに、輝夜の元に戻らない様子に鶯宿は不思議に感じていく。


「どうして戻らないんだ」

「んー、そうね。愛情がないからかしら」

「愛情?」

「先生は執着だけで、僕を今探してるからねえ」

「お前にとって愛情ってなんなんだ」

「さあ、そんな問答に答えでていたら、とっくに僕と先生は両思いですよ。僕自身、その答えは分からない。けど、僕は愛情を好みたいんです」


 市松はマカロンを探り当てると、一つ箱から持ち出し、ピンク色したマカロンを頬張った。

 美味しそうにもたもた食べている姿は何処かハムスターみがある。

 御菓子の欠片を拭うように、食べ終わると市松は手をぱんぱんと叩いてくずを払った。


「好きな人の気を引きたいから、いじめっ子みたいなことしちゃう。鶯宿さんだって判るでしょ」

「ど、どうしてだ」

「ふふ、判らないふりしないでいいですよお、僕と貴方の関係じゃないですか。僕と貴方はきっと、似たもの同士ですよ」

「……判らないわけでは、確かにない」


 鶯宿は楼香への思いがばれているのであれば、と素直に白状すれば僅かに顔を赤らめた。

 鶯宿は市松から優しさを感じる時があるが、親近感からだったのだろうか。ずっとずっとばれていたのなら恥ずかしいし、楼香にもばれてないといいとドキドキする。

 鶯宿の反応に市松は満足そうに狐面の位置をただしながら、首を傾げる。


「報われたいと、思いませんか」

「――思う、ときはある」

「そう、なら。貴方は博愛をやめた瞬間だ。たった一人を愛したいなら、やっぱり気持ちに甘い物はほしくなるでしょう?」

「……俗物的な発想だな」

「妖怪なので。妖怪なんて、神様をやめたやからの集いでしょう?」


 市松は飄々と嗤ってゲームを片付ければその場からふらりと離れて、楼香を探しに階段をあがっていった。

 鶯宿はその場に残り、カレンダーを見つめる。

 ああ、もうすぐ――神無月だ。

 神が日本にいない時期。一箇所に集まり、他の場所の加護から離れるとき。

 市松の大事な人も、自分の大事な人にも影響がなければいいと、鶯宿は天井を見上げた。



 *



 鶯宿はこの日、給金が入ったので何か御菓子でも家に買って帰ろうと外に出掛けていた。

 珍しい品でも買ってくれば楼香も喜ぶかも知れない、とわくわくする。

 デパートの地下に入れば、知った顔がいる。

 輝夜だ。輝夜と視線があえば、輝夜が手招いてくる。

 鶯宿はどうしたのだろうと近づけば、輝夜が柿のジュレを指さし、鶯宿に勧める。


「楼香はこれが好きだよ」

「どうして判るんだ?」

「前に果物が好きだと聞いたんだ、心当たりあるだろう? 美容に五月蠅いのだから、カロリー控えめなこれならきっと喜ぶ」

「オレ自身が選びたいんだ」


 選ぶ楽しさを横取りされた鶯宿は不機嫌に不貞腐れると、輝夜はそうだな、と頷いて微笑んだ。

 鶯宿のドライだが冷たく仕切れない態度は、輝夜にとって宣言通り新鮮の様子で、親しげにそのまま話しかけてくる。


「私はどうも人の機微に疎くてね。楽しみをよく奪ってしまう。すまないね」

「いやいい、あんたなりに気遣ったんだろう?」

「はは、良心的なんだな、鬼ってやつは。吉野もそうだった」


 輝夜の口から吉野の名前が出れば、鶯宿はそういえばこの人は吉野の思い人でもあったのだ、と思案し肩を竦めた。

 好かれてる自覚がない。自分たちのお姫様は本当に、好かれてることに無頓着だと鶯宿は遠い目をした。

 好かれてる気配より、自覚されない気配のが際立つ吉野が不憫で、塩を送ってやろうと鶯宿は吉野の好みである惣菜を指さす。


「輝夜、ちょっと待ってくれ」

「どうした?」

「吉野はあれが好きだ、何か礼を感じるなら買ってやれ。あいつも喜ぶ」

「……ふふ、ありがとう。確かに自分で選びたいな」


 先ほどの仕返しをしてやれば、輝夜は大笑いした。

 そのときである、人々の悲鳴が聞こえる。

 目を見張った二人は、辺りの人々が血まみれである事実に気付く。

 遠い方角には獣じみた生物の手に鎌がついている、かまいたちだろう。

 輝夜と生物は目が合う。生物は輝夜を見つめて動きが止まっている。

 輝夜という人間はあやしを引き留める効果があるのかと、鶯宿は思案し即座にどうすべきか導き出す。


「輝夜、提案だ、オレとお前でどうにかしよう」

「判ったあの子は私が惹きつけよう、ここだとまずい、沢山いっぱい。傷付く人が居る」

「俺もお前も、こいつら助けたいってことでいいか」

「そうだ、私と君ならきっと何とかなるだろう?」


 輝夜は生物に手を振ってから、一気に駆け出した。

 俊足の輝夜を追いかけて走り出せば、かまいたちも追いかけ始めている様子だ。


 俊足で体力お化けの輝夜は町中を鶯宿と走り抜ければ、生物は息切れしはじめ、体力がなくなり足を止めて横になった。

 輝夜は足を止め生物に近寄ると汗まみれになっている生物へ頭を撫でてやり、労る。

 生物はすっかり攻撃する意思をなくした様子だ。輝夜の手に擦り寄り、甘えた仕草をしていく。敵意も攻撃意思もなくなった。

 流石、怪異の感情をかき混ぜるものだ、すぐさまに好かれる。

 ――好かれるのになれてる人間が、たった一人を選ぶなんてないのだろうか。


「あんたは、市松をどう思う?」

「大事な友達だよ! また遊びたいんだ、今度はもう、犠牲にさせたりしないで。普通に、遊びたい」

「……男女の仲になろうとは、思わないのか」

「その発想はなかったな」

「あれだけ好かれているのに?」

「ううん、どう言えば良いか判らないけど。好かれていても、何処までが本気かあいつは判らないからね」


 信じる気がないというよりは、信じて痛い目にあうのが怖いという口調だった。

 市松の言葉がよぎる――執着で動いている、と感じるのはこの辺りだろうか。

 きっと、欲しかったら。何も考えきれず、手を伸ばすのが、愛情なのだろうと鶯宿は感じ取った。


「輝夜」

「なんだね」

「有難う、オレは多分。今日初めて、他人を守れた気がする」

「嬉しいのかい」

「少しだけ。満足感だ。嫌われない助け方をしたのは、初めてだ」


 過去に人々に友のため嫌われようとしていた鬼も、変わりつつある。

 人を好きだと自覚して、鶯宿は笑った。

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