第二十四話 慟哭の水1――泣き出したのは彼
幼い頃水で出来た花を見た覚えがある。水で花弁も茎も、葉も出来ていて。太陽光を浴びて開く姿は、どんな花よりも美しかった。
幻想的に虹を吸収し、七色に淡く輝く姿はどんな水晶よりも美しい物体だった。
竜道の母親は不思議な生物や、不思議な現象をよく見せてくれて。
幼い頃に沢山沢山美しい幻想的な世界をくれた。
ただ子供相手とは言え、周囲に話しても誰も信じてくれなかった。
ただ一人信じてくれた女の子がいた。
あの子は――誰だったか。誰かとても身近な女の子だった気がする。
「お、まじか」
竜道は風呂上がりに昔に耽っていれば、メッセージアプリにて連絡が来ている。SNSを使うのは慣れていなくて、友人が勝手にいれたSNSのメッセージ欄には連絡先を同期した結果の欄が並んでいる。
その中の一つに楼香もいるので、楼香に連絡を取りたくなればこのSNSを使えばいけるだろうけれど、何となく気後れする。
顔を見て楼香の場合は話したいと感じる。
スマホの通知を辿れば、かつての妻が出てくる。
楼香を棄てて選んだ女性、時江。時江のアイコンは可愛らしい兎のアイコンで、兎のアイコンから最近彼氏と別れたからまた会わないかなどの話が出ている。
時江は男がいなければ、寄りかかる相手がいなければ、生きていくのも困難で少しだけ気になる。
寄生先をなくしたからかつての寄生先に頼ろうとしているのも判るが、それよりもまえにまた選ばれたのだという感情が過る。
時江に選ばれるのは甘美な感情だ。
時江は美しく可愛らしい。愛嬌もあって、頼ってくれる愛らしい女性だった。
何より胸も尻も豊満で男ならば誰だってぐっとくるはずだ、と自分の中の肉欲を確認した竜道はしばし悩んでから指先を不器用に使い、ぽちぽちと返事を返す。
再会を、望んだのだ。
数日後、可愛らしい洋服に身を包んだ時江はあの頃のように愛らしく。少しだけ大人めいて見えた。
自分から逃げ出したのが嘘のようだ。
「りゅうくん、久しぶり」
「元気だったか」
「うん、りゅうくんいなくてさみしかったよお」
くず女のテンプレートのような台詞。ゾクゾクする竜道。
年甲斐もない甘ったるい声はたまらない。中途半端に計算尽くの頭悪い女性は竜道にとって大好物だった。
酷い目にあわせても乱暴にしても、時江が悪いのだから。
「ちょっとお茶しようか」
「うん、ときはパフェ食べたいなあ。専門店近くにあるんだあ、いこう」
「はいはい」
流石くず女。奢らせる前提で、馬鹿みたいに高いパフェの店を選ぶとは。
店に入って値段の高さに目が剥く。
それでも時江は暢気にメニューに悩んでいる。
「りゅうくんの好きなティラミス風パフェなんてのもあるよお」
「ああ、いや。俺は珈琲でいいよ」
「そう? すみませーん、ときは苺とレアチーズのこれで……」
見目が芸術品だから芸術点数の高さ故に値段も沿っているのだろうかと、竜道は思案しながらこのあとどういう流れで時江とベッドを共にするか考える。
時江もきっとそのつもりだし、簡単なはずだろう。
「昔さ」
グラスのお冷やを眺めて、竜道は昔話を語り始める。
「昔、水で出来たお花。見た覚えがあるんだ」
「ええ~? 硝子細工とかじゃないの?」
「違うんだ、触って確かめた。水だったんだ」
「りゅうくんも夢を現実って思う可愛いとこあるのねえ」
何を言っても信じてくれる様子のない時江。
それだけならまあそうだろうな、と感じて終わる話だ。
その後に続いた言葉に、竜道は眉を顰めた。
「今でもあってるのお? 元カノさん。あの、きつめの化粧の子」
「……楼香ちゃんのこと?」
「そうそう、あの子香水選びへただったよねえ。どぎつい香水だった! りゅうくんとあの子がくっついていたの不思議だった。りゅうくんかっこいいしぃ素敵だしい、頼りになるしい」
「……そうかな」
「あんな子、何処がよかったの」
時江の言葉に、竜道は外の参道を眺めながら冷たい声の響きに、脳がしんとする。
(少なくとも。楼香ちゃんは、どんな目にあっても、お前を悪く言わなかったよ――浮気女、くらいだ)
どんな言葉をかけても無駄だ。
パフェ代を無駄にするより、楼香をなじる行為を選んだ竜道は自分の汚さを自覚し、言葉を飲み込む。
嗚呼、今日もあの子のヒーローになれない。




