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第二十三話 脇役の矜持1――美しい人

 口元にマスクをした女性が、楼香の家に訪れた。

 一目見て何の怪異か判る、口裂け女だ。

 初めて見る口裂け女はぺこぺこと礼儀正しくて、楼香はとても嬉しかったのだ。

 最初は最近の化粧品について話していて、下地や化粧水。日焼け止めはどこのものか、おすすめの皮膚科など話していくと二人は気が合っていく。

 そうそう、この話を同じ尺度で出来る人が欲しかったと、二人は大喜びではしゃいで。非常に二人は仲良くなった。


「姐さん、話わかるう! じゃあ、姐さんのために今日は夕飯張り切っちゃおうかな」

「えっ、何になるのかな」

「ふふ、水炊き鍋なんてどう?」

「最高~! 鳥肉団子にしましょ!」

「胸肉にしよう、そんでぽんずで食べるの、あーわくわくする」

「ねえねえ、ならちょっとお魚もいれてみない?」

「なら銀鱈だな!」



 にこにこと二人は一緒に夕飯を決めて、一緒に台所に立つ。

 仲良く料理していく姿は姉妹のようで、姉がいたらこんなかんじかなと楼香は感じた。

 夕飯の水炊きに、キムチ、小松菜のお浸し。しめはうどんで、卵を入れる。デザートにカロリー控えめの砂糖を使った牛乳寒天。

 二人はあつあつの鍋を美味しげに頬張り、美容の話を深めていく。


 二人にしか判らない何かがあった。


 *


 翌日、チャイムが鳴る。時間帯的にはそろそろ口裂け女が帰る時間帯なのだが、来客だ。

 楼香は本日休暇のため、よいしょと扉を開く。

「あれ、あんたなの」

「やあ、君に聞きたい話があるんだ」

「また市松の話?」

「いいやそれとは別件の……おや、客が泊まっていたのか」


 来たのは輝夜で、今日も眩いばかりの美しさだ。

 市松曰くこれで、洗顔が石けんのみなのだから苛立つ。

 お肌の手入れはどうなっているのか、美容話の名残で楼香は輝夜に尋ねる。

「あんた、化粧水何使ってる? 乳液は?」

「五郎水シリーズだ」

「はあ!? あの劣悪格安化粧品!? それでこのはりなの、なんなのなめてんの!?」

「うう、もちもちするのやめてくれ」

「化粧品は全部五郎水?」

「いや、その。化粧はしていなくて。口紅だけだ。するときもあるが、だいたいは……その、日常であまり。しない」

 気恥ずかしそうに告げた輝夜へ、楼香は苛立ちを隠せない。


「うっっっっっっっっわ、女の敵……」

「なんでだ、私だって女性だ。君の仲間だよ」

「敵だ敵、うざいなやっぱりあんた」


 楼香の本気に輝夜もぷりぷりと怒り、口げんかが始まろうとしていたとき。異様な気質を感じた。

 口裂け女が輝夜を見つめて睨んでいた。


「綺麗な顔……」

「ありがとう」

「言われ慣れてるのね……私、欲しかった。貴方の、それが、欲しかった」

「それとはなんだい?」

「綺麗な目、綺麗な口。整った鼻に眉。唇はピンクの形の良いぷっくらとしているもの。それだけ顔が綺麗なのに、スタイルまで美しい」

「ありがとう」

「有難うじゃあねえのよ!!! なんで、なんで、なんで! そんなに有難いものを、粗末にするの!」

「へ? ああ、聞いていたのか、楼香との会話」

「私も楼香もそれが欲しくて滅茶苦茶悔しかったのに! どうして、当たり前にそれを持っていて、平然としているのよ!」

「姐さん、姐さん、落ち着いて!」

「楼香……ごめんね、お別れがこんな形になってしまって。でも、許せない。せめて、楼香の家の中でだけはやらない!」


 口裂け女は輝夜をひっつかみ、外へと出て行き、輝夜に襲い掛かった。


 *


 輝夜は逃げ惑い、口裂け女は追いかける。

 楼香も二人を追いかけ、俊足の輝夜が遠く感じる。

 兎太郎も楼香と並走して追いかけ始めている、止めてくれるつもりの様子だ。


「あんたは怒らないのか」

「ええ?」

「あいつ、あんだけあんたのポリシーを根底から馬鹿にしたような奴じゃないか」


 兎太郎の揶揄に、楼香は心がずしんと重く感じる。

 たしかに、美しい者は好きだけど。美しい者に無頓着で無知なものは大嫌いだ。

 美しくなるまでには過程があり、そこもひとつのその人の人生であるのに。

 輝夜には美学を感じない。少なくとも、美というものへの拘りは何もない。

 市松が何故輝夜を重要視しているか判らなかったし、説得する材料は輝夜が美しいという理由それだけだった。楼香から見れば輝夜など何一つ掴めない宇宙人だ。


「姐さんの言う話もわかるよ、わかるけど、さ」

「止める方が美しいのか」

「……そうじゃない、傷付いて、ほしく、ないんだよ」


 楼香は顔を俯かせてから、前をむき直し先の方で首を絞められている輝夜と、首を絞めて発狂している口裂け女を止めに掛かる。

 二人を引き剥がしたところで、輝夜は切ない顔で真剣に、真面目に答えた。


「君も美しいじゃないか」

「……あ?」

「美しいじゃないか、君たちだって。美しくない女性なんていないよ」


 詭弁に吐き気が出た楼香は、今度は楼香が輝夜の胸ぐらを掴んだ。

 胸ぐらを掴んで、虚空に突き出すようにメンチを切る。


「今なんっつった!? 偽善者野郎!」

「……っけほ、だって、きみたちだって、きれい、じゃないか」

「うるっせえ! おまえに何がわかる!? 顔が理由で虐められた過去もないだろ!? お前なんかに、何が判る!?」


 ブスと言われた過去すらない女性からの美辞麗句には、嫌気がさした。

 兎太郎が止めようとする前に、我に返った楼香が輝夜をぶん投げるように降ろし。棄てた。


「本物にはわかんねえよ、綺麗でいたい気持ちなんか」


 楼香は悔し泣きしながら、その場から家に戻っていった。

 兎太郎は茫然と眺めた後に、輝夜に声を掛ける。



「お前、いよいよ人間らしさを失ったな」

「人間らしさ?」

「綺麗な人はみんな怖い。それをわかってねえんだ、お前は」


 兎太郎は泣きわめく口裂け女を宥めながら、去って行った。


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