表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/64

第二十二話 昭和お伽噺――金平の憂鬱

「誰とも喋っちゃいけないよ」


 それが幼心から刻まれた金平と他のあやかしのルールだった。

 金平は銀次――ぬらりひょんの実子だったが、銀次の兄妹に預けられる。

 養子として虐められたわけでもなく。銀次はあやかしの総大将ゆえに、金平は秘蔵の子だったのだ。

 銀次に何か起きたときのとっておきたる存在だった。

 とくに金平は地蔵と銀次の子だった故に、あやしとしての不思議な力も魅力も絶大だった。

 大人達の優しさで、金平は隠し通さなければならなかった。


 時々喋る行為ができたのは、銀次が家にやってきたときだ。

 たくさんおしゃべりをしてくれたし、話を聞いてくれた。

 金平は銀次が大好きだったし、特に人間との恋話はお伽噺のように愛している。

「菊子様はどうして銀次様を選ばなかったのですか」

「違うんじゃ、わしがあの子を見棄てたんだ。あの子には人間を選ばなければならぬ道理がある」

「何ですかそれは、どうしてですか」

「人とあやしの時間は、違うのだよ。今は同じ時刻でも、いつか、絶対に。ずれがでる」


 銀次は毎回切なく笑っていたが、表情には誰よりも慈愛の深い表情が刻み込まれていた。

 その表情をしながら聞くお話がとても好きで――銀次が坂口菊子を追いかけ、死滅した後の世にも夢に見る。


 紅葉の映る寺。

 紅葉景色が池の水面に映え、山に囲まれた寺。

 その寺は銀次が根城にしていた住まいであった。

 銀次の全てを受け継ぎ、金平はのちの総大将候補となっている。

 というのも、銀次に対抗して総大将となったあやしがやる気を失って、平和に暮らし始めたからだ。

 急に宛がわれた配役を厭うわけでもなく、金平は引き受ける。


 目を開けば寺の天井で、今は夜間。

 空には月が二つ並び、あやしの世界だ。

 やけに眠れない、昔のことばかり過る。


「幸せで、あってほしかったんだよ、おめえたちには――」


 脳に過った子猫を思い出しては、金平は枕元にあった酒瓶を一気飲みした

 棚から大事にとっておいていた手紙を引き出す。

 手紙は銀次宛で阿栗の祖母からの手紙だった。

 柔らかな上品な文字。文字には阿栗の実名が書かれている。文字をなぞり、金平ははにかむ。


「好きな女を追っかけておっ死んだなら、責められねえよなア」


 金平は夜風吹き抜ける寺で手紙にキスをした。



 *



 金平が人間界を覗きに来れば、阿栗の両親――坂口夫妻は今日もだんまりだ。

 せっかく夫妻揃って同日休暇という奇跡の日であるのに、夫婦仲は冷め切ってるどころか、凍り付いていた。

 互いに無言で凍り付いてる現場を見て、金平は自分の幼い頃を思い出す。

 こんな状況をお伽噺の老女が喜ぶとも思えず。

 なんとかしてやりたい気持ちでいっぱいだ。


 雨が降ってきたので濡れるのはごめんだと、夫妻のマンションを離れて、楼香の家に辿り着く。

 楼香はテレワークの様子で、ちょうど今仕事が終わったのだと笑った。


「メシはなんだ、うめえのをたのみてえな」

「今日は赤飯なんだ。なんとなく食べたくなってね、餅米」

「赤飯って何かめでたいことでもあったのかい」

「いや、ないよ。ただの嗜好さ」

「それは中々趣味が良い。ついてるな」


 少し元気を無くした状態で金平は考え事をし続けながら席に着く。

 金平にとって坂口夫妻は夢の果てだ。

 美しい現代のお伽噺の果てが、無口で凍り付いた関係であるなら非常に悲しく。

 どうしてもなんとかしたかった。

 ぼんやりと考えながら、出された赤飯に他のおかず。他のおかずは筑前煮や、わかめの味噌汁、焼き茄子に、きんぴら大根だった。

 いただきますをしてから、ずず、と暖かい味噌汁に触れるとほっとする。

「味噌汁、出汁きちんととってる家庭も珍しいな」

「出汁は昔とりかたわかんなかったから失敗もしたよ」

「こんだけいい出汁のバランスがとれるなら、失敗も経験してみるもんだなって思えてくるなあ」

「筑前煮は自信作なんだ。明日にはもっとしみしみしてる」

「こっちは鳥と昆布で出汁か」

「そうそ、鰹は使ってない。鶏の出汁は強いからね」

「うどんとかでも出汁に使えるくれえだしなあ。おめえさん不器用なわりにできるほうだよな、料理」

「頑張ったんだ。たくさん。祖父さん喜んでくれるし、いつか一人になるって判っていたから。ご飯も自信作だよ」

「どれどれ」


 赤飯を食べれば、昔銀次が出してくれた赤飯の握り飯をふいに思い出して、金平は涙をぼろぼろと零した。


「金平?」

「みねえふりしててくれ」

「……でも」

「頼むよ、嬢ちゃん。なんでもない出来事にしてえんだ」


 金平は勢いづけて赤飯を食べればおかわりをした。


 懐かしい味に触れるのは、だいぶ久しぶりだった。


 *



 夜更けに和室にて深酒をする。月見酒は思ったより進んでいく。

 縁側に、にゃあ、と子猫が現れる。ラガマフィン。

 ――阿栗だ。

 阿栗の存在に気付けば、金平は目を細めた。


「ねえ、君はあやかしのすごいひとなんでしょ? ならおねがいがあるんだ」

「どうした、坊や」

「かんぜんにねこになるほうほうをおしえて。おれね、パパとママをはげましにかわれたい」

「……ペットになるのか。おめえさんの魂は、魂のない猫の体に取り憑いているだけだ。もういちど離れれば、天国にも転生にもできる」

「うん、それでも。うまれかわったり、てんごくにいったらパパとママとはなれちゃうでしょう? なら、しばらくは、まだふたりのこでいたい」

「……それが、おめえの願いか」

「ただでとはいわないよ。おばあちゃんからもらった、だいじなほうせきあげる」


 紅く大きな宝石を阿栗はそっと添えた。

 阿栗は老女と銀次の繋がりを知りもしないだろうに、宝石を躊躇いも無くだした。


「だいじなひとからもらったものだから。だいじなときにつかってね、って。つかうってのがよくわからなかったけど」

「……使わない方がいいが、なるほど、これは……阿栗。その石は渡さなくていい、だけど、ちょいとこっちにきてくれねえか」

「なあに?」


 金平は阿栗を抱きしめると、その毛並みに埋もれて、泣きわめいた。

 感情が高ぶったらしい。なぜ金平が泣きわめくか阿栗には判らなかったが、阿栗は母がしてくれたように、よしよしと撫でた。


「おめえ、悲しかっただろ。なんで死んじゃったんだろうな、なんで……」

「だいじょうぶ。阿栗は、つよいこだから。もうだいじょうぶなんだ」

「どうして大丈夫なんて言える?」


 金平はまだ銀次の死に納得出来ていない。

 その状態で自分自身の死を納得出来る幼子が不思議だった。

 阿栗はにこーっとネコ姿で微笑んだ。


「あやかしになってからも、たのしいこと、あったから!」

「……嘘じゃないか」

「うそじゃないよ、これは、ほんとにほんと。ぜったいほんと。楼香ちゃんにうそつくのたのしいんだ、蒼さんはしんじてくれないけどあそんでくれる。市松はめんどくさそうだけど、からかうんだあいつ」

「もう寂しいよって泣かないかぃ」

「うん、さいしょつらかったけど。おれは、きっとどこでも、かわらない。パパとママのこだ、それだけわかればじゅうぶん」


 それにそれに、と阿栗の話していく姿が昔の自分と重なった金平は笑いかけた。


 後日坂口夫妻のマンションに阿栗は忍び込んだ。

 悪さをしていれば、婦人が阿栗に気付き懐く阿栗に徐々に心を開いていく。

 その姿を見て、これはこれで現代のお伽噺にいいな、と金平はしみじみとした。

 道路の花束は、もう要らないだろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ