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第二十一話 幸せにできない人2――全部朽ちていく

 楼香と焼肉を楽しみ、美味しい肉を堪能して次の日はカプセルトイを漁る。ガシャガシャを堪能してから楼香の家に戻れば、とんでもない光景が広がっていた。

 花壇だ。花壇のコスモスは活き活きとしているのに、周りの花が全て枯れている。

 生気を失ってしおしおとしている。

 これはどういうことだとショックを受けていれば、楼香が庭先を弄っている。枯れた花の処理をしていたのだろう。少しだけ寂しげだった。


 ――嗚呼。自分のせいだ、と感じた。

 楼香の大好きな花を枯らせて、大好きな花を死なせたのは自分のコスモスが明らかに原因だ。


「楼香くん……」

「ああ、お帰り。おやつにしよか」

「ごめん、なさい……」

「なあんにも。謝ることなんてないって」

「でも……」

「ほら、おやつにしよ。ちょうどいい、どら焼きあるんだ」


 楼香は縁側に上がると手を洗いに向かってしまった。

 蒼柘榴はこのままではいけないと感じて、懐からランプ用のヒュドラからとった油を取り出す。

 蛇の油は昔から万能薬で、神仏から採れた油なら延命措置にも効く。

 蒼柘榴はヒュドラの油を、楼香の花壇にふりかけた。

 人と違って花なら使って良いだろうという思案だ。


 花はヒュドラの油がかかれば、瑞々しく咲き誇り、美しさを取り戻し若々しくなった。

 人々ならば欲しがる若返りの薬にも似ている。

 楼香はどら焼きとお茶を持ってきてから、庭先の花を見てむすっとした。

 どうしてそのような顔をするのか、蒼柘榴には判らない。


「楼香くん?」

「なんかしただろ、駄目だろお前。それをしちゃあ」

「え、でも」

「あたしが言うのもなんだけどさ。命を自由にしちゃだめだ」

「でも、短命は悲しいでショウ?」

「ううん、そうなんだけど。まずいな、言葉が浮かばない。自然に生きたいこともあるんだよ」


 蒼柘榴はこれ以上はいけないと思った。

 それならお前はどうなる、との言葉を飲み込んで。

 油を拭ってから、楼香の頭を撫でてやった。


「わかりまし、た。とにかく、このままだといけない。コスモスをどかそう」

「……でもあんたのくれた花だ」

「……ううん、あげたけど、また悲しい顔を見るのは嫌なんでス」


 蒼柘榴は他愛もなくコスモスを抜いて処理をされていたゴミ袋の中へ突っ込んだ。

 楼香の少し傷付いた顔を見て、蒼柘榴はどうすれば正解だったのかも判らない――。


「ねえ、蒼柘榴。あんたんとこって花は咲いてるの?」

「ないデスよ、冥府だもの。咲かせられないってことはないけども。花壇もある。そういう空間も部屋にすれば作れる」

「なら花を育ててみようよ、そうしたらきっとあたしの言ってる意味、判るよ」

「そう? なら、やってみよう。楼香くん、手伝ってくれる? 冥府とこの世界の時間経過は違うから、きっと早めにお花咲いちゃうけど」

「いいよ!」


 楼香がにーっとまた元気になれば、その笑顔にほっとする。

 この笑顔を見て安心するのは、きっと友達だからだと蒼柘榴はご機嫌になる。



 *



 後日、冥府に何度か招待して、一室に、一つ花を植えれば花畑になる部屋を作った。

 空は真っ黒く。太陽の代わりに月がでている景色。

 そんな中でも、白い薔薇と黒い薔薇は育ってくれた。紅い薔薇を育てようとしても、色味はその二つに最終的になってしまう。土壌のせいだろうか。

 茨が時々傷むけれど、蒼柘榴は丁寧に育てられた。

 でもそれは楼香が世話している間だけ。

 蒼柘榴が世話を仕出すと途端に枯れてしまう。どんなに手を尽くしても、花は病むし枯れて死んでしまう。

 その度に楼香を誤魔化す為、ヒュドラの油を使い。活き活きしてる花のみを楼香には見せている。

 楼香はそんな事実つゆ知らず、白い薔薇に触れて嬉しげに笑った。


(嗚呼、そういう)


 薔薇に触れている楼香を見て、蒼柘榴は心が痛む。

 花の思いではなく。


 蒼柘榴は楼香を決して幸せに出来ないのだと、思い知った。

 楼香を絶対的に不幸にする存在がいるとしたら、自分だという自覚をした。

 楼香は真実をねじ曲げないと、喜んでくれないのが目の前の姿だ。


「蒼柘榴、よかったでしょ、花を育ててみてさ!」

「――ううん。ワタクシは、愛でるのは難しい。だから、そうだね」


 楼香の後ろから白い薔薇の花弁に手を重ねて触れて、抱き込むような形にて蒼柘榴は頬笑んだ。


「育てるのは、一輪でいいな」


(貴方だけ、いればいい――貴方だけ愛してる。だから貴方がもし、あの花のように理不尽に死んだら。そのときは油を使うよ)


 ハデスは静かに傷付いて嗤う。





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