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第二十一話 幸せにできない人1――贈り物

 あの日結局誕生日の贈り物はできなかった。

 蒼柘榴は船の自室で考え込む。パイプオルガンでキラキラ星を奏でながら、あの日感じた苛立ちを考える。

 きっと、あれは。楼香の誕生日をきちんとお祝いできなかったからだと、蒼柘榴は思い込み、それならばプレゼントは何がイイだろうと思案する。

 虚空に鏡を生み出し、鏡に楼香を映し出す。

 鏡の中にいる楼香は花に水やりをしていて、とても微笑ましい。

 とても花の似合う子だ。似合う花は何だろう、と思案して見るも思いつかない。

 何となく過るのはスズランのような人だという思い。

 スズランの可愛らしさは綺麗さとも紙一重。凜々しくも毒性があって、気性の荒いけど穏やかな楼香らしい花だ。

 スズランは今の季節には合わない気がする、それならば違う花だと。コスモスはどうだろうと蒼柘榴は思案した。

 蒼柘榴はパイプオルガンをご機嫌に弾いてから、出かけようとするも、兄に声を掛けられる。バスローブ姿で湯上がりの様子だった。

 性愛担当の兄だ、珍しい休憩中の様子だ。体中には愛の痕が沢山合って気恥ずかしい。同じ見目だから余計に。


「何処へ行く?」

「お友達のところに」

「違うだろ、愛しの彼女だろ。俺にはようく、判る」

「紅い兄よ。ワタクシを一緒にしないでください。ワタクシは絶対に、性愛に飲まれたりしない」

「お前の潔癖症は相変わらずだな。だけどな、目が完全にイってるんだ。恋しい彼女が欲しいって。妻も愛人くらいは許してくれるんじゃないか?」

「……違う、これは。そんな感情なんかじゃない。ワタクシは、お前と違って、恋なんか嫌いだ。愛なんかにうつつを抜かさない」

「認めろよ、お前もそいつとキスや色々、したいはずだ」

「ちがう」

「違いやしない。ただお前には誰も幸せにできないだけだ、その恋は諦めたほうがいい」


 この兄は意地悪な奴だけど、ただ愉快さだけで虐める奴ではない。

 蒼柘榴に伝えたい何かがあるはずなのだろうけれど、蒼柘榴には判らない。判りたくない。

 蒼柘榴はパイプオルガンをがしゃんと鍵盤を叩くように立ち上がると、逃げるように去って行った。逃げる間際に兄を睨み付け。その瞳は今にも泣き出しそうな嫌悪が滲んでいた。


 *


 三人に分かれたときから、性愛の兄と妻を嫌悪していた。

 よくぞあんなに獣のような声で、下品な行いを二十四時間しつづけられるな、とうんざりだった。

 仕事をする兄は無関心で、自分だけは自由を許され。自由を遊ぶ権力の固まりだった。

 優雅な振る舞いをできるのは全てその二人のお陰だった。

 自分が一つのままであれば、今でも妻の相手をしがてら仕事をして、自由な時間などなかったはずなのだから。

 だからこそ、性愛を嫌悪する。

 蒼柘榴は恋や愛など固執したくなく、嫌悪していた。

 ひっきりなしの気持ちよさの歌声は大嫌いで。楼香と出会ったとき、やっと安心した。

 歌声のない女性だ、と安堵した。

 だから。この感情は、友情であってほしい蒼柘榴だったのだ。




 絶対に、恋などは遠い存在になりたかった。


 ――人間界にくれば、犬の散歩する女性とすれ違う。

 女性は蒼柘榴に見惚れている。だからこそ女性は苦手だった。

 この見目を特別視しない楼香を気に入っていた。


 チャイムを鳴らせば土いじりをしていた楼香が横から顔を出す。


「ああ、開いてるよ。荷物あるなら和室おいときな」

「ガーデニング、でスか」

「そうそ、折角時間出来たし可愛い子面倒みないとね」

「ここに特大の可愛い子がいまスよ♡」

「……頭うったの?」

「あ、ひどい。ワタクシのことではなくて。誕生日プレゼントでス、遅れましたが、どうぞ」


 蒼柘榴は地獄産のコスモスを手渡す。

 コスモスは凜として咲いていて、地味でも派手でもなく、野菊らしく可愛らしい。

 地獄産だからか少しだけ黒みがかった花だ。

 楼香は嬉しそうに受け取ると驚き、へらっと歯を見せ笑った。


「ありがとう! へえ、大事に育てるよ!」

「鶯宿くんからは何か貰ったんでス?」

「ああ、いや。でもそうだな、これがプレゼントだと思えば良いのかな。あの日に一回帰ってからあいつ、会ってないんだ」


 楼香は首元のネックレスを見せれば、微苦笑した。

 青のスワロフスキーが鶯宿っぽい気がする。

 選んだのが鶯宿であれば、相当なセンスの良さをしていて少し、花だけを贈った自分が気恥ずかしい。


「ワタクシが門番してまショウか?」

「いやいいよ、頼もしいのがどういうわけかしてくれてるみたいだから」


 楼香が笑って遠くの木陰を見つめれば、木陰から気配は消える。

 見張っているのはなる程、どうやら兎太郎らしい。

 確かにどういうわけかわからないが頼もしさはあるだろう、何せ今まで騒動を半分くらい起こしていたのは兎太郎だ。兎太郎が仕掛けないなら、何も起こらないに近しい。


「楼香くん、今日はワタクシが焼肉をおごりまショウ」

「え、ほんと? あんたなら高いの食べちゃうよ、この間みたいな店はやめてね」

「ふふ、構いまセン。楼香くんの夕飯も魅力的だけど、今日は君も休みなサイ」

「はあい」


 楼香は返事するとコスモスを植え替える準備をし始める。

 蒼柘榴の用意したコスモスは花壇の中に陣取って見えて、蒼柘榴はいたく満足した。



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