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第二十話 葡萄の滴る喉2――兎は呆れる

 監視を続ければ一本傘という妖怪が人間に化けて、楼香の家を訪れた。楼香は招き入れると和室へ案内した。

 兎太郎はおいおい大丈夫かと身を乗り出しかけながら、双眼鏡を改めて覗き直した。

 一本傘は自分の知る中では一番いたずらっ子な気質をしていた、とくに楼香の招いた一本傘は個体の中で一番常識の無い個体で有名な傘の一族だ。黄色い番傘の一族は大体やばいやつだと、どの一族にも言われている。

 噂が畏れなるものからなら誉れだが、ただに嫌われ者としての噂だ。

 案の定一本傘は和室にビニールプールを置いて遊びだした。

 ビニールプールの中に水をたっぷりと注ぎ込んでいる。

 折角の和室がとんでもない目に遭いそうだ、と見てられなかった。

 物の怪から見ても、極上の和室で持ち主は相当センスがよいと見受けられるのだから。台無しにしたら妖怪一派からも嫌われるだろうに。

 一本傘はビニールプールの中で、お気に入りの人形を取り出した。

 お気に入りの人形は水の中に入れればみるみると潤った。水が必要不可欠だった様子だ。

 だがしかし、楼香には関係ない事実だろう。

 現状は極上の和室に、許可も無くビニールプールお水入りだ。

 水しぶきが時々零れている。あれで片付けるとき水を大幅に零しでもしたら最悪だろう。


 案の定テレワークの休憩で一階に下りてきた楼香はぶち切れていた。

 それはそうだ、噂ではあの和室は大好きな祖父の形見だろう。

 一本傘はビニールプールの処理をさせられてから追い出され、わんわんと泣き崩れていた。

 常識という物を妖怪は知らないし、人間界のことなどお構いなし。

 だがしかし、楼香の宿は人間界に関わるという明確な意思を持たないと泊まりはしないはずだ。

 人間界に関わりたいのなら、楼香と話したいなら、一度常識の種類を知っておくべきだとは感じる。


 一本傘は泣き止むと、楼香の家の周りで人々に悪さをし始める。

 さて、そろそろ出番か、と兎太郎は重い腰をあげた。


 *



「ひぃっ!!!」

 一本傘は追いかけてくる兎太郎に慌てて逃げ惑う。

 ただちょっとの間、楼香にちょっかいを出そうとしただけだ。

 楼香が気に食わないから周りを脅かし、さて楼香にポルターガイストの本番だあやかしの化かす力を見せてやろうと意気込んだだけだ。


 兎太郎はコートを翻し、つかつかと歩み寄ってきて、逃げ場を無くすように足でばんっと壁を蹴られた。

 一本傘は腰から力が抜け、兎太郎をへなへなと見上げていた。


「堪忍してくれよう」

「駄目だ、悪さはよくない」

「お前が言えたことかよう、おいらただ。ただ遊びたかったんだ」

「そうだな、それはとても判る」


 時代が変わって、悪さも許されず。

 遊び方も考え方も変わっていく寂しさは、兎太郎は身に染みた。

 現状好物が自然物だと理解されない今の文化のようだ。


「判る、けど。小生の役目は、あの家に悪さするやつの排除だ」

「ごめんよう、ごめんよう。おいら、まだあそこのメシくってねえよう! 食いたいんだ、腹減ったんだ!」

「それならとっておきの土産があんぞ、坊や」


 金平が壁からすうっと透けて通った。

 身を壁から通路に現した金平はまじまじと一本傘と兎太郎の二人を見やると、そっとタッパーを取り出した。


「アタシゃ許さなくていいって言ったんだがな、土産だけとっておけと。次回から気をつけろとの話だ」

「お、おやぶんっ!」

「はい、これはおめえさんにでえ」


 金平はタッパーを一本傘が受け取り開けたのを見れば微笑み。

 タッパーの中身に一本傘もぱああと顔を明るくした。


「おはぎだ!!」

「何やら大事な奴の命日近くだからって作りすぎたんだとよ。食ってやれ、それで償いにしてくれるらしいぜ」

「ううっううっ、すまねえ、すまねえよ!」

「ばかもん、そういうときは有難う、だろ」


 金平は笑って一本傘の頭を撫でてから、兎太郎と目を合わす。


「おめえ宛には玄関にある」

「え」

「嫌そうな顔をするな、きっとおめえさんも気に入る品だ」



 一本傘を連れて金平はふらりと夜の街へ溶けていく。

 見送ってから兎太郎は白﨑家の軒先に。扉の前に立つと、無作法に籠の中に入った梨とぶどうがある。

 ぶどうは種付きで下手にでかでかしくない、粒が控えめなもの。

 色もやけに黒々してない、安物の品だ。


 籠を抱えると兎太郎はぶどうの房を持ち上げ、下から食らいつく。

 葡萄の味は、甘すぎず。加工もされすぎてない。

 昔ながらの酸っぱさも感じる。


「やっぱ嫌いだわ」


 自分の好みを語っていないのに。

 自然物を贈ろうと発想する頭は、冴えすぎていて。

 あまり好きになれないな、と梨にも齧り付いた。


 果汁は自然独特の、毒々しさにも似た強い甘みだった。

 懐かしい、味を久しぶりに食べた気がする。



「喉が、渇いた」


 兎太郎は、ようやく餓えと寂しさを自覚した。

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