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第十九話 葡萄の滴る喉1――兎は眠る

 兎太郎は木の上でさきいかを袋から大量に鷲づかみにすると、強固な顎で以てくちゃくちゃと噛み千切る。

 くちくちと抓むいかは塩辛いだけでなく、旨みも含まれる。うまいにはうまいが、乾き物ばかりが続けばどうにも嫌気が差す。

 兎太郎は自然由来の食べ物を好んでいた。

 魚は採ったらその場で塩を掛けて焼いて、野菜は水洗いしたら茹でるか生かのどちらか。

 加工食品も調味料も好きではない。

 以前楼香の家で食べたテリヤキチキンとやらは、調味料たっぷりで人間界そのものを嫌になる。

 昔は良かった、薄味の文化ながら旨みがしっかりしていた。

 好みの味がよく流行っていて、甘味は毒物に感じるほど味の強さが薄かった。

 その中にも、美味しさは確かにあった。

 丁寧な下ごしらえ、処理がどの家庭にも行き届いていて、つまみ食いを勝手にするのが好きだった。

 添加物だらけの食品は好きじゃない。

 さきいかは出来るだけ添加物の少なめのものを選べば、だいたいが高い。

 いつの間にか自然派は、高貴な趣味になり、天然物に拘る食品をオーガニックだのと名前をつけられてしまった。



 双眼鏡で眺めれば楼香はテレワークをしながら朝ご飯に、菓子パンを選んでいる。

 クリームパンだと判るなり、脳内で加工されていく卵を連想してどうにも寒気がたつ。

 兎太郎は双眼鏡で眺めながら、楼香について知っていった。

 朝は強めの体質で、料理の評判がよい事実。

 妖怪には劇物のようなあの味の強さや、様々な加工は高評価だ。

 元々妖怪は俗物的なものが好きで、とくに昨今値上がりしたハンバーガーの食品などこってりめを珍しがって好む者も多い。

 未だに時代錯誤に犯された妖怪もいるし、先進的だからとベジタリアンを名乗るものもいる。

 そのいずれにも好評だった。

 確かに野菜の方の下処理は好みだったかもしれない、と兎太郎は思い返しながらさきいかを噛み損ね、唇を噛んで痛める。

 口元を摩りながら、楼香を覗けば着替えるところだったようで、持っていない瞳をそのまま向けた。


「輝夜のがでけえが、形はいいな」

「まあ、先生の見た覚えあるの?」

「あの女。風呂を襲撃しても叫びもしなかった、可愛くねえよな」

「それには賛成。それで順調ですか」

「ご覧の通りだ。あいつのとこに警護なんて要らねえだろ。御大将は何をお考えだ」

「お前に仕事を与えて、動かさないようにしたかったのでは?」


 市松ががさっと逆さまに現れて、枝に足を引っかけぶら下がっている。

 枝に腰掛け直した兎太郎は急に現れた市松相手に、楼香の感想を伝える。


「あんな代物、どこで見つけてきた」

「ふふ、人脈には縁があるの」

「とんでもねえ女だ。周りもハデスがいるあたりとんでもねえが、もっとやばいのはあいつの本質だ。お前も気付いてるだろ」

「そうですね、ただ綺麗な物がお好きなだけじゃない。僕はあの子の、何故綺麗な物が好きなのか、のあたり。興味あるの」

「そうだな、手前の好きな狂った善性が見えるからな。手前はいつも、綺麗事を砂糖菓子で塗り固めてる腐乱物が好きだよな」

「そうね、綺麗な見た目で賞味期限の切れたケーキなんて。夢みたい」


 市松はぶらぶらと垂れ下がる姿勢を整え、足でぶらさがるのをやめて、腕でぶらさがった。

 懸垂のように筋トレし出す。


「よせ、やめろ。揺れて気持ち悪い」

「ちゃんと大人しく言いつけ守るなんて、偉い子ですねえ兎ちゃんの一族は」

「御大将には媚びておいたほうがいい。このまま猿田彦が王だろうと、御大将が王になろうと。あの方の人望は潰えない」

「……先代からの期待が引き継がれているのですね。いなくなってから判るものです、先代の偉大さは。さて、僕は清掃のお仕事の時間だ」

「行ってこい、そんでもってそのまま永久に失せろ」

「はは、手厳しい。また戻ってくるから見張りしっかりね、ハニー」

「うぜえ、手前はだから嫌われるんだよ」


 市松の揶揄い癖はどうしても好きになれない兎太郎。

 呆れているうちに市松はいなくなり、白崎家にも客人が来たようだった――一本傘だ。


 悪戯好きの出現に、兎太郎は面白い見物になって欲しいなと願う。


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