第十八話 不満の配役3――大将は隠れ嗤う
夕飯には焼きさんまと栗ご飯。ニラ玉と、海鮮サラダ。お吸い物はあさり、お漬物は茄子の浅漬けだ。
焼き秋刀魚にわっと大喜びした阿栗は笑って食卓を一緒に囲んだ。
阿栗は泊まる予定はなかったのだが、栗ご飯を手伝ってくれた代金代わりだ。
ぶつぶつ文句を言っていた金平も料理を見れば、うわーと大喜びし、全員で手を合わせていただきますをした。
「きんぺー、これあげる」
「ぶっは、秋刀魚の綿食えないのかおめえ。しょうがねえなあ!」
「おいしーよ、楼香ちゃん。ごはん、おいしい。でも、くりむずかしいね。つかむの」
「スプーン使う?」
「いいの?」
「いいにきまってる、食べやすい形で食べてちょうだいよ」
楼香がスプーンを差し出せば、金平はもじもじとしながら楼香に申し出る。
「あのう、楼香ちゃん、お願いが」
「なあに、気持ち悪いわねその動き。くねくねしてて」
「へっへっへ。日本酒なんてえのはねえか……」
「あ~、あるけど、銘柄はあんまり拘りあっても知らないよ?」
「ふふふふ、鬼さまがいるなら名酒もあるとふんでな。その鬼の酒を分けてくれねえか」
「怒られてもしらないんだからね」
楼香は酒の温度を聞けば、そのままでいいと言われそのままグラスに注いで持ってくる。
金平は秋刀魚とあわせて酒を飲んでいけば満足そうだ。
「いやあ、天国だな」
「酒の分は別の働きしてもらうからね」
「へいへい、しかしおめえの目は不思議だな。悪い出来事を起こそうって気にならねえんだよなあ。仲間といるような感覚で」
「いろいろな出来事が重なったから、それで認められてるのかもね」
「だとすれば、アタシたちはおめえのことは嫌いになれねえんだよな」
酒の旨さに呻きながら、金平はグラスをまじまじと見つめる。
「趣味の合う酒だ。この酒を選んだ鬼もきっと、いいやつだろうな」
*
月が昇りきって、夜更けすぎ。
楼香はもう深い眠りに就き、この家で起きているのは金平だけになった。
金平は扇子を仰ぎながら、和室から縁側に出る。
真っ黄色の半月とともに兎面の男が塀に腰掛けているのが目に見える。
兎面の男は背中に月を背負い、金平が縁側に仁王立ちすれば、即座に膝をついて傅いた。
頭を垂れて、金平が喋るまでは喋らない。
金平はぽりぽりと頬を掻いてから嗤った。
「アタシの存在などお忘れかと思ったよ、アタシに頭下げるってことは猿田彦は嫌いなのか。おめえんとこの頭領のはずだが?」
「猿田彦は我が一族には相応しき男に御座いません。勿論、我等あやかしの大将にも」
「そうかい、おめえさんはアタシの派閥だっていうんだな」
金平は胸元からキセルを取り出せば、草を摘め火を点けた。
軽やかにキャメルの香りがする。
すーっと煙を吹き付けるように呑めば、金平は目を半目にする。
「おめえの性質ならアタシに反逆するかと思ったんだがね、しねえんだな」
「御大将にとんでもない。貴方様は非常に面白き御方。我等が面白い者に惹かれるのは当然で御座いましょう」
「なるほど、面白い内は従うってえことか。なら話は早い。おめえの悪さの話は聞いてるよ、兎太郎。おめえが本当にアタシに反逆しないか確かめさせて貰おう」
「なんなりと」
「この家を、楼香を守って見せろ。期限付きで構わねえ。ちいと用事があってな、用事にこの家が不可欠だ」
「恐れ多く乍らも、用事とはいったい……」
「おめえ、うちの叔父を知ってるか。銀次っつう先代のぬらりひょんだ」
「はい、何やら人間と恋人関係にもなったことのある方だと……」
「アタシゃね、その血族の行く末を見たいんだ」
金平はふーっと煙を上らせながら、紫煙を飲み込む。
柔らかな眼差しに、察しの悪い兎太郎でさえも察する。
「血族の子が、この家をお気に入りだ。壊したら、判るな?」
「ええ、ええ。判りました、警護致します」
「おうおう、なあに、ずっとではないから安心しろ。市松、おめえも覗いているんだろう、出てこい」
名前を呼ばれれば、しん、と静まりかえっている。
兎太郎が一礼をしてから、花壇の影を掴むと影の中から市松は現れ、耳を引っ張られている。
見つかった後は大人しく兎太郎と一緒に傅く市松だ。
「何で御座いましょう」
「おめえさんたち二人の話は聞いてる。二人とも、日記に夢中だとな」
「……ええと」
市松が声を泳がせ、兎太郎は無言を貫く。
二人の反応を見て、金平は噴き出した。
「人間世界がどうなろうがアタシゃ興味ねえからいいんだけどな、ただ叔父の大事だった子の血族だけは巻き込むな」
「……阿栗さんのことですね」
「然様。あの子の血族を兎太郎は今まで知らなかっただろうからな、これまでの経緯は不問とするが、これから先は判ってンだろうなア」
「はい、有難う御座います」
「さて市松。おめえさん中々姿見せねえし、折角こうして見つかった良い機会だ。二人に言っておく、日記には手を出すな」
「でも、御大将ッ」
「兎太郎、いいか、よく聞け。あれは、関わってはいけない代物だ。人間が勝手に自滅してくれるなら構わねえ。あやかしが関わるとならば、笑い話で済まん力が潜んでいやがるってんだ。くわばらくわばら。近寄らなけりゃ災いもない。この話はこれで終めえだ、二度は言わねえぜ?」
金平は欠伸をすれば、ぴしゃりと障子を閉めて、そのまま和室に引っ込む。
「あらら、不機嫌顔。そんなに楼香さん守るのおいや?」
「遊ぼうとしていた玩具を大事にしなきゃなんねえってつまんねえだろ」
「ふふ、兎太郎、案外お似合いですよ」
「言ってろ、女顔」
「女顔を集める趣味で悪かったですね、綺麗な人は誰だってお好きでしょう?」
兎太郎と市松が揉め出せば、威圧感が障子越しから伝わる。
五月蠅い、という意味合いだろうと、二人は黙り込んで解散した。
*
朝になれば遅刻してしまい、はっとする。
テレワークの日々が長すぎて、今日が出勤であることを忘れかけていた。
「朝ご飯は勝手に冷蔵庫漁ってていいから! 鍵はポストにいれておいて、じゃあね!」
「おうおう、せわしねえな、嬢ちゃん髪の毛はねてんぞ」
「そういう髪型なのよ! いってきます!」
どたばたと楼香は駆けていく、曲がり角でまたいつものように誰かとぶつかる。
どうにも不注意が続くと、楼香は倒れかけた身をぶつかった主に支えて貰う。竜道だ。
竜道は飄々としながら、楼香の体勢が整うのを手伝う。
「重くなったなあ、太った?」
「ぶん殴られたくなければ五秒で放せッ」
「待って待って、既に殴ってるじゃあん?!」
「あんたに構ってる時間はないのよ!」
「わーい、かまちょ付き合ってくれてありがとお」
「そういうところほんっとに嫌い!」
楼香はローキックをがすがすと竜道にいれていれば、竜道はひどく痛がって楼香を放した。
竜道は涙目で楼香に手を伸ばすが、楼香はばたばたと駆けていく。
「ねえねえ、今度あそぼうよお」
「駄目、ぜったいやだね!」
「男女だった仲でしょおー?」
「余計にいやにきまってんじゃねーか、そんなん!」
楼香は振り返ってべーっと舌を見せてからまた駆けだした。
いてて、と竜道は腹と足をさすれば、しゅたりと兎太郎が下りてくる。
「随分と騒がしい関係だな、手前の狼は」
「うーん、そういうところ可愛いんだけど。でもお前、楽しそうに笑ってる」
「ああ? 馬鹿言うんじゃねえよ」
「ほんとほんと、少しだけ何だかお前あの子見て楽しげじゃないか」
竜道に指摘されれば兎太郎は口を真一文字に閉ざし、ばっと姿を消して楼香を追いかけた。
竜道はふふ、と笑って手をひらひらと振って楼香の背中に、二人分のいってらっしゃいを込めて置いた。




