第十八話 不満の配役2――謎の客人
道ばたに倒れていたのは、白髪に黒目の少年だった。
年の頃は十八くらいに見えるが実年齢はきっともっとだいぶ上だ。
黒飴のように真っ黒い瞳は楼香を認めれば細まった。
市女笠を頭からおろし、漢服を揺らした。
黄土色の生地に、赤いヒモで結わえ、黒い腰帯とパンツ。
ブーツは真っ白い。
腰元にあるのは、大きな扇子と見受けられる。
「おお、助かった助かった! なんでい、良い奴じゃアねえか、おめえさん!」
「あんた、泊まりにきたひと?」
「そうでさあ、アタシのこたあは金平と呼んでくだせえ。これでもおめえさんよか、だいぶ長生きしてんのよ」
「阿栗の知り合い?」
「しらないよ、そもそもおれは怪異なりたてなんだ」
阿栗がきょとんとしながら焼き芋にチューブ状のガーリックバターを掛けて食べ始めれば、金平はほわあと阿栗を見て頷いてはにかんだ。
阿栗の子供らしさが和んだ様子である。
「アタシはそんなに怪異どもにも有名でなくてね。ずっとひた隠しにされていた存在だから。知らなくて当然だ。仕事の都合でね、ちょくちょく人間界に来なきゃならなくなったんだ」
「だから頻繁に宿に泊まるって意味?」
「そうそ! 五日のあと連続じゃなければまた利用していいんだろぃ? 人間界に近い宿があるなら、一番動きやすいんだ」
「へえ、色々あるのね。焼き芋いる?」
「いるいる! こちとら腹の虫がずっとのたうち暴れ回っていたんだ、助かるよ、嬢ちゃん!」
「白﨑楼香よ、楼香って呼んで。今は居ないけど、後日鶯宿って鬼が此処で護衛してるから。泊まりがけで。仲良くしてね」
「へえ、鬼を飼い慣らしてるのかぃ」
「野蛮な言い方しないで! あたしは対等のつもりだよ!」
「はは、肝っ玉の強そうな楼香ちゃんだもんな、わかったわかった」
「対価はどうする?」
「ああ、そんなら来るときに愛嬌振りまいたから今頃来ると思うが……」
金平が外を気に仕出す頃に、ちょうどチャイムが鳴る。
楼香は嫌な予感がして玄関先に出れば、ご老人方が一生懸命食べ物やお米を持ってきている。
「白﨑さん、昨日じいさんが夢にでてきてね、お供えを白﨑さんに受け取って貰えって……」
「うちのほうも、母ちゃんが夢に出てきて……」
「うちは御仏様からのありがたいお言葉が……」
こぞって有難いお告げを見たと楼香に食べ物を渡そうとしながら、拝み出す。
楼香はこれは受け取れないと、老人の大群を丁寧に押し返し、扉を閉めた。
玄関に寄ってきた金平を見れば、金平はどや顔だ。
「どうだ、食べ物いいのあったか? あれが対価だ」
「受け取れねえっての! 馬鹿、料理の手伝いして貰うよ!」
「どえっ!? なんでえ!? アタシぁ一生懸命力使ったのに、いてえいてえ! 首抜ける! おいくそ楼香、覚えてろ!」
楼香は悲鳴を聞かない振りして、金平の首根っこをひっつかんで台所に立たせた。
阿栗はその様子を眺めて、何の怪異だろうと不思議に感じるのだった。
*
今日の阿栗は大活躍で、晩ご飯の栗剥きを金平と一緒にやっていた。
阿栗は器用な手つきでさっさと剥いていき、その三倍の遅さで金平は苦労していた。
「うっうっ、あたしゃ食べ物持ってきていたのに……」
「あれは他人のお供えで、あんたの持ち物じゃないでしょ! 手を動かす!」
「うっ、うっ。ひでえよう。阿栗ちゃん、すげえな手ェいたくならねえのけ」
「いたくないよ、おれはつよいんだ」
「みてみて」
皮むきに飽きた金平は栗を手品よろしく消して、世界各国の旗を次々と生み出して最終的にハトを飛ばした。
阿栗はきらきらとした顔つきで喜んだが、楼香の神経を逆撫でする。
「栗を消すんじゃない!」
「うっうっ、鬼の住む家だよう」
「鶯宿がいるっていってるだろ?」
「鬼なのはあんたさ、楼香ちゃん。とんでもない女だ! ユーモアってもんがまるでおめえにはねえんだ。もっと華やいで笑って人生傾いていこうぜ?」
「傾いた結果、行き倒れ? やだねえ、そんな人生」
「ああ言えばこう言う! ああもう、こんだけ使わされたんだから、とびっきりうめえ夕食頼むぞ!?」
「おれはねえ、くりごはんがいい」
「阿栗――そうか、おめえの名前にくりって入ってるから、栗好きなのかぃ」
「そう! 人間の時の名前は違うんだ、坂口柚月っていうんだよ」
楼香に聞こえないよう、ひそひそと阿栗は金平に教えれば、金平は聞き覚えのある名字に目を見開いた。
「おめえんとこ、とびきり可愛いばあさんいなかったか?」
「うん? おばあちゃんのことはおぼえてないけど、かわいがってもらっていたらしい。パパとママのはなしでは」
「……そうか、不思議な縁だ。多分うちの叔父サンは、おめえの祖母さんと知り合いだ」
金平はにこーっと笑いかければ、阿栗は驚いてからそうなのか!と大いに喜んで飛び上がった。
尻尾が揺れながら夕方が早めに下りてくる。




