第十八話 不満の配役1――神の試練
前回、楼香が迎えに来た、神域の世界のぎりぎり縁にまで歩み寄る。
鶯宿は今回は自我がある、自我を持った状態で縁までくれば、湧き上がる衝動に戸惑う。
この世界は触れるだけでも本能を強く刺激され、本能のままに従いたくなる世界だ。
そんな世界で本能を押さえつけ、理性で生きていくのだから神はとてつもないものだと感じる。
鶯宿は黄色い湖の上に立ち、土下座した。
いや、これは願い事故のものだったので、謝罪の土下座ではない。
鶯宿はそのまま神域の注目を浴び、潰されそうな威圧感とプレッシャーの中願いを告げた。
「どうかこの世界にお認めになってください。それしかもう、私の道はないのです」
『誰を師と仰ぐ?』
虚空に誰もが泣きたくなるほど暖かい声が広がるが、鶯宿には胃液の出そうなプレッシャーに感じて、額を水面に擦りつけた。
「金剛力士様を!」
『――よかろう、その者ならば了承している。しかし通過儀礼として、お前に試練を与えねばならぬ』
「試練?」
『いかなるときも、我々が見つめていると思い知れ。お前に我等の加護があらんことを』
代表者の言葉はぐわんぐわんと脳に何重にもなって聞こえ、鶯宿はそのまま気を失った。
空はほんのりと雲が過っている。
*
現世では水色の空に、雲が過る。
阿栗は空を眺めぽかんとしていた。
ばちっという火種の音でぼっと尻尾を膨らませ、はっとする。
今は楼香の家で焼き芋を焼こうとしていたところで、阿栗は手伝いをしていたのだ。
報酬の焼き芋は魅力的で、ガーリックバターでもつけて食べたいなと、顔に画いた。
阿栗はアルミホイルに包んだ焼き芋の入ったたき火をかき回す所作をする楼香に、ねえねえ、と声を掛けた。
「おこられないの?」
「誰も怒らないよ、うちが一番近所で偉いんだ」
「じ、じぬしさま?」
「……地主さまのつぎに、えらいの」
楼香の根拠のない自信に、阿栗は気付くとやれやれと息をついて腹を鳴らした。
腹の虫はたき火に反応し、ばちばちと燃えさかる炎に合わせて泣き止まぬ。
すっかり暑かった夏は遠ざかり、あっと言うまに冷え込むのだから人間界は大変だ、と阿栗は上着を着た楼香に見やった。
「あ、ほら、これなんかどうかな。そろそろよさそうじゃない?」
「ほんと?」
楼香は真っ黒に焦げたアルミホイルをつついて、転がせば軍手で開き。半分こに割ればほかほかの焼き芋だ。
阿栗と半分に割った焼き芋を分け合い、あつあつに口にする。
「あうい、楼香ちゃん、おみずう」
「熱いのだめか、ほらお茶だよ」
「ありがとう、あふ、あふ。おいしい!」
冷たいお茶と交互に焼き芋を口にすれば、阿栗は顔をぱああと明るくした。
ぱたりと尻尾が揺れてから、ぴーんと伸びる。
美味しさで咄嗟に現れた猫耳は楽しげに倒れたり起きたりを繰り返している。
「とってもおいしいねえ、おいしいねえ」
「ほら、お待ちかねのバターだ」
「がーりっく! がーりっくばたーがいい!」
「はいはい、阿栗はこっちね」
楼香が市販のガーリックバターを手渡せば、嬉々として阿栗は食べている。
鶯宿も紙様になりに行くと、出て行って三日ほど経つが。帰ってきたらいいのにな、と思案し楼香は焼き芋を口にする。
鶯宿の好きそうな味だし、市松は全部独占したがりそうな味だとも思った。
塀の先でばたん!と音がした。
「ほらあ、きっとおこりにきたひとがいるよお」
「ええ? そんな、近所のやつらはあたしに逆らえないはずなのにな、昔焼き入れたから」
楼香の物騒な発言に阿栗は瞬きながら塀を飛び登り、眺めると、あー!!!!!!!と声をあげた。
「楼香ちゃん、たいへん。怪異だ。怪異がたおれてる」
「うちの客か。それなら拾っておかないと」
楼香は火を消してから、塀の外――道路で倒れている怪異を家に上げた。




