第十七話 三者三様3――この身が燃えても
遠い遠い昔。楼香が幼い頃。
地獄にまで歩んだ記憶がある。
生きながら地獄まで歩めたのだ。
どうやって道が繋がったのかは思い出せない。ただ事実としては楼香は生きながら地獄に来て、鶯宿に見つかった記憶だ。
「ここどこ、おにいちゃん」
「うわ、ちいせえお嬢ちゃん。来ちまったのか、若いのに悲しいな。ん?生きてるなお前。じゃあ迷子か」
「帰りたい、パパとママに会いたい。二人とも珍しいお土産もって昨日帰ってきたばかりなの!」
「いいぞ、それなら連れて行ってやる」
「お兄ちゃん名前はなあに、あたし、ろうか! しろさきろうか!」
「鶯宿だ」
衣冠単姿で鶯宿は楼香を連れていき、現世に戻る。
不思議なことに楼香の両親の元には、白く細い糸が案内してくれていた。
現世に戻れば楼香の両親は丁寧に鶯宿にお礼を告げ、楼香もまた道中で鶯宿に懐き。
鶯宿はそのまま七日ほど居座り打ち解け遊んだ。
鶯宿はその後地獄に戻り、地獄で罪に問われた――。
生きたまま来たとは言え、楼香は死ぬ運命だった。
延長させたのが鶯宿になってしまったのだ。現世に連れ戻したばかりに。
裁判で鶯宿は堂々といいのけた。
「あんな子供が、なんで死ななきゃいけねえかわかんねえっすよ! あんな、小さい子が! なにをしたんですか!」
「お前が知る必要はないのだ! 有罪!」
鶯宿はそのまま罰を受け、むち打ちを何百回も受けた。
鶯宿はむち打ちから解放されれば、現世に戻り楼香のもとに尋ねていった。
楼香は鶯宿を見れば元気そうに笑って喜んで寄ってきた。
「おにいちゃんだ! どうしたのおにいちゃん、あそぼ!」
「楼香、お前。死んじゃなんねえぞ、死んだら、駄目だ。お前は、いきるべきなんだ」
「……お兄ちゃん? うん、それならお兄ちゃんにこれあげる。パパとママから最期のお土産」
「――ギリシャランプ?」
「お兄ちゃんが隠していて。そしたら、誰にも判らないよ。これが、寿命なんだって」
「……楼香……判った。大事に、大事に兄ちゃんが守ってやるからな」
鶯宿はランプを受け取ると、自分の体に吸収した。
楼香の寿命を守り切ろうと。楼香を守った自分は正しかったのだと言い聞かせたくて。
幼い子供が死ぬ姿がいやだった。知り合ったなら余計にいやだった。
楼香のランプが誰にも居場所が分からなければ、誰にも見えなければ楼香は長生きしていつか自分とまた会える。
後日地獄の幹部達は会議を開いた。
「いつか白﨑楼香を見張りに行かせてやろう。そのとき、鶯宿、お前がなおもそいつを守るのならば、お前の正義は正しい。認めよう」
「もし守らなかったらどうするんですか」
「お前が許せぬ人物なら、そのときが白﨑楼香の終わりだ。お前が、あいつの寿命になったのだから。お前が主人の運命を決めろ」
「判りました、一つお願い事があります。俺の記憶と楼香の記憶を封じてください。公平になりたいんです」
「腐っても獄卒だな、お前は」
会議の結論は決められた。
白﨑楼香の寿命を決めるのは、鶯宿となった――それを楼香は知らないが。楼香と鶯宿が昔出会った事件は、楼香は思いだし。
綻んで鶯宿と額を合わせた。
鶯宿は思い出せもせず、只管泣いていた。
「鶯宿だ、鶯宿――ありがとう、ありがとう。ずっと守っていてくれていたんだ」
「何を言ってるんだ楼香。俺は、お前を守れていないから今、お前は怪我をしたんだろ!」
「咬まれたこと? そんなのなんとでもなるよ」
「片腕力入らないのにか! 生意気言ってるんじゃねえ!」
「なによ、ほんとだよ! ねえ、鶯宿、帰ろう! 帰ろうよ、ほら! 神様になるならないなら、お家に帰ってだってできるでしょ、多分!」
「おうち?」
「あたしの家が、あんたの帰るとこでしょ」
「――ッ……うる、せえ」
鶯宿と楼香の遣り取りを見ていれば、蒼柘榴は心がちりついていく。
冷ややかな視線にもなるし、僅かに嫌な気持ちが強くなってきて、淀んでくる。
心の膿を自覚する前に、この感情がなんなのか理解できず。
蒼柘榴は二人に声を掛けた。
「早く乗るなら、船に乗ってクダサイ」
思ったより冷たい声がでた。
いかんいかんと慌てて笑顔をつけたし、楼香たちへ頬笑んだ。
楼香は蒼柘榴を見ていない。鶯宿にじゃれている。
――嗚呼、羨ましいな、と感じている自分自身に蒼柘榴は驚くと、唇を噛んで二人の成り行きを待つ。
「帰る、判った。帰ってから、神に志願するよ」
鶯宿はついに観念して、一緒に帰り支度を始めた。
それまであった人間の死体はふわりと湖に溶けて沈んでいく。




