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第十七話 三者三様1――この声がかれても

 鶯宿は御菓子教室に通っていた。

 家のチラシに入っていた、手作りバースデーケーキというものに惹かれ、あと一月経てば楼香の誕生日だと気付いたからには行動していた。

 無料の会合は、材料費さえ持ってくれば構わない会合で良心的だった。

 問題なのは鶯宿目当てで通い始めてきた主婦たちだった。


「鶯宿くん、手伝って~。きれない~」

「鶯宿くんこっちも~力はいらない~」


 講師の顔は青筋立っていたので、鶯宿は怯える。

 講師にだって、主婦たちが鶯宿に甘えるのも、長いデコアートをしてきた爪をそのままにしてるのも、鶯宿のせいではないのは伝わっている。

 だからひたすら申し訳なくなるのは、鶯宿だった。

 三角頭巾をできるだけ目深に被り、角が目立たないようにし、瞳もカラーコンタクトをつけていて青色だ。

 日本人としては無理のある見目だったので、蒼を選んだ。


「自分たちでやれよ」

「男の子がそんな! 女の子に甘えられたら手伝うのが当たり前でしょお」

 女の子ていう年かよ、と講師と目を合わせて、生クリームを泡立てていく。

 スポンジは焼けて、あとは切ったフルーツやクリームを飾るだけだ。

 一番肝心の見目だというのに、中々主婦達の気合いは入らず、鶯宿に注目がいっている。

 鶯宿は居づらくなるも、最後まで講義を受ければ完成したケーキを手にする。講師は丁寧に褒めてくれたし、一番の苦労人である鶯宿に綺麗めの箱を渡した。


「これは市松あたりにでもくれてやろう。作り方は判った、あとは本番だ」


 鶯宿はケーキの箱をそうっと持って歩こうとした刹那、一緒の講義を受けていた一人の主婦が鶯宿の腕に甘えるような所作で絡めてきた。

 半ば抱きつくような親しげな行動に面食らっていれば、主婦は紅を引いた唇をにやあと微笑ませた。


「鶯宿くん、このあと一緒にケーキ味見しよ。駅前のカラオケなら持ち込みOKだし行こうよ」

「いや、あの、俺は帰りたいんで」

「そんなこと言わないで、寂しい~」


 鶯宿が困惑していれば、柔らかな肉が腕にあたる。

 その感触で感じるのは恥じらいではない、食欲としての飢えだ。

 瞳がぎらりと金色が濁る。


「あれ、その目……」

「こっちに来い」

「あ……」

「おいで」


 鶯宿の本能による招き声は甘やかで、表情も濃い色気が凝縮されている。

 その色気に否、と答えられる者はおらず、路地裏に招かれれば、鶯宿は――婦人を食った。食事の意味として。


 鶯宿が意識を取り戻したのはケーキがぐちょぐちょと溶けてからだった。

 綺麗だった箱は血に塗れ、目の前で誘惑してきたはずの主婦は骨すらも残っていない。

 やけに満たされている。

 自分が食ったのだと自覚すれば、悪鬼としての自我が芽生えているのだと自覚する。

 鶯宿は逃げるようにその場から逃げた。


(まずい、まずい、まずい!)


(おいしくなんてなかった、美味しさなんてなかったはずだ)


(なのになぜ、飢える!?)


 鶯宿は動揺しながら楼香の家に辿り着き、バタンと扉の内にこもれば扉に背を預けずるずるとしゃがみこんだ。

 こんなときにどうすればいいか判らない。なにをどうすれば。

 ふと、外にもう一度出てみれば、この真夏に桜の花弁が見える。

 ――吉野に、会ってみようと覚悟した。


 *


「お前から来るなんて意外だ」

「相談に乗る、と態度に出ていたからだ」

「相談に乗るよ、見ていたからな。悪鬼になったんだろ、人を食っていた。お前はどうしたい」

「楼香のそばにいたいが、そばにいると楼香を食いかねない」

「なら選ぶときが来ている。楼香を食ってでもそばにいたいか。神域にいって楼香から離れてでも神になっていくか」

「どっちもいやだ……」

「お前は神になりたいんじゃなかったのか」

「楼香から離れる時間が惜しいんだ! 人間の寿命がどれだけ少ないと思っている!? 楼香はとくに顕著だ、あいつの寿命はよくわかんねえ!」

「……執着か。それから離れないと神になるのも難しそうだな。ひとまず、自分でどちらを選ぶかようく考えてみろ。どちらを失う方が、お前にとっては楽か」


 鶯宿と吉野は再会し、公園で話し込むと二人は梅の木に背を預けた。

 梅の木は揺れ、鶯宿は俯き。項垂れている。

 吉野は空の遠くを見つめ、ううんと唸って考え込んだ。


「いつかきっと。判る日がくる。今が一生続くわけじゃない」

「それも、そう、だな」


 鶯宿は少しだけすっきりとしながら、後味の悪さを感じ取ると、ふらりとまた楼香の家に歩んでいく。

 足取り重く、ふらりふらりと帰って行く。

「もし、俺が悪鬼になったら。お前の手で殺してくれ」

 鶯宿が苦しみながら呟けば、吉野は儚い笑みで頷いた。

 吉野からすれば、ずっと自分を殺してきた男が最後に自分を頼るのは嬉しかった。たとえまた自分を殺す行いでも。

 鶯宿は鶯宿を殺すのが癖のようで、それは長年ずっと変わらない。


「楼香、お前があいつの救いなんだよ」


 梅の木に、狼の再来を願った。



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