第十六話 年の離れたおともだち2――子猫は項垂れる
「阿栗くんはどちらと仲良くなりたいのでショウか」
「ん……わからない。楼香ちゃんはいいひとだけど、かいいじゃない。とたろうはこわいけどなかまだ」
「君を虐めているのに仲間なんでス?」
「うん、おなじ、かいいだ。とたろうがいっていた。だからおれたちはおぎなわなきゃいけない、できないところをたがいに」
「それなら兎太郎くんが阿栗くんの出来ない箇所で補うところって、どこなんでショウ」
「……いじわるなことばかり、いわないで。わからないんだ」
「ああ、ごめん。疑問があるとついつい気になってしまいマスね」
蒼柘榴は笑って阿栗と和室で話し込む。
阿栗は蒼柘榴の用意した小鼠の形をした人形にじゃれている。
蒼柘榴は時々、その人形を操って動かし回して、遊んでいるのだ。
「阿栗くん、少しだけいいお知らせしまショウ、お詫びでス。阿栗くんのご両親の寿命が、このランプで判るのですが」
蒼柘榴は異空間からギリシャランプを取り出せば、灯火の灯るランプを揺らし、油の量を量る。
これならまだまだ長生きしそうだ、と微笑む。
「大往生しまス。じいちゃんになっても大丈夫。健康」
「すごい、蒼さんすごいねえ。どうして、どうしたのこれ」
「お兄さんはとっても偉い人なので、こういうの判るんです。さて、君のご両親は未来に心配は無い。なら、ご両親に何かが起きた時って、何が原因だと思う?」
「……いいたいことは、わかるよ、とたろうが、わるいやつ。そうなるんだろ? でも、おれは。おれまできらったら、とたろうひとりになっちゃう」
「一人にできない?」
「ひとりにすると、とたろうはせかいじゅうをきらいそうなんだ。なんでもぜんぶ、きらってしまうのはかなしいぞ」
「君がだいぶ判ってきたネエ、君はさみしがり屋の味方なんだ」
蒼柘榴は阿栗と遊び終わると伸びをした。
楼香が和室に顔を覗かせる、そういえば先ほどから良い香りが漂ってきている。
「阿栗もきていたいんだね、食べる?」
「たべる。きょうはなに?」
「豚汁と筍ご飯、それから鳥の煮物に、春雨サラダ。お漬物にきゅうりのピリ辛のやつだよ」
「からいのがある! とんじるにいちみいれていい?」
「いいけど程ほどにな」
わあい、と阿栗がにゃあと鳴きながらくるりと一回転する。
着地をする頃には人間の男の子になっていて、年頃はどうみても小学一年生の見目だった。
黒い髪に優しい紺色の瞳をしていて、大きくくりくりとしている。
尻尾だけは化けられなかったのか、二つの尻尾はラガマフィンの名残をしていた。
服装は七五三の着物で、黒に打ち出の小槌の柄がしっかりと刺繍されていた。
ぷくぷくほっぺに手をあてて、人間にしっかりと化けられた確認をすれば、楼香を見上げてにこーっと笑う。
「楼香ちゃん、おじゃまします」
「うん、いらっしゃい。蒼柘榴も席においでよ」
「今日はうざい餓鬼にうざい死に神か」
「鶯宿さんひどい! おれはうざくないよー?」
「うざいだろ、今日はめそめそするなよ。座れるのか席、机高くないか」
鶯宿が憎まれ口を叩きながら阿栗の面倒を見ていると、蒼柘榴もついていき、子供用の椅子を異空間から取り出しそこへ座らせた。
「つらかったらいうんでスよ」
「子供に手慣れてるねあんた」
「ははは、弟妹たくさんだったのでネエ。おにいちゃんだったのでスよ、ワタクシは」
一緒に食卓を囲み、一同は「いただきます」をあわせた。
筍ご飯は温かな匂いで胃袋を擽り、豚汁の味噌の香りもまた腹の減る匂いだ。蒼柘榴は日本に来てから、味噌汁の香りを嗅ぐと腹が減る仕様になってしまっている。
鶯宿が汁の中の豚肉を全部拾って、豚汁をはやくもただの味噌汁にしようとしている姿に阿栗は噴き出した。
「鶯宿さん好きなものからたべるほう?」
「そうだな、阿栗はとっておくほうだろ。まだその一味かけてないもんな?」
「そうです、おれはかしこいのでさいごまでとっておくのです」
阿栗はえへんと威張って、他の品を先に食べていく。
そういえばと楼香が冷蔵庫の方角を振り向いた。
「蒼柘榴からのお土産もあるからね」
「それはたのしみ! 蒼さんはセンスがいいにきまっている!」
「懐かれたな、そいつ死に神だぞいいのか」
「いいの、きっといいしにがみにちがいない。蒼さんはわるいひとじゃない、それだけはおれ、わかるんだ」
拙い箸使いで阿栗は筍ご飯に苦戦しながら、告げると、蒼柘榴は微苦笑して楼香たちと視線を交える。その懐きようが鶯宿には引っかかった。
夜間楼香と阿栗が一緒にお風呂に入ってる間に、鶯宿は蒼柘榴に声をかけた。
「お前、一介のねこまたなんかに情をかけてるのか、お優しいな」
「ワタクシが優しいのは全てにでスよ、命を大事に思う人は大好き」
「高貴な身分なのにいいのか、最下層にあたる地位のねこまたに優しくして」
「うん、問題ないヨ、あの子は問題ない。ワタクシが楽しいからよいといえば、周りも頷く。だから大丈夫でスよ、ワタクシが楽しい限り」
「……こっわ」
蒼柘榴の笑みを見て、鶯宿は寒気がしたまま切り分けられた自分の分のチーズケーキを口に放り込んだ。




