第十六話 年の離れたおともだち1――王の気紛れ
蒼柘榴は手土産片手に楼香の宿に泊まりに来た。
滞在費も散々ながら亡者から稼げたのでよしとする。
宿に関する支払いは、鶯宿の餌を用意できればそれでいいし、滞在費にはあまり困らなくなってきた。
蒼柘榴の選んだお土産は地方自慢のチーズケーキで、密かに都会にも店舗があり。都会の方だと列が並ぶくらいの名産品で、市松であれば目を光らせるほどのご馳走だ。
蒼柘榴はチャイムを鳴らせば、現れる楼香に会釈する。
「本日はお仕事はお休みデスか?」
「今日はテレワーク。で、今さぼってる」
歯を見せて笑った楼香の悪ガキめいた表情に蒼柘榴は笑い転げてから、中へ入る。相変わらず楼香の靴と自分の靴の大きさは、巨人とこびとみたいだ。
鶯宿の靴は綺麗に下駄箱の中。出かけるときにしか出さないとは、礼儀正しすぎて上品な男だ。
鶯宿の気配は二階に感じる。一声かけておこうと、二階に声を張っておく。
「鶯宿くん、チーズケーキありますから、もし宜しければあとでどうゾ!」
ばたんと何か床を叩いた音。恐らくクッションを使用したうえでの文句だ。
楼香と顔を見合わせれば、楼香は微苦笑を浮かべた。
「最近具合悪そうなんだ、暑いの苦手だって」
「ああ、もう真夏ですからネエ。きっと基礎体温が高いのかもしれないネエ、楼香くん。さあさあ、聞いての通りおみやはチーズケーキでス、食べましょう」
「夕飯のデザートにしない? 結構量ありそうだよ」
「君が言うならそうしよう、店主の言うことは絶対でスから、ワが陛下」
「王様はあんたでしょ、冥府の王」
「ふふ」
楼香のツッコミに頬を赤らめたような仕草をふざけて蒼柘榴はすると、リビングへ入っていく。
リビングに入れば楼香は庭先にサンダルをつっかけ出て、庭先にて蒼柘榴に声を掛けた。
「見てみて、これ見て」
楼香は見せびらかすように掌に真っ赤な炎を具現化すれば、蒼柘榴はぎょっとして縁側まであわてて近寄った。
「それは……」
「この前出来るようになったんだ、すごいでしょ」
「すごい、すごいでスとても、だけど。これは滅多に使わないのをお勧めしまス」
「え、どうしてよ」
「この炎はランプの炎を現してまス。火が消えることはないけれド、命の油を使っているものになりまス」
「うっそ!!!!!!!!」
楼香は慌てて火を消せば、髪の毛を少し焦がしたのかぶすぶすと煙がほんのりと薫った。
慌てたせいだと、蒼柘榴を睨んでから、命の油を使っているとなると大変だと意識を改める。
何せ、寿命を現すランプの管理人が蒼柘榴であり、ランプには詳しいのだから間違いないはずだ。
「たまにいますヨネ、ファイアスターターっていう。超能力の発現者。あれは、命のランプの炎によるもの。だから、あまり、使わないで」
「そうね、お父さん達の気遣い無駄にするとこだった、ありがと」
楼香はふうと前髪に吐息を飛ばせば前髪はふわっと軽く浮き上がった。
少しだけちりついた前髪を気にしながら楼香は家の中に戻る。
その背中を追いかけようとして、一人の視線に気付く。
楼香は家の中に入っていってテレワークに戻っていった様子だ。
「どうしたの、坊や」
「あ、う」
ラガマフィン姿で塀の上からひょこんと阿栗が現れた。
阿栗に気付いた蒼柘榴が異空間からするめを持ち出すが、阿栗はするめには興味を持たず。蒼柘榴はしょんぼりとした。
「おれは楼香ちゃんに、ひどいめにさせなきゃいけない」
「うん、それはこまったネエ」
「そう、こまっている。だって、楼香ちゃんにもパパとママはいる。かなしむひとがいるって、しってしまった」
「じゃあできないネエ」
「でも、しないととたろうがおこるんだ。とたろうは、おれのぱぱとままをうっかりころそうとしている。じこだよわざとじゃないよって」
「わざとじゃなければいいなんて、あり得ない。わざとでも許されない話もあるんだよ」
「うん、でも。やめてよいやだよ、っていっても。きいてくれないのだ」
阿栗がしょんぼりしていれば、蒼柘榴は金色の眼差しをゆらりと光らせ、阿栗に絡まる因果を少しだけ見透かし始めた様子だった。
阿栗について判れば、蒼柘榴は阿栗に手招き。阿栗が近寄れば抱き上げる。
「大丈夫。誰も君を虐めませんよ、この家の人は」
「おにいさんも?」
「うん、楼香くんも鶯宿くんも、大好きだけど。君のことも大好きになりそうだよ」
「……ほんと? おにいさんひとたらしっぽいからなあ」
「はは、お兄さんより楼香くんのがよっぽどだ。だから、君は悩んでいる。なら人垂らしの称号は楼香くん行きでス」
蒼柘榴は阿栗が落ち着くまで、背中を優しく抱きしめながら叩いてやった。
気温は三十度を超える炎天下、蒼柘榴は冷やしが恋しくなり、阿栗をそのまま楼香の家に入れた。
「あ、おにいさんだめだよ、まだどんなかおしていいかわからない」
「その企みだけ内緒にすればいい。言わなくていい話を言わなきゃいいだけでス」
「そうなの?」
「馬鹿正直にぜーんぶ話さなくていいんでスよ」
蒼柘榴は笑って異空間からサラダチキンを取り出せば、今度こそ阿栗の興味は引けた様子であった。




