第十五話 狼猫少年2――嘘つき子供
あれから他にも二回ほど阿栗は騙した。
楼香をペテンに掛け、翻弄したというのに楼香自身は、阿栗が嘘だと言うまでは信じ切っていて。
自分のやり方が悪いのかなと思案していた。
情報を疑うのではなく、己に責任を背負っていた。
誰がどう見ても阿栗が嘘をついたと判る状況。三歳児でさえ疑うことを覚えていれば判るだろう内容の嘘でも楼香は信じた。
鶯宿はどうにかしてやらねばと思案し、阿栗が嘘をつく現場を押さえねばと感じ取った。
「楼香ちゃん、やじまビルしっている?」
「知ってるよ、近所で有名な肝試しの廃ビルだ」
「あそこのおくじょうにいったら、きっとれいりょくがたかまってほのおがぐげんかするんじゃないかな」
「またそんな嘘つきやがって、阿栗!」
「うそじゃあないよ、ほんとだもん。かのうせいにかけるかどうかは、楼香ちゃん次第じゃないか。おれはほんとのはなしをしている」
「そうだよ、出来なかったらあたしの条件が満ちてなかっただけだよ」
楼香の言葉に、鶯宿はどうしてこうも信じやすいのかと頭をがしがし掻きむしった。
「いいか、絶対に矢島ビルにいくなよ!?」
「え、でも」
「でももどうもない! そんなの罠だ!」
「あぐりがわなをしかけると? しつれいなおにだね!」
しゃーっと威嚇した阿栗の可愛さに二人は一瞬和むも、楼香は返事をしなかった。
だからだ。
だから、楼香は久しぶりの出勤帰りに、矢島ビルの屋上に向かった。
夜間真夏の怪談に適した廃ビルはびゅううと隙間風が強く。
ときどきぴちょんと水音がする。
さびた廃ビルの階段を使い、屋上にあがれば真っ青な月が見える。
「ええと、阿栗に聞いた話だと」
「そこのさくをこえて」
「阿栗! いたのか、これでいいのかな」
楼香は阿栗の言葉に従い、ぎりぎり自分が立っていられる柵を越えた先まで突っ立っている。
風の勢いでいつ飛んでいってもおかしくない、五階建て。
楼香は遠い地面を見つめていれば、阿栗が近づいて紺色の目を暗闇で光らせた。
「楼香ちゃんこわくないの?」
「怖いけどこの力をどうにかしないといけない。怒られるかもな、天国の親父やお母さんに」
阿栗はそれまで楼香に両親がいると思い至らなかったのか、ぱちくりと驚き。
「おとうさんたちいるの?」
「いなきゃ産まれてねえよ。でも、あたしを長く生かすために死んだんだ」
阿栗はその言葉を聞いた瞬間狼狽え、両親という存在をちらちら考え始めている。
阿栗は楼香に近づき、前足を伸ばした。
「かえろう、楼香ちゃん。だめだ、貴方に両親がいるなら、だめだ」
「どうして」
「べつのてをかんがえる、だから、帰ろう」
「楼香!」
扉の方から楼香が遅くて心配した鶯宿がやってきて、阿栗を睨み付けた。
「そいつは嘘つきなんだ、信じちゃいけない!」
「嘘じゃないよ、できるようになるよ。そう簡単に嘘つき扱いしちゃいけないぞ」
「ほんっとーなんだって! 阿栗! てめえ楼香になんの恨みがあるんだ!」
「しらなかったんだ。楼香ちゃんにも、りょうしんがいるなんて、しらなかった。だって、まわりにいなかったから」
阿栗はふるふると震えて、鶯宿の前に行けば必死に訴えるように夜空に向かって泣き叫んだ。
「パパ! ママ!」
阿栗が泣き叫んだ瞬間、突風が吹き、楼香は宙に追い出された。
阿栗が駆け寄り、楼香の首根っこを噛みつこうとしても阿栗ごと落ちていく。
「楼香!!!」
いよいよ駄目だと感じて鶯宿が真っ青になって柵にまで慌てて駆け寄れば、炎が伸びてくる。
伸びた炎を鶯宿は咄嗟に掴めば、炎と楼香は繋がり、ひとまずだらんとぶら下がっている。
鶯宿は手が燃えながら、大やけどをしながら引き上げ、釣るように屋上まで持ち上げれば、腰をついた。
ぜえはあと呼気を粗く全員で落ち着くまで待てば、腰から力の抜けた鶯宿が阿栗と楼香を震える手で指さし、疲労した眼差しで叱りつけようとする。
「お、おまえ、ら。こんど、今度こそ、駄目だと思ったぞ」
「心臓がきゅっとなった、有難う鶯宿……」
流石の楼香も顔が青ざめている。
「阿栗、有難う、これで炎の出し方が何となく掴めた気がするよ」
「え……」
「嘘じゃなかったよ、お前の言うとおり使えるようになった、ほら」
楼香は手の中に炎を点したり消したりを繰り返す。
すっかり発火能力になれた様子だった。
阿栗は驚いてから、楼香に後ろめたい瞳で見つめ、しょんぼりとしてからぼろぼろと泣き出し、人間の子供のような所作で手元を使って目から涙を拭った。
「で、でしょお? おれはうそはいわないんだ、やっぱりさいのうがあるからなあ、おれとおまえには」
どやっと威張ってみせながらもぼろぼろ泣き崩れている様子に、楼香は抱き上げ背中を撫で。
鶯宿は呆れきって、二人にげんこつを落とした。




