第十三話 いつかは散る運命2――暴かれた心
散った後に現れた種を晴れた日に植えれば、可愛らしいティンカーベルのような見目の妖精が現れる。
かわいらしい花の精霊だ。
花の精霊は、楼香と目が合うと、ふわりと軽やかに楼香のあたりに飛んでいき、肩に腰を乗せた。
「願い事、一つだけ叶えてあげる。この花の種は、貴方の願いを一つだけ叶えて咲くの」
「何でもイイの?」
「何だっていいわ、富も名声もなんだってあげる」
「ふうん、すごい魅力的だね。でも思いつかないから、毎年この花が咲くってのでどうだろう」
「ええ!? そんなのでいいの!? 欲がないのねえ、何でも叶うのよ、後悔しない?」
「なんとなく。思い浮かばないんだよねえ、たいそうなこと。あたし、あんまり好きじゃなくてさ、派手なもの。お金がたくさんある経験もしたけど、好きじゃなかった」
「そっか……ならわかった!」
花の精霊はにこやかに笑えば、楼香の頬にキスをして、ふわりと空に向かって弾けてほわほわと暖色の雪のような明かりを降らせた。
「貴方の願いを叶えます、おまけもしちゃおう。貴方の庭は、毎年綺麗に咲きます。どうかいいガーデニング生活を」
ぼんやりとした暖かな声が広がれば、庭の花に光が吸収された。
楼香は花の一つに触れて、小さく笑った。
*
鶯宿は後にきた市松にお茶を出しながら、花びらの一つを押し花にし、栞にしている。
栞にするまであとは押しつぶすだけの作業をしていた。
市松は顛末を聞くと少しだけ呆れた様子で、ふーっと息をついた。
「それは貴方が悪いですよ、暴いてはいけないものもあるのですよ」
「そうだけどよ、俺は必要な役割だと思うよ。甘いのばかりとか、理解者ばかりいたって締まらない。否定するものがいて見える事実だってあるはずだ」
「嫌われたっていいんですか?」
「嫌われてでも楼香が長生き出来て守れるなら、俺はそれでいいよ」
「とんだ過激派だ、鶯宿さんには暴かれたら嫌な物ないんですか? 詰めるなとは言いません、ただ全部を曝け出させないのも気遣いですよ」
「……襲うかどうか判らない環境で気遣いなんかいらねっての」
市松の言葉に思い当たるものがあるのか、鶯宿は置かれている楼香の携帯を見つめた。
見つめてからふい、と視線を反らし、庭先の楼香自身を睨んだ。
*
晴れやかな日。
着付けは美容室に頼み、綺麗な振り袖姿の楼香だ。
真っ赤な色は楼香によく似合い、瞳よりもどぎつい赤だとしても品良く見える不思議さがあった。
楼香は指定された和食のレストランにて伯母と座して待っていた。
あたりには黒い漆に艶やかな絵が描かれた柱や、調度品ばかりで、どれだけの富裕層が気に入りそうかは一目で分かる。
いかにも成金が好みそうなオーガニック素材を使った和食店だ。
それが問題なのではない。問題は目の前の見合い相手だ。
樋口という男は、事前に見せられていた写真とは比べものにならないくらい、不細工のはげだった。
楼香より十才も年上、それだけならまだしも許せないのは男の態度だった。
男は楼香の豊かな胸をじーーーーっとずっと見つめていて、楼香と目を合わさず、胸に向かって会話するのだ。
「楼香さんはご趣味は?」
「え、あ、ええとあまり趣味といえるものがあまりなくてですね……」
「ええ? 今の時代趣味のない無個性な女はやだなあ。ママあ、なんでこのひと選んできたの? スタイルはいいけど、僕にはふさわしくないなあ」
「そうねえ、趣味のある人じゃないとぼけちゃわないか心配ね将来」
楼香は青筋だてて苛つきながら言葉を飲み込んで黙っている。
全部会話を聞きながら、脳内で「これは実はドッキリ」と言い聞かせておく。ドッキリで全部茶番なのだと。
それくらいしないと怒りで伯母の面子を殺しそうだった。
こうなったら鶯宿に迎えに来て貰おう。嘘でもいい、男の影があれば伯母もそれ以上は言わないだろう。
鶯宿ならば実際確かに一緒に暮らしているのだから、嘘もつきやすい。
意を決して席を立ち上がる。
「すみません、お手洗いに行ってきます」
楼香は化粧直しを装って荷物ごと席をたてば、個室を出た先に鶯宿がいた。
鶯宿は腕を組んで待ちわびていて、楼香と目が合えばつまらないものを見る視線をし鼻で笑った。
「あいつの代わりだ。あの花があいつに化けていたのは、やめとけって伝えたかったんだきっと」
「そうかもね、ねえ鶯宿。ここに居るからには邪魔しにきてくれたって考えてイイ?」
「邪魔だなんてとんでもない。俺はたまたま遊びに誘うだけだ、バッティングセンター行かないかって。振り袖は動きづらいだろうけど、お前が人をぶん殴る前の解消を提案するだけだ」
「あはは、お見合い抜け出しちゃいたいんだけど手伝ってよ。そっちのほうが魅力的だし」
「たまたま俺はバッティングセンターに行くところで、楼香も行きたかったから誘うだけだ。壊すだなんてとんでもない、タクシーで行こう是非、時は金なり、早めに行った方が良い」
「早く此処から出たい気持ちがあたしより強すぎるね!?」
「あいつにはきっと、お前でなくてもいいのさ。お前である理由がない奴に宛がう理由もないだろ」
楼香と鶯宿は意見を重ねると、そっと外にタクシーを止めてもらい、すぐさま移動していく。
庭から外を眺めている伯母と目があえば、軽やかに二人で手をふっておいた。
伯母はぽかんとしていたが、その後は知らない。
少なくとも見合いの話は、二度と来なかった。




