第十三話 いつかは散る運命1――雨の日に
大雨が季節柄続いた季節で、時期は六月の半ば。
いよいよ雨も水が多すぎてダムは満ちるほどの量で、水不足問題とは無縁になってきた。
楼香は帰りの道で、ばしゃばしゃと駆け足気味に歩いていたが、ふと路地の土面積の少ないコンクリートの割れ目に、今にも枯れそうな花を見つけた。
花の上に看板やら屋根やら重なり、水があまり届かないのだろう。
楼香は考え込んだ挙げ句、家からスコップを持ってきて、花を自宅の庭に植え替えた。
それでだめならしょうがないし、出来れば長生きしてほしかった。
自分を少し見ている気持ちだったのだ。
それが後の奇跡に繋がる。
花を植え替えたあとは濡れた髪をタオルドライし、拭き取り。
さっとお風呂を浴びた後に、リラックスしていたから、誰からきたのか気にせず油断して鳴った電話をそのままとった。
『楼香ちゃんお元気? ちょっとお見合いしてみない?』
「うげ、おばさん……」
『うげってなあに、年頃の子が一人だから心配してお見合いさがしてやったのに! お爺様もあんたのこと心配していたでしょう?』
親戚は楼香を金の欲しさに引き取りたがっていた印象しかない。
楼香はぶすっとふてくされて、電話をスピーカーにして話しかけるのをやめて切ろうとする。
『このご時世お見合い相手わざわざ探してくるなんて親切な人いないんですからね』
だからこそそんなお節介おばさんは絶滅したと思ったのに、と楼香はげんなりとしている。
結婚を強制されなくなりつつある時代になんとも時代錯誤だ、と転送されてきた写真を眺める。
印象に余り残らないタイプの男性だった。世間で見ればそれなりに格好良いのかもしれないが、鶯宿を見慣れてしまった今の楼香には効果がなかった。
『樋口さんよ、後日紹介するわ。じゃあね』
親戚は喋るだけ喋れば返事も聞かず通話を一方的に切る。
嵐のような存在だ。
やれやれ参ったな、と思案し、鶯宿には内緒にしておこうとした。
鶯宿にばれたら過保護になりそうな気がしたからだ、最近鶯宿は何かと過保護なのだ。
「それよりもあの花しばらく世話してやらないとなあ」
楼香は思案すると、庭先を見つめる。雨を受けた花は、久しぶりの水に大喜びしているように、輝いた。
*
それから一週間が経った頃合いにリビングにチャイムが鳴る。
現れたのは樋口という見合い相手の男だったか、見覚えのある見た目だ。
楼香は玄関先にいるにこにことした男に面食らってから、はっとして相手をまじまじとみつめてから笑い、家の中に招いた。
「お茶いる? 水がイイ?」
楼香の言葉に樋口は水道水を指さした。台所の蛇口の方角を指さしたので、水だと把握する。
楼香は水をグラスに注いで持ってくると、樋口は受け取りにこにこと飲んでいた。
会話ができないのか樋口はにこにこと楼香の手に手を重ねておき、嬉しそうにじっと見つめていた。
楼香は樋口が喋れないのだと気付くと好きにさせてやり、気遣った。
階段の辺りに音がしはじめ、鶯宿が起きてきて階段を下りてきている様子で、鶯宿は楼香たちを見るなりぎょっとした。
楼香の手先が樋口と重なっているのを見れば、途端にむっとする鶯宿。
「何してんだよ」
「ああ、ええと」
「そいつ……」
鶯宿は樋口に近づき匂いを嗅ぐと、花の香りに気付き、ぐいっと楼香から押しのけた。
「そいつ怪異だ」
楼香を守るように鶯宿は楼香の前に立ちはだかり、楼香を隠した。
樋口――怪異はおろおろとして、鶯宿を見上げたが、楼香が鶯宿を押しのける。
「大丈夫、怪異ならこの宿に泊まる権利はあるでしょ」
「お前わかってんのか、この怪異は生気を吸っていく怪異だぞ!? お前の寿命だって吸われていくかもしれない!」
「大丈夫だよ、この子はそんなことしない」
楼香はしょげた怪異の頭を撫でて、にこりと笑いかけた。
怪異は楼香を見上げ、ぐしょりと泣き始めた。
声も無く音もない涙はただぼろぼろと涙を零し続け、鶯宿は少しだけ罪悪感が滲んだが、見ない振りをしなければならない。
なにかあったとき守れるのは鶯宿だけだ、警備員だ。
この宿で鶯宿は鞭でありつづけなければならないのだ。
「大丈夫、あたしが引き入れたんだ。好きなだけいな」
怪異は首をぶんぶんと振った。
ジェスチャーで、「花の寿命はもう少しだから会いに来た」と伝えれば、その後に楼香に抱きつき。
そのまま花びらが抱きついた反動でぶわりとその場に沢山散っていき舞い落ちる。
怪異の姿はなくなり、舞い散った花が怪異なのだと悟る。
外にあった移動させた花は枯れていて、楼香の手元に種があった。
種がぽつんと残り、華やかで甘い香りが広がる。
――美しい散り方だった。




