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第十二話 特効薬1――御仏様の誘い

 鶯宿は外に私物を買いに出ていた。

 靴を見たくて買い物にでていたのだ。そろそろお気に入りのスニーカーはぼろぼろになってきている。

 ここらで心機一転新しいものでも買おうとやってきたのだ。

 楼香からお給金は貰っているので予算は潤沢。あとは合う靴が見つかれば試したいところだ。

 どうしても靴の履き心地を確かめずに買うのは、抵抗があった。

 靴も無事見つかって、それまで履いていた靴を引き取って貰える処分もできたので、新しいスニーカーで帰宅しかけてる途中だった。

 新しいスニーカーはご機嫌に幾らでも歩けそうで、ぴかぴかなのがまた嬉しかった。

 履き心地も羽のように軽く、幾ら出してもイイから買いたいほど気に入った品だった。

 とはいえ、セール品の籠の中に入っていた靴だったので、お買い得だったが。


 露天を歩いていれば、アクセサリーがショーウィンドウに飾られている。

 ポスターをよくよく見れば楼香と同じ髪型で、何処か楼香を思い出した。

 ネックレスのポスターであり、魅力的なガーネットのアクセサリーを売り出している様子だった。

 小さく六花を模した小粒のピンク色をしたスワロフスキーもついていて、可愛らしい。

 無意識にふらふらと誘われるように店に入り、気付けば見本品を店員から見せて貰ったところで有意識になり。

 鶯宿ははっとして、意識するとかあっと顔を赤らめた。


「え、あ、ええと」

「恋人さんにプレゼントですか?」

「ち、ちがいます、家族です家族」


 違う家族でもない、と鶯宿はついた嘘の恥ずかしさに両手で顔を赤らめ、店員は本当は恋人宛で嘘をついて恥じらってるのだと勘違いした。

 ショーウィンドウから取り出した品は、可愛らしい色でもあまりぴんとこず。

 ふと、店員は鶯宿の髪色に気付けば、もう一つの品を取り出した。

 そちらは小粒にロイヤルブルーの色づいたスワロフスキーと、ガーネットの絡んだ花細工のネックレスだ。

 其方の方が楼香には似合いそうだし、色も何故か好感触になる。

 青と赤の組み合わせはお気に入りに、最近なりやすい。何かと赤と青を選んでいる。

 まさか、店員はそんな日常を読んだのか、と後ずさる。


「お客様の印象をワンポイント入れさせて頂きました、どうでしょう。お守りにもなりそうじゃないですか」

「あ……そういう。な、なるほど、いいな。これは、非常に良い品だ」

「誕生日にどうです?」

「な、何もない日に渡すのは変なのか?」

「いえいえ、そんなこと御座いません、きっと喜ばれると思います」


 にこにことした笑顔に推され、鶯宿はプレゼントに決めた。

 箱を桃色の物に遇って貰い、ネックレスを手にすればふわふわとした不思議な気持ちで満たされる。


「……すげえ高い買い物したからかな、アドレナリンがすげえ」

「なら君は幸せだという事実かね?」


 ざわりと辺りの木々がざわつく。

 声がした瞬間に、側にあった桜の木々の葉が全て落ち、季節筈ずれの桜があたりにぶわりと開花し、まわりの視線を浴びるが時が止まる。

 まわりの時は止まり、目の前に目深に軍帽を被った、明治時代の学生めいた服装の男が立っていた。

 赤い髪で金色の出で立ちは、己と同じだというのに気迫が恐ろしい。

 立っているだけでも恐れ多い、ひれ伏したくなる気持ちと、男に許されて何もかも楽になりたい温かな気持ちが巡る。


「どうも、悪鬼の鶯宿。お前のことはずっと見ていた。とてもとても、愉快な見物みものだった」

「気味悪いな、御仏みほとけの類いか」

「金剛力士だ、オレは。お前の親友のお師匠だよ」

「そんなやつが俺に何の用事だ、あいつのクレームってわけでもないだろ、それなら輝夜にいってるはずだ」

「輝夜にクレームを出すわけがない、一番のお気に入りの見物なのだから、あの子の周囲は。お前には仕事の話だ」

「御仏関連の仕事なんざ俺はもうしてねえよ。俺はあとは人を食うしか道がねえんだ。食う奴も決まってる、ほっといてくれ」

「それを引き留められると言ったらどうする」


 赤い髪の男は金の目を細めて、にこりと笑った。

 穏やかな風貌でありながら、挑発的だ。

 時は止まりながら、あたりの桜はぶわりと強く香り、風が噴く。

 花弁があたるに舞い散った。


「お前に、神域の世界に入る許可を贈るのもやぶさかではない。お前は、悪鬼ながら人への愛に目覚めた」

「……愛が悟りだというのか」

「そこから先は煩悩との戦いとなるが、入り口は、オレは愛だと思っているよ。慈しみ、無償の温情をかける献身。利己的な打算もないのなら、それは悟りだ」

「……吉野の弟弟子おとうとでしになれと、いう意味ですか」

「然様。どうだ、やる気は無いか?」


 待ちに待っていた神域の世界で、あれほど待ち望んでいた神格化だったのに、鶯宿は身が震える。

 今はただ楼香と過ごしたい思いでいっぱいなのに、今神域になれば何が待っているか判らない。

 想いを閉ざせともいわれかねないし、修行の忙しさで会えなくなるかも知れない。

 何より、本格的に吉野と同じ土俵で戦うのが、登るのが怖かった。


「今は無理だ」

「我々に時間は関係ないだろう、良い良い。返事はいつでもいいのだ。空に聞こえるように宣告すれば承る」

「……なんで、ですか」

「……お前の魂が、成熟した。条件を揃えた、それだけだ。お前の女に感謝するといい。あと出来ればサインをくれ、お前のファンなのだ」

「ファン?」

「雲外鏡で、お前たちの事情はようく見ているのだ。CMも課金して飛ばすくらいには面白い」

「俺らの生活、サブスクのドキュメント扱いなんですか……」


 げんなりとした鶯宿に金剛力士は帽子を被り直し、一礼をした。


「あまり堅苦しいことを言うな、どのみち我々はお前だけでなく。人々を見守っているよ。それではな、ご機嫌よう」


 金剛力士が桜の花弁が舞い散る竜巻と一緒にいなくなれば、時は動き出し、咲いたはずの狂い咲きの桜だけが現実を語っている。

 人々は狂い咲きの桜に夢中になって写真を撮っている。


「参ったやつに好かれたな」


 身震いした後に、鶯宿は金剛力士の圧迫感や威圧が今更ぶりかえし、吐きそうな程の怖ろしさとプレッシャーを感じ取って、口元に手を置いた。



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