第九話 春の終わった庭先2――再現
意識が戻れば鉄骨は楼香を囲い、付喪神の腹を鉄骨が貫き、身動きの取れない付喪神だった。
楼香は付喪神に守られたのだ。
楼香は震える手で付喪神の手を握りしめると、ふるふると首を振った。
「あ、あんた怪異なんでしょう!? 馬鹿真面目に怪我しなくていいんだよ!」
「ううん、これは、きっと。少し駄目。もうじき私は消える。大丈夫、姿だけ消えてあとは魂は残る。いつも、貴方を想っている。見ているから、大丈夫よ」
「……付喪神、さん。あなた、もしかして……桃の木の精霊?」
「ふふ、ばれずに終わりたかったんですけどね。ねえ、楼香ちゃん、これをあげる」
桃の木は楼香に先ほど買った雑貨屋の品を取り出すと、そっと差し出した。中には可愛らしい箸とスプーンがたくさんはいっている。
「楼香ちゃん、貴方のこと大事な人はいっぱいいる。だから、たくさんお友達を作って、みんな貴方が大好きよ」
「……いや、嫌だよ消えないで。あんただって知ってたら、あたしもっと話したいこといっぱいあったんだよ! ずっと一緒に育ってきた戦友じゃないか!」
「……また八年後に会える、約束よ。それまでにまた霊力貯めておくから。ねえ、私は貴方の不老不死の霊薬になれなかった。けどね、きっと方法があるから。諦めないで、頑張って……」
「桃……桃!」
にこ、と途切れそうな笑みを浮かべた瞬間、ぶわりと桃の木の体は全て桃の花になり、楼香を囲っていた鉄骨に強い突風を巻き起こし、楼香から退けた。
ぶわりと薫る桃の香りは強すぎて、あたりにいる人々の鼻を擽って、天に昇っていった。くるくるとピンクの花は上昇していく。
それまで鉄骨にぶつかって泣いていた人々ですら、その瞬間を忘れるほど美しい桃の突風に心洗われ、桃は消えていった。
楼香は鶯宿に連絡し、病院で運ばれて手当を受ければ擦り傷のみで。
桃に助かった。助けられた。
鶯宿に連絡したとき聞いたとおり、帰宅すれば桃の木はぐしゃりと枝が折れていて、切断しなければならない。
ほぼすべての枝が折れていたので今年中の花は見込めないが、きっと八年で何とかしてくれる。
八年の間に、またあの子が通ってくれるはずだ、また具現化して。
楼香は月明かりにそっと桃の木を撫でて空を見上げた。
「立派に直してやるから、またきてね、遅くなったけど、有難う守ってくれて……あたし、諦めないよ。長生きするの頑張るよ」
後日食卓には桃から貰ったカトラリーがよく並ぶようになる。
また泊まりに来た家鳴りが楽しげにカトラリーを使う姿を見て、楼香は少しだけ心が落ち着いた。
桃の木は、この宿の経営を気に入ってくれたのだろう。
同居人が気に入ってくれて、毎年客寄せに協力してくれるなら心強い。
鶯宿は不思議そうに桃の木を縁側から眺め、業者に頼んだ切断を見守っていた。
「あんたもあいつに長生きしてほしいんだよな、俺もだ。あいつのことは任せてくれ、なんとか頑張って見るよ」
鶯宿が呟くと業者が振り返るが、鶯宿はなんでもないと、帽子を目深に被り直した。




