第九話 春の終わった庭先1――具現
春が終われば来年まで眠気が強い。
とくに最近は下宿人が梅の木を植えたので、一人で占領していた庭を独り占めできなくなった。
桃の木は、お姉さんになったのだ。
自覚をした瞬間に、桃の木に付喪神が現れた。
桃の木は楼香たちを庭先で見守り、桃色の振り袖を身に纏い、薄紅の髪色で姿を具現化した。瞳は金色。
爛々とした眼差しは楼香を写す。
桃の木にとって楼香は我が子同然だった。
楼香の両親が桃の木を植えてから、長い間見守ってきた。
夫妻が子供に恵まれたとき心から喜び、生まれた瞬間も電流が走るように楼香の誕生に気付いた。
楼香の誕生日は九月九日、陽が一番重なる日だった。
楼香の気配は、桃の木を元気にしていく。重ね陽だからか、楼香は周りに元気を与える分、自らが弱っていく。
桃の木から見れば、孤独の星の運命にも見えた。
「楼香ちゃんやっと、少しだけ安心出来るようになったわね、最近になって」
桃の木は一人零しながらふう、と吐息をついてみる。
「気付かれないのは有難いけど寂しさもあるのね。ああ、そうだ。こういうときはあれがあるじゃない」
桃の木はしゃらんと姿を幼女から大人の女性へ変化させ、玄関先にチャイムを押す。
楼香の家は、怪異の宿。
気付かれないなら気付かれないなりの遊び方がある。
気付かれないまま認識できる方法に気付けば、桃の木は胸が高鳴った。
*
「一日ほど泊めてください」
見目麗しい桃色の女性は、楼香が扉を開けるなり頬笑んだので、楼香は思わず見惚れた。
和室が人気あるので、和室に通そうとしたが、女性は両親の部屋を指定した。
「此処の部屋、インテリアが素敵だから」
そんな言葉を言われれば悪い気はしない。
楼香は女性を通し、リビングでお茶を出せば女性は丁寧な手つきで呑み始めた。
「聞いてもイイかな、何の怪異なんですか」
「付喪神です。ご主人様が体の弱い方だから、気になって様子を見に来たんです」
「ああ、それならきっと喜ぶよ!」
「怪異と出会えて喜ぶ人いるんですか?」
「物好きは世の中多いんだよ?」
「楼香さんはどうですか」
「あたし? あたしは最近みんなと出会うの楽しみになってきたよ。ルールのお陰で悪さもされないしな」
楼香はにこーっと笑みを浮かべれば、付喪神はにこにこと嬉しげに綻んで改めてお茶で落ち着いた。
湯飲みの暖かさに手を寄せて、ふうと嬉しげに吐息を漏らした。
「楼香さん、教えてください。もしかしたらご主人様のためになるかもしれないんです。体が弱い人にはどう接するべきなんですか」
「どうって」
「何をしたら喜ぶんでしょう、いったい」
「……そうだなあ、あんた何の付喪神なんだい」
「花の付喪神、というと変なのでしょうかね。精霊なのでしょうかね」
「細かな分類は判らないけど、事情は判ったよ。ならご主人様と遊ぶとかどうかな。体弱くても出来ることがあるだろ」
「まあ、それなら遊びを教えてくださらない?」
付喪神は目を細めて手を合わせれば、上品な仕草ではにかんだ。
その笑みがあまりにも楽しげで嬉しそうだったので、楼香はこくりと頷いた。
遊びと言えば、なにがいいだろうかと思案し、主人の年齢を聞けば同じ年頃。自分と同じ年頃の子なら、と楼香は付喪神をカラオケに連れて行った。
「まあ、此処はとても賑やかな場所なのですね」
「これを操作して曲を入れるんだ。あ、新曲に桜バンドある」
「まあ、桜の歌うたうんですか」
少しだけ嫉妬の入り交じった視線に楼香は小首を傾げて、桜というグループのバンドであることを説明した。
「桜の花限定にした歌じゃないよ、モチーフはそうだけど」
「桃の歌はないんですか、桃の歌」
「あんまり聞かないねえ。あっ、これならどうかな!」
楼香は思いついた出来事があるのか、電子機器で選曲をすれば、速攻流れてきたのは桃太郎の歌。
流れてきた歌詞に不思議そうでありながら、楽しげに付喪神は楼香の歌に聴き入った。
「他におすすめの歌はなんでしょう」
「これとかどうかな、デスメタル歌うとすっきりするんだよ、きいてるほうも!」
「ですめたる、ですか?」
楼香のお勧めのコミカルな歌詞を画いたデスメタルを歌えば、歌詞の可笑しさに付喪神はからからと笑い出した。
カラオケを出れば、そのままお茶をして、あとは帰りに雑貨屋に寄る。
雑貨屋でかわいいものを二人で見つけ、付喪神は主人のお土産にと買い、楼香は鶯宿にと買っていった。
帰り道に楼香と桃の木は信号に並んでいたが、何かがざわついている。
あたりがざわつきはじめ、ざわつきが何なのか判った頃合いに、上から鉄骨が落ちてきた。
工事現場の近くだったため、事故が発生したのだ。
「だめ!!!!! 楼香ちゃん!!!!!!!」
付喪神の突き飛ばす声に、懐かしい気配がした。
昔、遊んでくれたような桃の木の景色が脳に過った――。




