第八話 この違和感を知りたくない2――死に神の来客
鶯宿は地獄から地上に戻れば、そのまま楼香の家に向かった。
楼香は本日は休みで昼寝をしていた様子で、チャイムを押せば慌てた様子に寝癖をつけて出てきた。口端には涎の名残が見える。
「ただいま。さて正式に獄卒をやめたし、もう契約違反でもないしな。お前に情報を共有したいんだ」
「寿命がどうのこうのってやつ? とりあえず中に入って、お茶出すよ、外暑いし喉渇いたでしょう」
「助かる、ひりひりするな日差し。昔と季節がまるで違う暦だ」
鶯宿は中に上がれば、部屋に簡単に持ってきた荷物を置いてから、リビングへ下りてくる。
カウチソファに寝そべり、くつろいでいるところに楼香はお茶漬けと漬物、それから冷たいお茶を出してきた。
昼時も近いのを配慮してくれた気遣いが温かく、鶯宿は有り難さを感じた。
「お茶漬けってするする食えるからそのぶん、喉に咳き込みやすくて困るな。うまくてこまる」
「残念ながら今回は手作りじゃなくて、出汁の粉末のお陰だね。お茶漬けのふりかけに感謝だねえ」
「それでも用意してくれたのはお前だろう」
「やーだ、すぐイケメンの顔する!」
「なんだそれは、俺は普通に感謝してるぞ」
「判ってるよ、へへ、うれしい」
楼香は鶯宿のストレートな言葉に照れるとはにかんで、頭を掻いた。
鶯宿の胃が整えば、お茶をぐびぐびと流し込むように飲んでから鶯宿ははあ、と吐息をついた。
胃がこなれてくるまで待ちながら、鶯宿は姿勢を正した。
「きっとお前にとってショックな話もあるが聞いて置いたほうがいい。お前の寿命は十歳でやっぱり来ていたんだ」
「……だよねえ」
「由来は推測の域だが伏せておく。それでも閻魔帳に載った寿命を越えてもお前は来なかった。こっちにきて判ったが、お前の両親が原因だ。お前の考えがあってる、ランプの油の量できっと寿命を移動させたんだ、目一杯」
鶯宿の言葉に楼香は少しだけ気落ちしたが、覚悟していた内容なので頷く。続けてと視線が言ってたので鶯宿は言葉を続けた。
「寿命の調査で俺はココにきて市松に紹介してもらった、が。問題はそのあとだ。蒼柘榴との邂逅ののちに、お前の調査は打ち切りだ。あいつが何かしたんだ」
「……なるほど。だとするなら、蒼柘榴は相当偉い人だねえ」
「お前が倒れたとき、あいつお前に一時間触れるのを三日おきにすればお前は倒れないって言ってた。実際、こまめにお前にスキンシップしてから、お前は元気だ」
「なんかいやらしいねその言葉!? やけにスキンシップされるなあって思っていたよ!? あんたそういう人じゃないのに!」
「一時間も触れたらそれこそ妖しいからな。そんな事情まで知ってる、そこで浮かぶ当然の疑問だ、あいつは何者だ?」
「……あたしは、命のランプの不幸だとおもってるよ」
「不幸?」
鶯宿が問いかけると楼香は持ってきていたサイダーを飲みながら、机の上に置いてある茶菓子のアソートが入ったお盆から、チョコクッキーを一つつまんだ、
ぼりぼりと食べてサイダーで流し込んでから、こめかみに指をあてる。
「命のランプを知ってる? 昔話だ、ギリシャの。羊飼いのもとに三回人外が訪れて羊を売れって言うんだ。一人は災難、一人は病気。どちらも自分で何とか出来るから、と羊飼いは追い返した」
「そこに不幸がきたと?」
「そう、不幸は自分次第でどうにかできないからと羊を売り、不幸は先にどんな不幸がくるか教えた。それに出てくるのが命を模したランプなんだよ。油の量で寿命が決まっている」
「その不幸が蒼柘榴か、確かに道理は納得いく。死に神だとおもった、最初は。でも、ただの死に神じゃない気配がする」
「……何か訳ありっぽいよな、あたしあの人にでも、悪い予感しないんだ」
「悪い予感……意図的に悪い奴じゃないって?」
「そう、何だか寂しげにみえるから」
楼香はそばにあったぬいぐるみにジェスチャーをさせるじゃれつきをしながら語り、終わればぬいぐるみでお辞儀する。
鶯宿は思案していたが、丁度その頃にチャイムが鳴る。
「噂されていたのでお邪魔しまス」
玄関に出てみれば蒼髪の巨体美形、蒼柘榴本人だ。
にこにことしながら、現れた存在に楼香はとりあえず中へ招いた。
*
「やあやあ鶯宿くん、聞きました。悪鬼になるんですっテ? 獄卒卒業記念に花束持ってきましタ! ワタクシからのささやかなお祝いデス」
鶯宿に蒼柘榴は白百合の花束を与えれば、にこにことイイコトをした!と満足感が顔に出ていた。
受け取った蒼柘榴は微妙な顔で白百合の花束を楼香に流し、蒼柘榴に蹴りつけてそのまま二階に上がっていった。
「人の不幸を嗤うとは、流石不幸そのものだな!?」
「なかなか痛い、腹に本気の足蹴は駄目デスよう、痛い痛い! ワタクシの胃袋壊れちゃいます! いやデスよ、まだお寿司貸し切りもしたことないのに胃袋お亡くなりになるのは!」
「お前の食い意地きたねえとこと嫌味な性格ほんっとう市松そっくりだ!」
「人生に皮肉はいいエッセンスじゃないデスか! ひどい、ユーモアがない人生なんてつまらないデスよ!」
「うるせえぶす!」
鶯宿は完全に二階に上って自分の部屋に籠もると、楼香は蒼柘榴に軽く小突いた。
「駄目だよ、やっていいことと悪いことの区別くらいしないと。お祝いできる内容じゃないでしょう?」
「えっ、だって仕事の早期退職なんておめでたいじゃないでスか」
「そうじゃない人もいるんだ、共感性ないのは勝手だけど。あんたの価値観おしつけんな。鶯宿だって多分複雑だったとおもうし。あたしも、どう言えばいいかわかんないよ。あたしを死なせないための退職なんだし」
楼香の言葉に蒼柘榴はしょんぼりとすると、楼香は少しだけ提案する。
「ほんとに悪いと思うなら、今から言う話、引き受けて」
楼香は蒼柘榴に屈んで貰い、耳打ちをした。
蒼柘榴は話を聞けば目を見開いて、ふうんと小首傾げた。
「それでいいの?」
「体験したから思う、本当に先がないときは役に立てば嬉しいこともある。だから、望んだ人にはそうしてやって」
「不思議な人、だから魅力的」
蒼柘榴は楼香の頬にキスをすれば、楼香はまだそこまで心を許していないのか、軽く蹴った。
「蹴られてばかり!」




