嫁の飯が今日も不味い。
初投稿です。色々と不慣れですがどうぞよろしくお願いします。
「アナタ〜、ご飯よ〜!」
嫁の声に勝手に体が震える。どっと汗が噴き出し、体が鉛のように重くなる。ガチガチに固まった体を無理やり動かし、食卓に着いた。テーブルの上には所狭しと食事が並び、湯気を立てていた。
漂う香りは、劇臭。座っていても目に染みて、勝手に涙が出てくる。目の前に並ぶ食事は、食事、いや食事か? 魔物の餌とかではなく? と疑いたくなる極彩色。むしろどうやったらこんなことになるの? と問いたい。皿の上に鎮座する蛍光ピンクが俺の食欲を減退させる。
「ふふ、召し上がれ」
嫁の顔は穏やかだ。決して俺に対して怒っているとかではない。心の底からの善意しかない。つまり素でこれということ。そこに一切の悪意は存在しない。
「イタダキマス」
嫁の言葉に笑顔で返して、匙を手に取る。手にした匙を木で出来た器に突っ込むと、ねちゃあ…という粘着質な音と共に何かを掬い上げた。匙から糸を引き、とても食べ物とは思えない異臭を放って。
ごくりと唾を飲む。それは食欲からではない、覚悟のだ。おぉぉぉ、と怨念のような声が聴こえるのは気のせいだ。幻聴だ。俺の恐怖からきたものに違いない。
嫁がニコニコとこちらを見ている。きっと食べた俺からの反応を待っているのだろう。ええいっ、南無三!
走馬灯が見えた。
口当たりはプルプルで、なのに噛むとジャリッとして、飲み込むと喉に張りついて、味は苦酸っぱ臭い。いやマジで何をどうしたらこうなるの? 最早魔法だ。
魔法使いに聞かれたら助走をつけて殴られそうなことを考えつつ、引き攣る頬を酷使して口角を持ち上げる。
「……ト、トッテモオイシイヨ」
「良かった、まだまだ沢山あるからいっぱい食べてね!」
「アリガトウ、ウレシイヨ」
可愛い嫁、暖かな食卓。子どもこそいないものの、幸せが溢れる家庭。
嫁の飯が今日も不味い。それさえ除けば。
♪
「あれ、先輩。まだ帰らないんスか?」
今日の仕事は既に終わり、各々帰り支度をしている。その中でまだ隊服を着たままの俺に気づいた後輩が声をかけてきた。見た目こそチャラチャラしているが、話してみると気さくで人懐こい奴だ。
ぎくりと肩を揺らすが、なんでもないように微笑んで振り返る。
「ああ、武器の点検がまだだからな。それをやってから帰ろうかと」
「え〜、そんなの新人の仕事じゃないスか。それに無駄な残業は禁止だって隊長も言ってたし、怒られますよ?」
「たまには初心に戻ろうかと思ってな。それに、カードはもう切ってある。サビ残ってやつだ」
「駄目っすよ先輩、上司がそれやると部下が帰りにくくなるんスよ。だからこそ上司が率先して早く帰らないと」
「いや、本当にすぐ。すぐ終わるから」
「またまたぁ。そうやって少しのつもりがあれもこれもってやっていくうちにすっかり遅くなるんスよ。それに先輩は働き過ぎっス、たまには早く帰って家族サービスしなきゃ」
「……はは、そうだな」
「どうしてもやらなきゃマズいってんなら、俺が代わりますよ。先輩からしたら頼りないかもしれないっスけど、任せて下さいって」
自分の胸を叩きながら、片目を瞑って茶目っ気に笑ってみせる。本当にこいつは良い奴だ。出来た奴だと思う。だが、その優しさが時として人を傷つけることをまだ知らない。
「気持ちは有り難いけど、今日は大丈夫だ。また今度頼む」
「……先輩、本当にどうしたんスか? 何かありました? 悩みとかあるなら俺聞きますよ」
「はは、悩みか」
から笑いが漏れる。悩みか。そうだな。これは悩みかもしれないな。
後輩の顔を見る。真っ直ぐでどこまでも澄んだ目だ。いつの間にこんな顔するようになったんだ、最初の頃は弱っちくてすぐ音を上げてたのに。すっかり一丁前に男な顔しやがって。
今のお前になら、言ってもいいかもしれない。
「聞いてくれるか」
「はい!」
「家に、帰りたくないんだ」
「……そんな、どうしてスか。あんなに奥さんのこと話してたじゃないスか。それに皆言ってますよ、先輩はこの隊一の愛妻家だって」
「ああ、妻のことは愛してる。それは今も変わらない。でもな、それだけじゃどうしようもないことだってあるんだよ」
「どういうことスか、まさか浮気とかじゃないっスよね!?」
「嫁の飯が不味いんだ」
「…………は?」
「だから、嫁の飯が不味いんだ」
しん、と沈黙が落ちる。後輩はその先を待つが、もう俺から言うことはない。俯くと、後輩がようやく口を開いた。
「……終わりスか」
「ああ、そうだ」
「え、それだけ? それだけで?」
「お前、それだけって何だ。こっちはな、朝から晩まで胃薬飲んで嫁の作った物食べてるんだぞ。分かるか? 胃薬を一日も欠かしたことないんだぞ? 昼だってこそこそ隠れて嫁の作った弁当食べてトイレに駆け込むんだ、毎日な」
「だから先輩、愛妻弁当見せてくれないんスね」
「あれを弁当って呼んだら世の中の弁当屋に怒られるわ! なんだ、青色のサンドイッチって。食欲減退色だぞ、せめて赤にしてくれ!」
「突っ込むところそこなんスか」
俺だってこんな情けないこと本当は言いたくない。でももう限界なんだ、俺の胃腸はズタボロだ!
「嫁には結婚する時に言われたさ、料理が苦手だって。結婚する前の俺だって愛さえあればどうとでもなると思ってた。作り続けていればいつか上達するだろうって。だがな、もうそういうレベルの話じゃない。医者に言われたよ、あなたどんな食生活してるんですか? これ、実年齢と見合った内臓年齢じゃありませんよって」
「先輩、まだ二十代後半じゃ」
「七十代の胃腸だって言われた」
「えっ、ヤバくないスか」
「ああ、ヤバいんだよ。冗談抜きでヤバい。まだ嫁は二十代前半、彼女をこんな歳で未亡人にする訳にはいかない」
「いや、でも兵士の奥さんなら珍しい話では」
「戦死ならともかく嫁の飯が不味いせいでだぞ? 手料理で夫を殺した女なんて噂が広まれば、下手したら再婚すら危ういだろ!」
「せ、先輩……!」
「だからこそ、俺はまだ死ぬわけにはいかない。何より俺だって嫁と一緒に歳を取りたいんだ」
「先輩、流石! 男の中の男!」
「ふっ、よせやい」
気がついたら屯所の中には誰もいなくなっていた。もう俺と後輩しかいない。すっかり話し込んでしまった、そろそろ帰らないといけないか。
「すっかり話し込んでしまったな、お前も早く帰らないといけないだろう。すまない」
「いえ、いいんス。寮暮らしですし、先輩みたいに帰りを待ってくれる相手もいませんから」
「大丈夫だ、お前みたいに気のいい奴ならすぐにいい子が見つかる」
「だと良いんスけどね。先輩、もう帰るんスか」
「……ああ、そうだな」
「そうだ、飲みに行きましょ! ほら、俺から仕事の相談があるって言われたってことで!」
「いや、お前には相談なんてないだろ」
「そこはほら、建前ってことで! 先輩と奥さんの今後についての作戦立てましょうよ。奥さんの料理スキルに問題があるなら、改善しないと」
「それは、確かに言われてみればそうだが」
「ほら、連絡なら俺が代わりにしますから。通信石貸してください」
「あ、ああ」
「あ、どうもこんばんは〜! 先輩の職場の後輩です、奥様ですよね? はい、はい! いやいや、こちらこそ先輩にはいつもお世話になってます! ええ、はい。あ、そのことなんですけど、はい。ちょっと俺から仕事のことで先輩に相談がありまして、はい。奥様には申し訳ないんですけど、先輩お借りしちゃってもいいですか? すみません夕飯時に。あ、本当ですか? ありがとうございます! 心配はいりません、先輩に変な虫がつかないように目を光らせておくんで! いやいや、先輩いつも奥様のこと話してますよ! もう隊一の愛妻家って言われてるんですから!」
「おい、余計なこと言うなよ」
「あはは、先輩照れちゃって。あ、はい、じゃあ遠慮なくお借りしますね。はい、なるべく遅くならないようにしますので! では失礼しま〜す!」
通信が終わったららしい、後輩が通信石を返してくる。なんというか、鮮やかな手腕だった。その才能をもっと活かせる所があるんじゃないかと言いたくなるくらいに。
「先輩の奥さん優しい方ですね、俺にも飲み過ぎには気をつけてって言ってくれましたよ」
「ああ、俺には勿体ない出来た嫁なんだ」
「でも飯が不味いと」
「本当に、そこだけなんだよ……」
そこさえ、そこさえ乗り越えられたら。
すまない、今夜だけは外食に喜んでしまう俺を許してほしい。
後輩がよく来ているという酒場に着く。中はそこまで大きくない木のテーブルと簡素な腰掛けがいくつも置かれ、そのどれもが客で埋め尽くされている。丁度空いていた二人用の客席に座ると、やや露出の多い服を着た女性店員が注文を取りに来た。目のやりどころに困る俺と違い、後輩は慣れた様子で注文を済ませた。
「あ、先輩エールで良かったスか?」
「構わない。エールなんて久しぶりだ」
「マジスか、飲めない奥さんに合わせて飲まないなんて本当に大事にしてるんスね。食べ物は煮込みと腸詰め焼き、揚げ芋をとりあえず頼んだんで。足りなかったら追加で頼みます」
「ああ」
厳ついなりをした男達が楽しげに話し、エールの入った器を傾け美味そうに酒のつまみを食べている。其処彼処から漂う食欲を誘う香りに、俺の腹の虫は未だかつてないほど暴れ狂っていた。口の中が勝手に涎で溢れている。いまかいまかと運ばれてくる料理を待ちながら、いかにも美味そうなそれらに心が浮きだつ。
「はいよ、お待たせ! エール二つに焼き腸詰めと揚げ芋、煮込みね!」
どんっ、とやや手荒に置かれたエールと料理に、ドクンと心臓が跳ねた。焼き立てでジリジリと音を立てる腸詰め、まだぷつぷつと泡を立てる揚げたての芋、美味そうな色合いをしている煮込み。どれもこれも湯気を立てて、いい匂いをさせている。美味いぞと主張するようにキラキラと輝いている!
「あ、あ……」
「先輩が飢えた犬みたいな顔してる。ま、まずはどんどん食べて下さい! 腹が膨れたら話しましょ!」
「そ、そうだな。じゃあ頂こうか」
ごくり、と喉を鳴らす。これは覚悟からのものではない、期待からくるものだ。
震える手で突き匙を手に取り、腸詰めを刺す。うわっ、肉汁が飛び出た! ああ、透明なのにてらてらと光って。なんて、なんて綺麗なんだ。
恐る恐る腸詰めを少し口に入れ、歯を立てる。ポキッ、と小気味良い音を立てて口の中に含んだそれは、豊かな風味と火傷しそうなくらい濃厚な肉汁を与える。
気づけば、頬から涙が伝っていた。
「先輩どうスか、ここは酒場の中でもかなり美味いって評判で……泣いてる」
やや塩気の強い腸詰めを飲み込み、口の中の風味が消える前にエールを流し込む。言葉も無かった。まるで甘露だ。
続いて揚げ芋を食べる。油で揚げられカリッとした表面の奥に、ホクホクとした食感がある。油で揚げて塩を振っただけなのに、どうしてこんなにやみつきになるのか。そして最後は煮込みを一口。濃い目に味付けられたスジ肉がほろほろと口の中で溶け、一緒に煮込まれた野菜の出汁と調和する。
どれも見事なまでにエールと合った。物凄い勢いで食べる俺に見かねたのか、後輩が追加で色々頼んでくれる。すぐに出るからと頼んだ瓜の酢漬けは腸詰めと合い、その後に出てきた肉の串焼きはスパイスと炭の風味がたまらない。他にも揚げ鶏や焼き魚、とにかくエールに合うものが沢山出てきた。そのどれもを夢中で食べながら、俺はこの世の春を謳歌していた。もしかしたらここが楽園なのかもしれない。
「先輩、落ち着きました?」
「ああ、人心地ついた」
「それは良かった。ていうか先輩、マジで奥さんの料理口に合わないんスね」
「いや、あれはそういう問題じゃない」
口に合う合わないとかの次元ではない。人が食えるものですらないんだから。
「思ったんスけど、奥さんに料理教室とかに行くのを勧めてみるとかどうですか? 苦手って言ってましたし、習えば上達するんじゃないかな」
「もう行ったよ。そうしたらそこの先生が自信喪失して修行に出てしまった。一から己を鍛え直すって」
「じゃあ、先輩が作るとか」
「それも提案した。別に女性が料理を作らなきゃならない決まりなんてないからな。だが仕事で疲れてる俺に悪いって言うんだ。それでも一度言い包めて作ったら、嫁より料理が出来るってことに落ち込んでしまってな」
「確かに奥さんの立つ瀬が無くなりますもんね。それなら、一緒に作るとか。先輩が料理出来るなら教えられますし」
「それもやった。だが、九割方俺が手伝っても嫁が手を加えると一瞬で嫁の料理になるんだ」
「打つ手無しじゃないスか」
「万事休すだな」
流石の後輩も頭を抱えている。
嫁の料理の腕前を知り、俺だって何もしなかった訳では無い。改善しようとあの手この手を尽くしたが、策が尽きて今に至る。それでも料理を頑張ってくれてる嫁にもうやめてほしいと言える訳もなく、少しでも上達してくれることを願って嫁の料理を食べてきた。しかしそれより前に俺の体が音を上げてしまい、どうしようかと悩んでいた所に後輩が声をかけてくれた次第だ。
「話にしか聞いてませんけど、奥さんの料理がどんな感じか想像つかないんですよね」
結論の出ない話をうだうだと続けていた時、エールを飲みながら後輩がそんなことを口にする。
「食べに来るか?」
「あー、まあ確かに敵情視察は大事ですよね。敵の実態が分からないと作戦も立てられませんし」
「先に言っておく、覚悟しておけよ」
「あはは、肝に銘じておきますよ」
後輩は笑っている。まだ俺の話を信じていない顔だ。確かに、実際に見てみなければそうだろう。大袈裟だと思っているに違いない。俺もそうだった。
後日後輩が家にくることで話が纏まり、今日は解散となった。遅くならないように気をつけたつもりだったが、すっかり出来上がった酔っ払い達が次の店を求めてさ迷う時間だ。
「ただいま」
家に着き、声をかける。返事はない。
居間を覗くと、テーブルに突っ伏して寝ている嫁の姿があった。どうやら俺を待っているうちに眠ってしまったらしい。傍には俺の分らしき夕食が取り分けられている。
その気遣いに微笑み、明日食べるからと心の中で謝りながら嫁を抱き上げた。
♪
俺の向かいに座る後輩が、顔を青褪めさせて食卓を眺めている。
「今夜はお客様が来ると聞いて張り切ったんです。お口に合うか分かりませんけど、沢山食べて下さいね」
「ア、アリガトウゴザイマス。ドウゾオカマイナク」
後輩を連れてくると聞いた嫁は張り切って料理を用意した。その様はとても微笑ましく、二人で見守ったくらいだ。
そして出来上がった料理が食卓を埋め尽くし、どれも料理とは思えないような彩りをしている。中々に異臭を放っており、今日も見ているだけで腹がいっぱいだ。傍らにこっそりと常飲している胃薬を用意し、嫁の作った料理を食べる。後輩が信じられないものを見る目でこちらを見ていた。
「ドウシタ、オマエモエンリョセズタベロ」
「ハ、ハイ。イタダキ、マス」
後輩が覚悟を決めた顔をして匙を持つ。過去の任務で敵国の軍隊に襲撃を受け、味方の援軍も期待出来ない絶望的な状況で見た時と同じ顔をしている。
「ごめんなさい、あまり料理が得意じゃないもので。出来合いの物も用意してるのでそちらを」
「イエ、ソンナコトアリマセンヨ! アノ、チョットコセイテキナアジデスケド、ゼンゼンタベラレマス!」
後輩が慌てて目の前の料理に手を付けた。その顔が赤くなったり白くなったり青くなったり、様々な色をしている。最終的には土気色になり、それでも嫁の料理を食べる手は止めない。俺の嫁を悲しませまいと、体を張っている。
後輩、お前は大した男だよ。後で胃薬やるからな。
俺の心配をよそに食事会は和やかに進み、嫁は笑顔で帰っていく後輩を見送った。
翌日、後輩は腹を下して仕事を休んだ。事情を知る俺は愛用の胃薬を持って見舞いへ行くことにした。
「先輩、あの言葉って嘘じゃなかったんスね」
「だから言っただろ」
トイレの扉の向こうから後輩の声を聞き、腕を組みながら返す。どうやらまだ出られないらしい。飲まず食わずは危ないので、軽い物と水を持ってきておいて正解だった。テーブルの上に置いておく。落ち着いたら勝手に食べるだろう。
「俺、食事で命の覚悟をするなんて初めてっスよ」
「俺も結婚する前はまさか毎日メメントモリをすることになるとは思わなかった」
「先輩、結婚してから強くなったの愛の力じゃなかったんスね」
「いや、愛の力だよ。間違いなく」
「流石先輩、そこに痺れる憧れるゥ!」
「はは、よせやい」
暫くして、げっそりした顔の後輩がトイレから出てきた。テーブルに置いた俺の手土産に気づき、もそもそと食べ始める。
「それにしても、先輩の奥さん凄いっスね。まるで魔法みたいでしたよ」
「お前、アレを魔法って言ったら本職に全力で攻撃魔法撃たれるぞ」
「いやでも、用意してたのごく普通の食材っスよね? 魔物の素材とかじゃなく。なのにそれをあんな風に調理出来るなんて最早魔法スよ。いや、魔法って呼ぶのは違うんでしたっけ。それなら呪いとか?」
「呪い……」
「あ、言葉の綾っスよ。決して奥さんの料理を馬鹿にしたとかじゃ」
「いや、気にしてない。それより気になることが出来た、この辺で失礼する」
首を傾げる後輩を置いてある場所へ向かう。何気ない一言をきっかけに、とある調査を依頼した。
その結果、思いもよらない事実が発覚する。
♪
「いやー、まさか奥さんの飯が不味いのがまさか本当に呪いだったなんて思わなかったっス」
「ああ、お前の一言のおかげで事態が動いたんだ。感謝する」
「へへ、いつも姉ちゃんからお前は余計な一言が多いって叱られてましたけど、たまには役に立つもんスね」
あの後、俺は魔術師の専門機関に調査の依頼をした。嫁の料理が人の食べられる物ではない件について、これは呪いのせいではないかと。
最初こそ本気にされなかったが、その機関に勤める魔術師の一人が自分の元伴侶も似たようなことがあったと申し出たことにより、半信半疑ながら調査を開始することになる。
そして、ある一人の女性魔術師が容疑者として浮上した。
その女性は、所謂行き遅れと言ってもいい年齢の魔術師だった。そんな彼女が密かに恋心を寄せていた魔術師が結婚することを知り、相手の女性に呪いをかけたらしい。メシマズの呪い、というものを。
「被害に遭った魔術師曰く、結婚前の女性はとても料理が上手だったらしい。なのに結婚後おおよそ料理と呼べないものばかりが食卓に並び、騙されたと激昂して離縁したそうだ」
「確かに結婚する前に胃袋捕まれて結婚後にそれじゃあ、そう思っても仕方ないっスね。そういう話よく聞きますし」
「そうなのか?」
「はい。実はその人の母親が作ってたとか、出来合いの物を買って詰め直してたとか」
「別に料理が下手でも、愛があれば関係ないと思うんだがな」
「先輩みたいな人ばかりじゃないってことっスよ」
「そういうものか。それで、呪いが上手くいって味をしめたのだろう。幸せそうな夫婦やカップルを見る度、誰彼構わず呪いを振り撒いていたそうだ。妻も偶然呪いをかけられた一人だった訳だ」
「人の不幸は蜜の味って言いますもんね。で、結局呪いは解けたんスか?」
「ああ、呪いはその魔術師一人によるものだったからな。解呪方法もすぐに解析されたし、今は魔術師機関で呪いの症例に心当たりのある人は解呪すると呼びかけているらしい」
「へー、あの魔術師機関がアフターケアまでちゃんとやるなんて珍しいっスね」
「元はと言えば身内のやらかしたことだからな。その女性魔術師のせいで破局した夫婦やカップルもいくつかいるらしいし、これから訴訟だなんだと大変になるようだ」
「はー、人を呪わば穴二つっスねえ」
「ちなみに、俺が依頼をしに行った時に申し出てくれた魔術師も元奥さんに会いに行ったらしいが、既に再婚していたらしい。その相手は料理が下手でも構わないと言ってくれる、心優しい方だそうだ」
「ある意味その元奥さんは救われたっスね。だって料理が下手ってだけで離婚するような人から解放された訳っスから」
「まあ、そうだな。何はともあれ万事解決だ、今日は礼として奢るから好きなだけ食って飲んでくれ」
「マジっスか! ありがとうございます先輩、ゴチになります!!」
前に後輩が連れてきてくれた酒場、テーブルのぎりぎりまで並べられた料理。それに舌鼓をうちながら、二人で笑い合いながらエールの入った器をぶつけた。
「これで奥さんの料理で悩むこともなくなるっスね」
「ああ、もう胃薬も必要なくなりそうだ。味はともかく、腹を壊すことはないからな」
「そういえば先輩の奥さん、料理苦手って言ってましたもんね……ま、まあでも、これからは料理教室だっていくらでも通えますし、なんとかなるっスよ。多分!」
「そういえば、修行に出ていた近所の料理教室の先生も戻ってきてたよ」
「おっ、なら腕前も更に上がってそうじゃないスか。どうでした?」
「一回り大きくなってた」
「……はい?」
「頼れるのは己の力のみ、筋肉は裏切らないと言っていたな」
「え、修行ってそういう? いや、まあ確かに調理工程によっては筋力も必要になるか……?」
「生の南瓜を片手で握り潰していた」
「早速修行の成果出てる」
「料理の腕前も格段に上がってたぞ」
「あ、そっちの修行もちゃんとしてたんスね」
酒も進めば話も進み、二人の宴会は尚も続くのだった。
完
面白かったら評価頂けると嬉しいです。