コミックス四巻発売記念SS~それぞれの茶会
王宮の一角、シャーリンお気に入りのティールームに、シャーリンとフェリー、カーラーが座っていた。
「ほ、本当に私もお呼ばれしてしまってよかったのでしょうか?」
「フェリーからあなたの話はよくお聞きしておりますのよ。一度お会いしてみたいと思っておりましたの。来ていただけて嬉しいですわ」
シャーリンは柔らかい笑みを浮かべながらカーラーに、普段よりも優しい口調で語りかけている。
緊張を隠せない表情で座っていたカーラーから、ほんの少しだけその色が抜け始めた。
「もう、カーラーちゃんったら緊張しすぎよ。シャーリンは確かに王太子妃だけど、私の友達なんだから」
「あなたは友達でも私は違います」と出かかった言葉を飲み込み、カーラーは気づかれないようにそっとため息を吐いた。
フェリーがこういうあっけらかんとした性格なのは承知していても、友とはいえまさか王族になった者の前でも変わらないとは思っていなかったのだ。
「さすがに私だってTPOくらい弁えるわよ」
「ティーピー? なんですの、それは?」
「こっちの話よ」
TPOという言葉がまだないこの世界でこの言葉の意味を理解できるのは、フェリーやカーラー同様に異世界に転生してきた者や、憑依と呼ばれる現状でこちらの世界の人間の中に入り込んでしまった者しかいない。
一方その頃別室では、ヘルドリアスとミューゼ、アシュリーの三人が茶を嗜んでいた。
「お前は執務に戻ったらどうだ? 一国の王太子たるもの、こんなところで油を売っている暇はないだろう?」
「その一国の王太子にそんな口の利き方をする人間は君くらいしかいないよね、ミューゼ」
「尊敬に値するならそれなりの口も利こう」
「僕が尊敬に値しないとでも言いたいのかい?」
「お前のどの辺に尊敬に値するところがあるというんだ?」
仲がいいような悪いような微妙な二人の関係を、アシュリーは黙って静観している。
『全く二人とも大人気ない』
内心ではそんなふうに思っていても、涼しい顔をして茶を口にしている。
「ただ妻を待つだけの時間をわざわざ茶の時間にする意味は?」
「君達と交流を深めようと思う僕の誠意さ」
「余計な誠意は不要なのだが」
「私はなぜここに呼ばれたのでしょうか?」
「もちろん、君とも仲良くしたいからね」
「誰にでも軽々しいやつだ。気にする必要はない」
「はぁ……」
この二人と茶を飲んだところでどうしろというのだと頭の痛いアシュリーだった。
そんな三人とは違い、女性三人の茶会は和やかに進んでいた。
「ところで、わたくし、二巻が出たことを知りませんでしたの!」
「私はカーラーちゃんと交友を深める役柄として登場していたから知っていたけど、名前だけしか出てこなかったシャーリンは知らなくて当然よね」
話題は自分達の小説について。
「わたくしも出させていただきたかったですわ」
「王太子妃だもの、無理よ」
「なぜわたくしは王太子妃なのかしら?」
「そりゃ、あなたがヘルドリアス殿下を選んだからで」
「わたくしはあの作者にヘルドリアス様を選ばされただけですわ! 二巻が出るとわかっていたら結婚などしませんでしたわよ!」
「そんなに出たかったの?」
「そりゃあもう、出たかったですわよ!」
シャーリンは案外ミーハーであり、フェリー同様好奇心旺盛かつ世話焼き体質であるため、二巻の存在を知って以降「どうしてわたくしは出ていないの?」とほんの少しだけ枕を濡らす日々が続いていた。
「まぁまぁ、もしかしたらまた次の機会があるかもしれないし」
「絶対ありませんわよ! だってわたくし、王太子妃ですのよ? 城から自由に抜け出せたりしない限り無理ですわ」
「ぬ、抜け出す?」
「もう、カーラーちゃんがビックリしてるじゃない」
「抜け出したいのは山々ですけれど、実際にしようと思ったら無理ですわね」
盛大なため息を吐いたシャーリン。
「ところで、その二巻ですけれど、順調に進みましたの? なにかトラブルはごさいませんでした? あの作者ですから、また書きながら寝てしまって何度も何度も同じ話を書き直し、書き直す度に前とは違う話になるなんてことはございませんでした?」
Webにてヒロ来る(小説の略称)を書いていた時、作者はそんなことを何度も繰り返していた。
書き直す度に内容がどんどん変わっていったため、登場人物達は戦々恐々としていたのだが、そんなことを作者は知るはずもない。
「そのようなことはありませんでしたけど……書けなくて何度も投げ出そうとはしていましたね」
「え? 書けないってどういうことですの? あの作者、ちょっと痛い人ではあるけれど、書くとなったら筆が早い人ではなかったかしら?」
「あー、シャーリンは知らないのね……実はね」
ヒロ来るの作者は思いつきとノリと勢いで書いていると豪語する人間で、やる気がある時は小説ばかり書いていられるようなタイプなのだが、やる気がなくなると一切書けなくなるという困った人物でもある。
ヒロ来るを書いて以降も精力的に小説を書いていたのだが、ある事がきっかけとなり一気に書く気持ちが消えてしまい、その上「この小説は大丈夫かな?」と立ち止まってしまうようになり、現在ではアイデアは浮かぶものの、書いても続かないという状態が続いている。
「そんな状態でよく書けましたわね、二巻」
「そうなのよね。もう何度も何度も友達に『書けない!』『代わりに書いて!』『書くのが苦しい!』なんて常に愚痴っていたわよ、ねぇ、カーラーちゃん?」
「そうですね、愚痴を聞いてもらっていましたね。詳しい事情も聞かずにその愚痴に付き合ってくれていたお友達の方が大変良い人で」
「本当ならそんな愚痴になんて付き合いたくはないわよね、愚痴なんて聞いていても楽しくないし」
「そのお友達に感謝しなければなりませんね。こうして二巻という形で私達も幸せになれたことですし」
「あの作者にそんな素晴らしいお友達がいたなんて、意外でしたわ」
生みの親であるのにそんな言われ方をする作者であった。
一方、男性陣の部屋は微妙な空気だけが続いていた。
「と、ところでアシュリーくん。二巻が出ていたそうだね。どうだったんだい、実際のところ?」
「どう、とは?」
「困ったことなどなかったのかなぁとね」
「困ったことだらけでしたね、実際」
「というと?」
「今もそのようですが、作者が書けなくなっていて、私とカーラーがすれ違ったまま筆が止まってしまって、もう未来永劫カーラーとは会えないのではないかと絶望しそうになることが何度もありました」
ここでも書けないことを非難される作者であった。
「で、でも、ちゃんと書籍になったわけだし」
「私達の場合、すれ違いが多すぎて、二人の甘いパートがあまりにも少なく、けれどページの都合上どうしようもなく……ランベスト若夫婦を超えることが出来ませんでした……無念です」
「フッ、俺達を超える? 寝言は寝てから言えばいい」
「その点に関しては僕も不満だよ! シャーリンとの甘いシーンをもっと増やして欲しかったのに」
「甘い? 鼻血を吹き出すシーンの間違いではないのか?」
「そ、それは、シャーリンのことをあまりにも好きすぎるが故のことで」
「あまり流血シーンが多いというのはどうかと思いますが」
「僕だって好きで鼻血を吹いていたわけじゃないよ! 作者が『見つめられただけで鼻血吹いちゃうくらい実は純情くんっていいんじゃない? 面白いし』なんてノリでこの設定にしたんだから! 僕のせいじゃない!」
結局のところ、作者が生みの親なわけで、それに振り回されるのはいつだって登場人物達なのだ。
「甘い甘いと言われていたが、俺にしてみればまだまだ甘さが足りなかったがな」
「砂糖吐きまくりなんて言われていたのに、あれでまだ足りないと? ミューゼ、君は贅沢すぎないか?」
「足りないものは足りない。実際にはもっと甘いのだからな」
「……私だって負けてはいませんよ」
「僕だってそうさ!」
変なところで張り合い始める男性陣であった。
「ところで、コミックスも四巻まで出たのでしたわよね?」
「はい、やっとハッピーエンドを迎えました」
「まぁ、めでたいですわね! お祝いをしなくちゃいけないじゃないの! パーティーでも開く? 城にはたくさん部屋があるから、いつだって大歓迎よ」
だんだんシャーリンがフェリーに似てきているように感じるカーラーだった。
「ありがたいことに、配信開始からコミックサイトのランキングで一位を取ったりしているようで。紙の本の方も発売当日に一部の書店などで一位を取ったりしていて。本当のところ、フェリー様達の人気が凄すぎて、私達は受け入れられないのではと作者共々思っていたので、きちんと受け入れてもらった気がして嬉しいです」
「もっと胸を張って堂々としていなさいな」
「そうですね、善処します」
「こういう謙虚なところも可愛いわよね、カーラーちゃんは」
「フェリーが可愛いと言うのも頷けるわね。なんていうのかしら、応援したくなるようなところがある子よね」
「そうでしょそうでしょ! シャーリンならわかってくれると思ったのよ」
「これから仲良くしてちょうだいね、カーラーちゃん。そう呼んでもいいかしら?」
「い、いいですが、その、大丈夫なのですか?」
「もちろん、公の場では呼ばないわよ。ただこうして集まった時には、いいかしら?」
「構いませんよ」
「ありがとう、カーラーちゃん!」
王太子妃であるシャーリンにまで『カーラーちゃん』と呼ばれることが決まったカーラーは、内心では複雑な気持ちであった。
「このまま未来永劫ヒロ来るが続いてくれるといいわよね」
「そうね、そうしたらまたこうやって裏話も話せるし、わたくし達の仲も永遠に続いていくものね」
「いえ、続いてしまったら作者は他の話が書けませんよ。待っている読者さんもいらっしゃるようですし」
「それはそうね……だけど続いて欲しいわ」
「もう、ヒロ来る作家でいいのではなくって?」
「それはどうかと思いますけど」
今後もヒロ来るの世界が続いていくかどうかは作者も知らない。
続く世界線があるとすれば、ヒロ来るを愛し、続きが見たいと願ってくれる人々の力である。
「皆様、ヒロ来るを愛してくださりありがとうございます」
それはヒロ来る作者、登場人物達全てからの感謝の言葉。
ヒロ来るを応援してくださり、愛してくださる皆様に心からの感謝を。




