1000万PV感謝記念SS「始まりの物語」
1000万PV突破しました!
読んでくださっている皆さんには感謝しかありません(♡ᴗ͈ˬᴗ͈)ペコリ。:.゜
感謝の意を込めての特別エピソードです。
前世を思い出す前のエピソードなので、フェリーがフェリーらしくないかもしれませんw
楽しんでいただけたら幸いです。
これからお話するのは、私が妊娠することになった『始まり』のお話。
◆◇◆◇◆
その日は朝早くから我が家を訪れたミューゼ様。
「遠乗りに行かないか?」
突然のお誘いだったけれど、断るなんて選択肢はない。
「馬車だと時間が掛かりすぎて、今日中に帰って来れなくなりそうだからな」
「そんなに遠くまで行くのですか?」
「ディバリス湖に行こうと思っている」
「ディバリス湖ですか?」
「あぁ」
ディバリス湖とは、馬車で行くとなると半日はかかる場所にある湖だ。
湖と名が付いているものの少し大きな池くらいの大きさしかなく、森に囲まれているため、観光地として人気があるような場所でもない。
「この時期はスイートドロップが見頃だと聞いてな。フェリーの好きな花だろう?」
「そうなのですか?! 大好きな花です!」
スイートドロップとは、別名「恋の花」とも呼ばれている野花で、一センチほどの小さな薄桃色の花であり、ハートの形をした花びらが五枚付いている。
とても愛くるしい花なのだけれど、貴族というものは面倒くさい生き物なので、大っぴらに野花を好きだとも言えず、ミューゼ様にしか打ち明けてはいなかった。
「辺り一面スイートドロップが咲いているそうだ」
「まぁ! それは見応えがありそうですね!」
一人でも馬には乗れるものの、ミューゼ様がどうしてもと仰るので、ミューゼ様の馬に乗せてもらった。
「しっかり掴まっていてくれ」
「ミューゼ様の乗馬の腕前は存じ上げておりますから」
「それでも、だ」
ミューゼ様の腰に手を回し、申し訳程度に服を握ったのだが、ミューゼ様に「もっと強く握れ」と言われ、ギュッと抱きついた。
婚約者とはいえまだ未婚の身なので、はしたないと思ったのだけれど、そうしないと出発しそうになかったので恥じらいは捨てた。
片道三時間の馬での移動は、要所要所で休憩を挟んでもらったので思ったより快適で、ミューゼ様の体温と匂いに時々クラクラしながらも楽しく過ぎていった。
「フェリー、ほら、あそこにアヒルがいるぞ」
「どこですか? あ、本当だわ! 可愛らしいですね」
「ほら、あっちにはヤギが」
「まぁ! 親子かしら? 子ヤギが特に愛くるしいですね」
何かを見つける度に私に教えてくれるミューゼ様のおかげで全く退屈もせず、本当にあっという間だった。
そうして到着したディバリス湖。
ミューゼ様が仰っていた通り、湖の周りはスイートドロップの花が一面に咲き誇っていた。
とても小さな花なので、自宅周辺で見かけても香りまでは分からなかったのだけれど、小さい花がひしめき合うように咲いているため、爽やかだけど甘い花の香りが風に吹かれて漂っている。
「すごい! すごいです!」
「見事だな」
この時期だけでも観光地になってもおかしくはないと思う程の美しい景観。
緑の絨毯に無数に咲く薄桃色の小さな花々。
踏み潰してしまうことすら罪な気がして、足を踏み入れることもせず、ひたすらその風景を眺めていた。
「昼にしよう。疲れただろう? 今準備するから、フェリーはそこで花を眺めているといい」
「私も手伝います!」
「そうか? ありがとう」
ランベスト家のシェフが作ったのであろう料理を、ミューゼ様が広げてくれたピクニックシートの上に並べていく。
その間にもスイートドロップの香りがほのかに漂っていて、幸せな空気を運んできてくれていた。
「テーブルを用意出来なくてすまない」
「大丈夫です、気にしません。たまにはこういうのもいいものです」
ピクニックシートに腰を下ろして、食べやすい大きさにしてある料理を堪能していく。
料理の数々はどれもこれも美味しくて、気付けば食べ過ぎてしまっていて、コルセットを外したいと思う程だった。
「フェリーは幸せそうに食べるな。見ているだけでこちらも幸せになる」
「み、見ないでください、恥ずかしい」
「婚約者を見てはいけないのか?」
「そ、そういうわけではありませんが……食べている姿を見られるのは恥ずかしいのです」
「恥ずかしがることはない。どんなフェリーも美しいのだから」
ミューゼ様は時々そんな言葉を投げてくる。
その言葉で私がどれだけときめいて、震えるほど歓喜しているか、きっと知らないだろう。
「可愛いな……」
ミューゼ様が何か言っていたようだけれど、吹き抜けた風にかき消されてしまった。
◆◇◆◇◆
スイートドロップを堪能した私達は帰路に就いたのだけれど、湖から我が家までの中間程の所で空が急に暗くなり、ポツポツと降り始めた雨は強さを増してしまった。
先を急ごうと馬を走らせるが、ぬかるみ始めた道に足を取られ、馬の速度は見る間に落ちていった。
「あそこに小屋がある! そこで休もう!」
私が濡れないようにと掛けてくださった上着は水を含んで重くなり、滴り落ちる水滴で私の体もすっかり濡れてしまっていた。
「先に入っていろ」
馬を近くに繋ぐためにミューゼ様は私を先に小屋の中へ向かわせた。
木こりの休憩所か何かであろうその小屋は、小さな暖炉が一つあり、隅には畳まれた毛布と小さな戸棚と薪の小さな束があるだけの簡素なものだった。
「火を起こさなきゃ」
マッチを探すために戸棚を漁っていると、ミューゼ様が小屋に入ってきた。
「あった!」
戸棚にあったマッチ箱の中には、マッチ棒が三本。
一本を擦ってみたものの、私が下手くそなのか火はつかずに折れてしまった。
「マッチを擦る前に薪を置くべきではないのか?」
クックックと笑いながら、ミューゼ様が私の手からマッチ箱を取り上げた。
「フェリーは案外不器用なのだな」
「さ、寒さで手がかじかんでいるのです! 普段はちゃんと出来ます!」
「そうなのか?」
「そうです!」
クスクスと笑い続けているミューゼ様を無視して薪を運ぼうとしたのだけれど、それもミューゼ様に止められてしまった。
「怪我をしたら大変だからな。俺がやる」
確かに私よりもミューゼ様の方が圧倒的に器用ではあるのだけれど、私だって一通りのことは自分で出来る。
貴族子女ならばやってもらって当たり前なのだろうが、私にはそれが性にあわないようで、両親に呆れられながらも出来ることは自分でやってきた。
ミューゼ様もそんな私を尊重してくださっており、他の男性ならばきっと「はしたない」と思うことでも見守ってくださっている。
火が灯った暖炉の前に腰を下ろして暖を取るも、濡れた服のせいで体は一向に暖まらない。
「俺はそっちを向いているから、服を脱いで毛布をまとっていろ」
「ふ、服を?!」
「そのままでは風邪を引いてしまう」
「それはミューゼ様も同じですわ!」
「俺も脱ぐ」
「そ、そうですか……」
服を脱いで暖炉の傍に置き、毛布を手にしたのだが、複数枚あると思っていたのに、やたらと大きな毛布が一枚しかなく、困惑してしまった。
「あ、あの、ミューゼ様? 毛布が、その、一枚しかないのですが……」
「構わない。フェリーが使えばいい。俺は大丈夫だ」
唇が青みがかっており、どう考えても大丈夫そうではないのに、私を気遣うミューゼ様。
これは緊急事態であり、恥ずかしがっている場合ではない。
「とても大きな毛布です! ご一緒しましょう!」
私の言葉に目を丸くしたミューゼ様だったが、どうぞとばかりに私が毛布を広げると、すんなりと入ってきてくれた。
「造りが悪いようだな、この小屋は。すきま風で全く暖かくならないな」
「そう、ですね」
すぐ隣に感じるミューゼ様の肌に、私は異様な程緊張していた。
そもそも異性と肌が触れ合うなんて、手以外ないことなので尚更である。
普段から口数の少ないミューゼ様は、黙って暖炉の方を見たままだし、私も緊張で口が乾いているし上手く話せそうもないので、黙って暖炉の火を眺めていた。
外の雨はバチバチと音を立てて小屋に降りつけるほど激しさを増しており、すぐには帰れそうもない。
視線を感じミューゼ様を見ると、気のせいでなければいつもとは違う、熱のこもった目でこちらを見ている彼がいた。
重なるように触れ合っている左腕が熱い。
「フェリー……」
切なさすら帯びているような甘い声で名前を呼ばれ、そっと唇が重なった。
濡れて雰囲気を変えたアイスブルーの髪が、青い瞳が、妙に色気を増しているように感じる。
「フェリー、愛している」
初めて言われた「愛している」の言葉に、私は身も心も彼に囚われ、気付けば彼の腕の中にいた。
「フェリー、綺麗だ」
「俺の最愛……」
「愛してる……」
幻かとも思える甘くとろける言葉の数々に、私はきっと酔ってしまったのかもしれない。
そうして彼の腕の中で朝を迎えることとなった。
初めての行為は少しの痛みを伴いながらも、とても甘く、幸せで、夢のような時間だった。
朝になるとようやく雨も上がり、無断外泊をして帰宅することになったのだが、普段からのミューゼ様が品行方正だからなのか、何一つ疑われることも、叱られることもなかった。
その後、妊娠が発覚し、前世を思い出すのだが、結局私は「悪役令嬢」にはならず、今でも隣には愛するミューゼ様がいてくれている。
「何を考えている?」
「当ててみて? 得意でしょ?」
「……あの日のことか? 俺達が初めて愛を交わした」
「ミューゼはやっぱりエスパーね」
「フェリーが分かりやすいだけだ」
どれだけ分かりやすくても、そこまで的確に当ててくる人はいないと思う。
だけど、そんな人だからこそ、私のちょっとした変化にも気付いてくれているのだと思うと、私はとっても幸せで、本当に恵まれているのだと思う。
こんなに幸せでいいのかと思うこともあるけれど、いいのよね、きっと?




